第16話 自然派二世と食品添加物
茜、品川、真希の三人は市立中央図書館にいた。三階建ての落ち着いた建物。側には公園や森もあり、さらに落ち着いている。中央図書館とは銘打っていたが、市内の北方面にあり、茜達の高校や住宅街、駅の方面からは離れていた。ちなみに茜の両親が運営している自然派カフェにも近いが、今日は行く事はないだろう。
平日の夕方の図書館は、想像通り人は少ない。茜達のようの制服姿の学生が目立つ。おそらく学習室目的で来ているのだろう。
三人でゾロゾロと書架を見て回るのは時間の無駄という事になり、品川は二階の一般書架で添加物関連の本を探す。茜は一階で司書に質問しながら砂浜美羽のレシピ本を探す。真希は一階にあるカフェで場所を取っていてもらいつつ、タケルに連絡する。そんな役割分担となった。
「砂浜美羽さんのレシピ本ってどこにありますか?」
茜は「レファレンス係」と名札をつけている司書に聞いてみた。学校の先生のような雰囲気のアラサー女性で、茜も話しかけやすい。
「砂浜美羽さんは、地元の料理研究家ですね。ちょうど一階で特別展示をしてますから、そちらで」
「ありがとうございます」
さっそく特別展示のところに行く。特別展示よいっても小さな本棚一つで展示されていて、大々的なものではなかったが、綺麗にまとまっていた。
レシピブックはどれもアラサーやアラフォーに主婦向けのものだ。表紙デザインがシンプルかつ可愛い系。「悪魔」という言葉を使ったタイトルのレシピブックも多いが、中見はシンプルで簡単な料理が多い。食品添加物入りの調味料・美味しさの素を使ったレシピも多いようだが、料理初心者向けには親切な内容ばかり。レンジで作るサバカレーや納豆チャーハン、肉じゃがなども美味しそう。茜も作ってみたくなったが、家にはレンジが無い事を思い出す。
とりあえず「悪魔的に簡単なレンチンレシピ」という本だけを借りる。また、来月は市の公民館で講演会やサイン会もあるらしい。そのチラシも貰い、真希のいるカフェに向かった。
真希はカフェの窓側の席に座り、誰かに電話をかけていた。
ちょうどカフェのは他の客もいないようだ。真希も声のボリュームを落としていた。
「真希ちゃん。本借りて来たけど、誰に電話かけてたの?」
「ちょっと私の人脈を駆使して砂浜タケルの事を探ってたんだわ」
真希は悪戯好きの子供みたいな顔を見せていた。これは何か企んでいる顔だ。
茜はブラックコーヒーだけを注文し、借りた本をペラペラめくる。砂浜美羽は添加物入りの調味料やレンジを上手く使っている料理研究家家という事はわかったが、今はそれだけでは不十分だった。
「私はチョコケーキ注文するわ。茜は甘いもの食べない?」
「いい。さっきクレープ食べたし」
「そっか。デートだったもんね」
「あの真希ちゃん、デートじゃないよ……?」
真希はケーキが届くと、タケルについて分かっている事を教えてくれた。何かデートなどと誤解しているようだが、深く追求するのは今はやめておこう。それよりタケルの事が気になる。
砂浜美羽の一人息子であるタケル。地味で目立たない男子生徒。いわゆる陰キャやヲタクキャラだが、母には頭が上がらないマザコン。砂浜美羽はおっとりした見た目に反し、教育ママ的だったらしい。
「ええ、意外……」
茜はレシピブックにある美羽の顔写真を見る。おっとり優しそう。教育ママっぽくはない。ただ茜の母親も一見は美人だ。美魔女にも見える時もある。一見では過激派の自然派ママには見えないかもしれない。
「自分の母親が茜のママと炎上しているわけじゃないない? それで矛先が茜に向かったんじゃないかな。たぶん動機はそれよ。犯人はタケルだね」
「おお、俺もそう思うわ。栗田、名推理だよ」
いつのまにか品川も合流。三人でテーブルを囲み話す。結局、あの嫌がらせの犯人はタケルの可能性が高いという事で落ち着いた。
「俺もチョコケーキとコーヒーください」
品川もクレープを食べたはずなのに、さらに甘いものを注文していた。しかもチョコケーキはあっという間に完食していた。茜は男の子の食欲にただただ驚くばかりだ。
「ところで品川くん。添加物の本借りた?」
真希もチョコケーキを完食すると、品川に聞いていた。
「おお。一応五冊ぐらい借りてみたぜ。さっそく読むか」
品川は本を取り出し読み始めたが、あっという間に読了していた。
「品川君、すごい。速読できるんだ?」
茜は驚く。こんな特技があるとは。
「すごいじゃん。品川くん」
真希も褒めていたが、品川は特に嬉しそうではなかった。ノートに本の概要もサラサラとまとめ、二人に教えてくれる。AIのような手際の良さに二人とも驚くしかない。再び「脳ある鷹は爪を隠す」という諺を思い出してしまう。
「いや、品川くん。めちゃくちゃ頭いいじゃん。なんでこんなバカっぽいルックスしてるの?」
真希はついつい失礼な事を言ってしまっているようだ。悪意はなさそうなので、品川は特に怒っていなかったが。
「好きでやってるんだよ。悪いかよ!」
「もっと韓国アイドルっぽく丸いヘアスタイルの方が合ってるんじゃない? 今のはバカっぽいファッションヤンキーじゃん。ねえ、茜。茜もシンプルな品川くんの方がカッコ良いと思うよね?」
「え、いや。私は品川くんはそのままでもカッコ良いと思う……。むしろイケメンだよ」
「はあ!?」
嘘は言っていないつもりだったが、品川は明らかに動揺し、水をがぶ飲みしていた。傍目には怒っているようにも見える。真希はこんな品川にお腹抱えて大笑いしていたが、茜はこの場の空気をどうしたら良いのかわからない。
とりあえず品川がまとめてくれたノートを見る事にした。
食品添加物はきちんと実験されて開発されたもの。大量に摂取しなければ身体に問題はない。むしろオーガニック栽培も必ずしも安全といえない。カビや雑菌、腐りやすいという問題もあるらしい。
そもそも食品添加物は、腐りやすいものを長期保存する為の目的もあるという。これを添加する事で食中毒から守る意味もある。
ただ、食品添加物の摂りすぎは美容や健康に良いとも断言できない。味が美味しくなり、中毒性もある。余分に食べてしまい、塩分の取り過ぎや脂肪がつきやすいという問題も指摘されていた。添加物の刺激的な味しか美味しいと感じられなくなり、繊細な出汁やブイヨンの美味しさに気づけないという味覚の弊害もある。
カップラーメン、ファストフード、添加物入りのパンなどは、毎日は食べず、バランスよく栄養を摂取する事が栄養士などが推奨している。
ちなみに茜の母のようなアンチ食品添加物は、宗教の域にあるので、正論を言っても通じないだろうとあった。
「なんだ。食品添加物って悪魔崇拝でも毒でもなかったんだね」
茜はそんな情報を読みながら、ホッとする。品川が書いた文字は丁寧で綺麗。そのギャップも良いなんて口が裂けても言えなかったが。
「そうだよ。別にちょっと添加物とっても死にやしないって」
「品川くんの言う通りだよ。何事もバランスだよ。朝と夜がママの自然派料理だったら、昼に好きなもの食べても大丈夫じゃない?」
二人の声を聞きながら、余計に安心してきた。むしろ今まで母の娘として「自然派二世」という立場に縛られすぎていたのかもしれない。肝心なのはこんな風に正しく情報を知る事かもしれない。今まではお昼に品川と一緒に食べた料理の数々に罪悪感も持っていたが、それは必要ないのかもしれない。
「ありがとう。なんかホッとしたよ。そうだね。お昼ぐらいは好きなもの食べていいよね」
少し涙声になりそう。
「そうだよ。好きなもの食べていいんだよ。ちょっとパンとか食べたって死にやしないって」
「栗田の言う通りだ。好きなもん食え。明日は何食いたいか? リクエスト聞くぜ」
真希も品川の声もあまりにも優しい。胸がいっぱいになってしまう。こんな風に友達がいてくれて本当によかった。自分は一人じゃない。
同時に犯人と思われる砂浜タケルが可哀想にもなってきた。彼も母親に縛られている可能性が高い。悩みを聞いてくる友達も少ないのかもしれない。故に幼稚な手段でしか自分の気持ちを表現できないのかもしれない。
元々犯人については恨みの感情はなかったが、今はもう同情心しかなかった。できれば自分から名乗り出て欲しいものだが、彼の気持ちをそ想像すれば難しいかもしれない。
「ま、もう帰る? だいたい食品添加物のこととかわかったでしょ?」
真希は腕時計を見ながら提案する。確かにもう窓の外は薄暗い。そろそろ帰る時間だった。割り勘で会計をすませ、カフェから図書館から出る。
「そういえばこのあたりって茜のママのカフェにも近いよね」
図書館の門の近くで、真希は思い出したように言う。
「うん。でもみんなで行く事は無いでしょ。本当に過激派だから。反ワクチンの活動家の人達が常連で……」
「そ、それは嫌だね……」
「俺もそういうのは、勘弁だな」
そんな事を話しながら三人でゾロゾロと歩いている時だった。
背後から視線を感じる。強く悪意があるような視線で振り返ってみる。
そこには知らない顔があった。茜達と同じ高校の制服を着た男子だった。長い前髪、細い目。低い背の男子だったが、茜を鋭く睨んでいた。
「あ、タケルじゃん! ちょっとあんた!」
真希もすぐに気づいていた。どうやらこの生徒がタケル?
母親の砂浜美羽とは全く似て無い。親子には見えない。それに印象も薄い生徒だ。同じ学校に通っているはずだが、茜こんな子がいたのか全く記憶がない。故にタケルに嫌がらせをされていたとしてもピンと来なかったが。
「うるさい! クソ女どもこっち来るなよ」
タケルは真希を睨みつけると、猛ダッシュで逃げた。あんな暗い見た目のタケルに暴言を吐かれた事がショック。茜の身体は固まってしまったが、この男が犯人で間違いないだろう。
「このヤロ! 待てよ! 逃げるな!」
タケルは猛ダッシュで逃げたが、品川は負けていない。品川も全速力でタケルを追う。
「待ちなさいよ!」
真希も負けていない。軽く膝を曲げると、走り始めた。
「ま、みんな待って!」
一方、体育も苦手。走るのも苦手な茜は数テンポ遅れて走り始めた。靴はローファーなので走り辛い。いっそ裸足の方が走りやすいかもしれない。
品川や真希はスニーカーを履いていたので、羽根が生えたように走っていたが、茜はペンギンのようのヨタヨタと走っていた。
「それにしても品川くんって頭いいだけじゃなくて、足も早かったとか……。超カッコ良いんですけど……」
みんなを追いながら、品川にさらに萌えてしまっているとか決して本人には言えないだろう。
ペンギンのようにヨタヨタだが、とにかく茜も走り続けた。今は皆に追いつく為に走るしか無いようだった。




