第13話 虫つきオーガニック野菜
いつもは朝が早い茜だが、両親はもっと早く起きていた。何でも知り合いの農家で美味しい野菜が収穫できたというので、引き取りに行っていた。
ちょうど茜が学校に行く為の身支度を整えた時、両親が帰ってきた。
段ボール箱いっぱいに野菜を貰ったようで、二人とも満面の笑み。
「お、お母さん。このほうれん草、虫がついていない? 黒くて小さい虫だけど……」
茜もキッチンに入り、野菜を洗うのを手伝ったが、中には虫がついているものがあり、変な声が出そうになる。
「いいえ。虫がついているのは、無農薬で自然で安心という証拠よ。ああ、本当に素晴らしい野菜ちゃん達! 素晴らしいわ」
母は虫も愛おしそうに見つめながら、ほうれん草を新聞紙に包んでいた。
「お父さん、この虫ついたままでいいの? 危険じゃないの?」
こんな母は今までに何度も見ていたが、茜は全く理解できない。この野菜も確かにナチュラルな感じはするが、スーパーで売っているものとの違いがよくわからない。
「いいや。母さんの言う通りだ。素晴らしい野菜ちゃん達!」
父は完全に母の尻に敷かれていた。元々はサラリーマンをしていたのに、調理師の学校まで行かされて、今は母のカフェで顎で使われていた。見た目も人が良さそう。いかにも「良い人」だ。茜も父に叱られた記憶はほとんど無いが、母の自然派を辞めさせる事は難しいだろう。
「そうよ。パパの言う通りよ。あら、茜。こめかみにニキビが出来ているけど、どうしたの?」
母は茜の顔を覗き込んだ。実年齢よりだいぶ若い肌の母が目に前にいる。こちらはニキビ、シミもない。シワは年相応にあったが、肌質自体はだいぶ綺麗だった。
「え、ニキビ?」
茜はビクビクしつつ、目を逸らし、ほうれん草の土を払う。心当たりしかない。
品川と一緒に食事をしてから、数日。毎日お昼を一緒に食べていたが、品川からドーナツ、カップラーメン、コンビニのパスタなど順調に背徳料理を餌付けされていた。あの時のように具合が悪くなるような事はなく、だんだんと背徳料理も慣れてきたところだったが、肌に関しては嘘がつけないようだ。気をつけてスキンケアをやっていたつもりだが、ニキビが一個できてしまった。
「茜。何か変なものを食べていないでしょうね?」
母の目が光る。目は大きく、美人といっていい母だが、怖い。美魔女ではなく、魔女に見えてきた。服装はナチュラル系でまとめているのに。
「た、食べてない……」
嘘とも言い切れない。品川から貰ったものはみんな美味しく、キラキラして見える。それを「変なもの」と一括りで言いたくない。
「本当? お母さん、あなたがまたアトピーになったら、どうしよう。困ったわ。心配よ」
嘘はついていないはずなのに、心臓はチクチク痛い。罪悪感というやつだろう。
「まさか変な虫をつけているわけじゃないわよね?」
鋭い。母の言う事は完全に当たっていて、茜の目が泳ぐ。さすが自然派ママだ。直感も科学技術に毒されず当たっているものらしい。
「まあまあ、この野菜みたいに虫がついていてもいいじゃないか」
一方、父はよく分からないフォローをし始めた。今のところ、どちらの味方もせず、逃げるつもりなのだろう。気が弱く、人が良いの父だが、その本性は別のものだろうと感じる。
「とりあえず、この野菜で朝ご飯つくろう!」
父は張り切って味噌汁や煮物などを作り始めた。父の不満がないわけでもないが、おかげで助かった。ニキビや悪い虫の話題から逃れられて、ホッとした。
ただ、この無農薬の野菜を使った味噌汁や煮物を食べていると、心の痛みは酷くなってきた。
母に黙って品川と食事をしている事。その食事も添加物だらけの悪いもの。その上、超自然派弁当は品川にあげ、自分では米粒一つも食べていない事。
茜は悪いことをしているという自覚があった。完全に母の事が悪いとも思っていない。今日の弁当は父が作ったものを渡されたが、家族との食卓では上手く笑えなかった。いつかはこの状況も全て話す時が来るだろう。
こうして今朝は心の痛みを感じながら登校したが、下駄箱の中は相変わらず嫌がらせの手紙が入っていた。今日も「反ワクチン(笑)」という文面だったが、ため息しか出ない。この手紙の主も何か事情があるのだろうが、今みたいものでもない。ため息が溢れる。まるで品川に出会う前のようなため息だった。
「茜、おはよう? というか、顔暗いね?」
そこに真希がやってきて声をかけられた。真希はこの手紙は全く知らないので、怒っていた。
「何この手紙。茜とお母さんの事は関係ないじゃん。先生に言う?」
「無駄だと思う。菅谷先生もうちの母の反ワクチンっぷりにウンザリしてたし」
「菅谷先生が犯人だったりして?」
「まさか。大人がこんな子供じみた手段を取らないでしょ」
だとしたら、子供っぽい精神の持ち主が犯人という事になるが、一体誰だか見当もつかない。手紙の筆跡も不自然な雰囲気で、わざと変えているのだろう。筆跡から犯人は見つけられないはずだ。
「まあ、元気だして。今朝、パン屋で品川くんに会ったんだけど」
「本当?」
品川と聞いて思わず身を乗り出してしまう。
「うん。茜の喜ぶ顔見たいいって。楽しそうにパンを選んでたよ。大丈夫だよ。お昼の時間までは何とか乗り切れ!」
「う、うん……」
真希に励まされてしまった。両親の事や嫌がらせの手紙でため息しか出なかったが、品川と一緒にお昼を食べられると思えば、乗り越えられそうだ。とりあえず今日の午前中の授業は大丈夫そうだ。
しかも自分のためにパンを選んでくれている品川。そんな事も聞いてしまったら、ため息なんてつけない。真希も味方だ。今は一人じゃない。ぼっちじゃない。それだけで何とか頑張れそう。
「真希ちゃん、ありがとう」
「うん。あんまにも嫌がらせが酷かったら、警察や弁護士に言おう。普通に犯罪だからね。茜は何もしてないじゃん」
「う、うん……」
しかし、この手紙の犯人は誰? 単独犯なのか複数犯なのかも不明だ。
茜は犯人については分からない。何か事情があるかもしれないが、正当な手段の訴えでも無いので、嫌がらせ行為にしか見えない。
前に品川が言っていた。自分はエスパーでも占い師でも無いので、ちゃんと言葉にしようって。
今なら品川の言いたい事がもっと良くわかる。この犯人もちゃんと言葉にしてくれれば良いのにと思う。
茜も自分の気持ちをちゃんと他人に伝えたくなった。そうすれば、色んな呪縛が解けていきそう。そんな気がした。




