第15話 放課後のイチゴクレープ
品川と一緒に帰れる事になった。それだけで嬉しくなってしまう。
今日の放課後もテキパキと掃除や雑用を終わらせ、下駄箱に向かった。
相変わらず下駄箱には嫌がらせの手紙が入っていた。またか、しつこい、気持ち悪いとは思うが、この犯人の行動の結果、品川と一緒に帰れる事になった。もちろん、完全に喜べないが、嬉しい事は嬉しい。
手紙は捨てずに全部とって置いていた。この手紙もファイルに入れておく。もし警察や弁護士に相談に行く場合は証拠になるかもしれない。ちょうど手紙をファイルに保管した時、品川と落ち合った。
「黒澤!」
「品川くん! 帰ろう!」
思わず笑顔になってしまうが、品川はいつも通りも顔だ。少々残念だが、仕方ない。
「じゃあ、帰るか」
「うん」
こうして二人で下駄箱を出て、校門へ。校門から住宅街への道へ入る。
「ところで品川くんの家ってどこ?」
「七丁目の方」
「じゃあ、逆じゃない。本当に私と一緒に帰ってよかった?」
夕方に近い中途半端なこの時間。住宅街は閑散とした雰囲気で車もあまり通っていない。犬を連れたお爺さんとだけすれ違った。
「いや、良いんだよ。そんな嫌がらせされてたら、心配じゃん!」
一緒の並んで歩いているはずなだったが、品川に目は泳ぎ、空の方を向いていた。空はほんの少しオレンジ色に色づき始めていたが、品川の頬も似た色に染まっている。
相変わらず品川は優しく、茜と歩幅を合わせてくれる。
二人の空気は、何故か甘ったるい感じなのだが。茜も下を向き、品川とうまく目が合わせられない。せめてちゃんと歩こうと思い、いつもより早く歩いていた。
しばらく無言のまま住宅街を歩く。前一緒にチキンを食べたコンビニの前を通り過ぎると、スーパーが見えてきた。
ここは大手チェーンのスーパーではなく、昔からある地元も密着型のスーパーだ。一階建でさほど広くはないが、駐車場はいつも車が止まり賑わっている。店舗の前に駐車場があり、そこに車や自転車が止められる。
母は独自に無農薬栽培の農家や知人の漁業業者、自然派高級スーパーなどを使っているので、茜もこのスーパーには一度も入った事はない。コンビニは文房具を購入する為のよく利用していたが、スーパーには全く行ったことがないと気づく。
それに今日はスーパーの駐車場にはフードトラックも出店していた。お好み焼き、たこ焼き、クレープのフードトラックが出ていたが、派手な看板もあり、客の列もできていて目立つ。特にクレープのフードトラックは、ピンク色の車体でかわいい。クマやリスのイラストもデザインされていて可愛い。遊園地にもありそうな雰囲気で目を引く。
「あ、何かフードトラック出てるよ」
茜は思わず子供のような声を出してしまった。恥ずかしい。恥ずかしいが、このフードトラックのものを食べてみたいと思ってしまった。
こういう時はどうすれば良い?
品川は自分の事をエスパーでも占い師でもないと言っていた。そうだ。自分の希望は言葉でちゃんと伝えよう。あの手紙のように変な方法で自分の思いを発信するのも違うだろう。
「あ、あの」
隣にいる品川の顔を見上げる。茜より背が高いので、どうしても見上げる方になってしまう。
「何だよ?」
口調はぶっきらぼうだったが、いつもの優しい目の品川。茜は思い切って自分の希望を伝えてみた。
「あのスーパーの駐車場に出てるフードトラック気にならない? 行ってみたいんだけど……」
「いいじゃん。行こうぜ」
「いいの?」
「ま、ここは割り勘でな」
そう言うと品川は早歩きでスーパーの駐車場も入り、茜も慌てて後をおう。やっぱり自分の気持ちをちゃんと言葉にしてよかった。これで何も言わずに我慢したり、拗ねたりしていたら、子供みたいだった。
クレープのフードトラックは行列ができていたので、その間にチラシを見ながらメニューを決める。フードトラックからは甘くて優しい香りが漂い、ここの空気だけは天国みたいだ。
「わたしはイチゴのクレープ。これが一番可愛くて美味しそう!」
「本当、テンション高いなあ」
品川は苦笑。確かにこれははしゃぎ過ぎていたかもしれない。
「でも、黒澤さ。前よりだいぶ明るくなったんじゃね?」
「え、そう?」
「前はため息こぼしてた。学生食堂のぼっち席で見た事あるぞ」
「うそ、恥ずかしい〜」
まさか昔も品川に見られていたかと思うと、頬を両手で覆いたくなった。
「今は普通に明るそうだ」
「だったら、それは品川くんのおかげだよ」
美味しいものくれた。一緒に歩いてくれた。嫌がらせの手紙に怒ってくれた。友達になってくれた。「好き」という感情を気づかせてくれた。どう考えても全部品川のおかげだ。
「ありがとう、品川くん」
茜は今までで一番の笑顔を浮かべていた。
「い、いや……」
品川の顔は火のように赤くなっていたが、ちょうど行列が進み、注文した。店員は見事な手捌きでクレープを焼き、クリームやイチゴを挟んで巻いていく。
「わあ、すごい。職人さんみたい」
茜の目は店員の手に奪われ、なぜか品川はホッとしたように頭をかいていた。
「お待たせしました。イチゴのクレープです!」
「ありがとうございます」
茜はクレープを受け取り、先にスーパーの前のベンチに座って場所をとった。クレープの紙からは熱が伝わり、ふわふわな甘い香り。イチゴの赤とクリームの白もめでたい雰囲気で、可愛いクレープだ。
「お待たせ」
品川もクレープを片手にやってきた。品川はチョコバナナ のクレープを注文してた。
二人でベンチに座り、クレープを頬張る。
「わあ、めちゃくちゃ美味しい……。クリームは雲みたいだし、こんな柔らかく甘いものがあったなんて……」
感動で涙が目に滲んできそうだ。しかもクレープの甘い香りも最高だ。紙から伝わる熱やイチゴの甘酢っさもパーフェクト。世の中にこんな美味しいものがあるとは。
しかも横に品川がいる。品川はガツガツとクレープを食べていたが、こうして二人で食べられる事が一番だと思ってしまう。きっと陰で一人でクレープを食べてもこんな感動はなかっただろう。
放課後、制服で好きな人とクレープを食べる。控えめにに言ってこの状況は幸せすぎた。母の事や嫌がらせの手紙の事などもどうでも良くなってきた。むしろ、きっかけを作ってくれた嫌がらせの犯人を恨めなくなっていた。きっと何か事情があるのだろう。犯人の事も許したい。その事を品川に伝えると、明らかに彼は不機嫌になった。
「おいおい、黒澤。美味しいもの食って誤魔化されてるんじゃないか? ダメなもんはダメだ。これはいじめというよりは、犯罪だ。というか警察行くか? 弁護士でもいいぞ」
「え、ヤンキーなのに警察とか弁護士行って大丈夫?」
「あのな、俺はヤンキーだが、犯罪行為はしてねぇ!」
「冗談だよ〜」
「ったく。でも黒澤も冗談言えるようになったか……」
気づくとクレープは、全部胃袋の中に収まってしまった。きっと翌朝にはニキビができているだろうが、クレープの美味しさには全く勝てなかった。
「しかし、嫌がらせの手紙の犯人は誰だ?」
「品川くんは誰だと思う? これ、今までの手紙をまとめたもの」
茜はカバンから例のファイルを取り出して見せた。
「捨てずに保存してたんか?」
「一応、証拠になると思って」
「そうか。しかし、毎日のように来てたんだな。けっこう分厚いな」
品川はファイルをめくりながら、手紙を丁寧に見ていく。そのめはいつものように優しげではなく、鋭い。オカメインコみたいに思っていたが、本当は鷹だったのかもしれない。能ある鷹は爪を隠すという諺を思う出してしまった。こんな派手なヤンキーファッションをしているのも、何か理由がありそうだ。
「どう思う? 品川くんは犯人誰だと思う?」
「そうだなー。黒澤の母ちゃん自体に恨みがあるっぽいよな」
「そう?」
「だって黒澤は反ワクチンや自然派じゃないだろ。手紙の内容はそればっかり。本当は黒澤の母ちゃんにぶつけたい思いを、お前にぶつけてるんだろう」
「つまり、八つ当たり?」
「だろうよ。母ちゃんに敵はいないか?」
「敵しかいないよ……」
元々過激派自然派ママだったので、ご近所や学校の先生からも嫌われていた。SNSではよく炎上。最近は料理研究家の砂浜美羽にもコメントを送り炎上していた。確か砂浜美羽は添加物・美味しさの素をよく使っていて、自然派界隈でも悪魔崇拝者扱いされていた。もっとも砂浜美羽も「悪魔的レシピ」や「悪魔レベルの手抜き料理」といったタイトルのレシピ本を出版していたが。かなり人気な料理研究家でCMに出ているのは茜も知ってる。年齢は四十五歳ぐらいで可愛いらしい主婦っぽい雰囲気の女性だった。
「この砂浜さんと母の炎上。この手紙は何か関係ある?」
「わかんね。その料理研究家の熱狂的ファンの仕業だったら、辻褄は合うな」
そうは言っても砂浜のファンはアラフォーやアラサーの主婦がメインだろう。高校生は砂浜のメインターゲットではない。だとしたら教師か。それにしても大人がする嫌がらせの割には知能が低いというか子供っぽい印象。謎は深まるばかりだ。
「おーい。二人とも何をやってるの?」
茜も品川も犯人がさっぱりわからず、頭を抱えている時だった。
駐車場から知ってる顔が見えた。真希だった。手を振りながら、店頭のベンチに座る二人の前に走ってきた。
「え、放課後にクレープ? それって制服デートじゃん?」
「違う!」
「真希ちゃん、違うからー!」
真希は明らかの誤解し、二人の頬は爆発したように真っ赤になってしまう。そんな二人を見ながら真希は大爆笑。居た堪れないが、茜は嫌がらせの手紙ついての進捗を伝えた。
「そうか。っていうか砂浜美羽の息子ってうちの学校の生徒だよ」
「え!?」
「は?」
その情報は真希にしか知らなかったようで、二人とも目が丸くなり、変な声が出てしまう。
「砂浜タケルって子。知ってる?」
茜も品川も首をふる。
「まあ、あの子は私とも友達だし。ちょっと連絡してみるか」
「さすが真希ちゃん。交友関係広いね……」
「でもそんな添加物とかで料理研究家と炎上するか? 俺はイマイチわからん」
品川は口を尖らせる。
「そもそも食品添加物って何?」
母は悪魔のように嫌っていた物だが、その実情はよく知らない。
「だったら、図書館でも行って調べてみるか?」
品川はそんな提案をしてきた。
「確かに。母が食品添加物を嫌ってる理由も知りたかも」
「そうだよね。私も何であれが嫌われているのか謎」
「じゃあ、みんなで図書館行くか」
なぜか三人で図書館に行くことに決まってしまった。
放課後、制服でクレープ食べた。これは何だかリアルが充実してるみたいなのに、結局陰キャみたいな放課後になってきた。品川もそう?
小学生の頃はどうみても真面目な優等生のようだった。
犯人の事なんかよりも品川の事が謎。茜はこの謎の方が解きたいと思ってしまった。




