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第1話 茜と超自然派弁当

 はあ。


 ため息出てしまう。毎日の昼休みが憂鬱だった。いや、正確にいえば昼休み自体ではなく、お弁当が問題だった。


 黒澤茜が通う私立高校・知塩学園は、今の時代は珍しく生徒の数も多く、学生食堂があった。並立している大学部の生徒や教師も使える場所で、広々した場所だった。


 売店や外に面したテラス席もあり、学生食堂というよりは、カフェテリアという雰囲気だ。学生食堂で提供されるメニューも豊富で、定食、丼もの、麺ものと選べる。特に定食はA、B、Cと三種類もあり、地元で取れた野菜や魚も使用され、栄養バランスもいい。コロナの時は百五十円から二百円といった低額提供され、お財布にも優しい。儲けは度外視で学生に提供されている天国のような場所ではあったが。


 そんな中、茜は学生食堂の隅の方に座る。壁際の一人用の席だ。通称「ぼっち席」とも呼ばれ、ここは陰キャの巣窟だ。いかにもアレな暗い雰囲気の生徒が集まっている。当然、騒ぐ者も少なく、誰にも命令されていないのに黙食をやっている状態だった。


 一方、中心部や窓際のテーブルは、明るい陽キャ達がグループで食事をしている。ぼっち席にも彼らの笑い声が響く。


 そんな笑い声を聞きながら、ぼっち席にいる茜の表情はさらに暗い。


 こんなぼっち席にいるから、陰キャと思われるが、茜のルックス自体は悪くはない。むしろルックスだけだったら、上位に入る。


 黒髪ボブ。小動物のように大きな目。小柄で華奢な体格で、肌も綺麗。モデルや芸能人レベルとは言いがたが、クラスの中では上位にいるレベルのルックスだ。実際、容姿だけなら「高嶺の花」みたいに言われる事もなった茜だが、その暗くて憂鬱な表情でルックスもの良さを全て台無しにしていた。


 原因は、食事。茜が母親から渡される弁当に全ての理由が内包されていた。


 ランチバックから取り出し、目の前に弁当箱を広げる。木で作られた伝統工芸の弁当箱らしいが、電子レンジや食洗機は使えないもの。正直、不便な弁当箱だと思うが、中身を見て、さらにため息がでる。はあ……。


 ご飯は白米ではない。玄米でパサパサなもの。玄米の上にはごま塩がかかっているが、何の慰めにもならない。申し訳程度という感じ。


 おかずは大豆ミートの唐揚げ。石のように硬い。味もぽやっとしている。それに大根や白菜の漬物。やたらと塩っぱく、繊維が多くて美味しくない漬物だった。


 無農薬の野菜で作っているらしいが、茜はスーパーで普通に売っている野菜との差がわからない。母は、無農薬の野菜にこだわり、わざわざ取り寄せている。虫つきの野菜を神のように崇めていたが、意味不明だ。もはや信仰だ。母のしている事は宗教のようにも見えた。


 茜の母はいわゆる自然派ママだった。肉、卵、添加物、農薬フリーを徹底し、家族にも強要していた。


 父は茜と違い、そんな母を応援。しかも母と一緒にオーガニックカフェを運営している始末。もっともオーガニックカフェは評判を呼び、家計はかなり潤っていた。大学も奨学金なしで行けるという。茜は元々成績がよく、大学進学の希望してるそんな事を言われたら、何の反論もできない。


 それに母が自然派ママになったのも、茜がきっかけだった。茜が幼少期の頃、アトピー性皮膚炎にかかり、母が色々と調べた結果、自然派ママコミュニティ参加。海水につかり、添加物フリーの生活をし、波動という目に見えないモノを高めればアトピー性皮膚炎が治ると聞いた母は、どんどん変な方向に突っ走っていった。


 実際、アトピー性皮膚炎は病院に行くより早く治ったわけだが、母の頭は炎症したままになってしまった。食べ物だけでなく、洗剤や化粧品、電化製品なども自然派思考にのめり込み、こんな現状になってしまったのだ。


 もう肉や卵の味も思い出せない。添加物の入ったパン、カップ麺、ファストフードも全く知らない。知っているのは、母が作った超自然派の料理だけ。シャンプーや化粧品なども全部自然派のものだった。歯磨き粉も家になく、重曹で磨いていた。

 

 確かに美容関連の利益は多い。茜の肌や髪が綺麗なのは、自然派コスメの賜物といえよう。しかし、そんな利益では帳消しできないような負債もある。


 こんな食生活のおかげか、友達とファストフードを食べたり、カラオケに行ったりする事ができない。行ったとしても母親に止められ、怒られたりする。食事だけでなく、友達付き合いも制限を受けるようになり、小学生の頃からずっとぼっち。


 高校二年になった今も、そう。友達の作り方を忘れてしまった。


 母は反ワクチンの活動もしていて、学校にクレームをつけたり、変なチラシを送ったりもしていた。おかげで悪評も囁かれてしまい、下駄箱に悪口が書いた紙が入るようになった。今日も「反ワクチン(笑)」と書かれた手紙が下駄箱に入っていた。ため息しか出ない。ワクチンだけでなく、医療関係も母は全否定派で、風邪を引いても「波動を高めて治せ」と頭おかしな事も言ってくる。迂闊に風邪も引けない状況だった。


 再びため息が出る。一応、茜は母が作って超自然派弁当を食べては見るが、美味しくない。大豆ミートの唐揚げも玄米も漬物もみんな味がしない。色もくすんで見える。モノクロ映画のよう。


 チラリと陽キャ達が集まる方を見てみたが、明るい笑い声、笑顔、美味しそうな定食も見える。未見てるだけで心が勝手に傷ついたような感覚も覚え、さらにため息しか出ない。


 本当はあの中にいたい。みんなと仲良くしたい。友達になりたいと願ってしまうが、母の顔が浮かぶ。下駄箱に入っている嫌がらせの手紙も思い出し、身体が硬直してしまう。


「茜!」


 そこに友達の栗田真希がやってきた。真希は茜の唯一の友達とも言っていい。中学の時から親しい。彼女は博愛主義でどんな人とも仲良くなれる稀有な人柄だった。


 だからこそ、茜とは親友とは言いがたい間柄ではあった。真希が他の友達といる時は、怖気付いて話かぇられない。それに今はクラスも違うので、今の茜はぼっちと言ってもいい状況だった。


 真希は紺色のブレザーの征服を少し崩して着ていた。スカートも短めで、スニカーや短めのソックスも似合う。髪も編み込み、一つにまとめていたが、見るからに活発。どう見ても陽キャ。


 茜は真希と違って制服も校則通りの着こなし、スカートの丈も長め。は紺色のソックスも膝のギリギリまでの長さで、活発さは皆無。茜は真希と一緒にいると、日陰にいる毒キノコになった気分。何だか対等の友達と言っても良いのか不明。隣に真希が座っていたが、思わず下を向いてしまう。


 真希は市販のカレーパンを食べていた。売店で売っている袋入りのカレーパン。添加物いっぱい入っていて、母が嫌っていたパンだったが、真希は美味しそうに齧っていた。少しカレーの良い臭いもして、茜は唇を噛みそうになる。


「茜、お弁当食べないの?」

「お母さんの超自然派弁当美味しくない……」


 その声は細く、賑やかな学生食堂の音にかき消されそうだ。茜は下を向き、再びため息が出そうになる。


「でも、この野菜の漬物とかはいけそうだよ。確かに玄米ご飯や大豆ミートの唐揚げは、アレだけど……」

「真希ちゃんもそう思うんだ。だったら、この漬物食べてみる? 無農薬栽培らしい。うちの母は、虫がついていたって喜んでたけど」

「虫ついて喜んでるの? いや、それはちょっとどういう事よ? 何かの宗教みたいだよ?」


 博愛主義で人懐っこい真希も引いていた。アイメイクが施された大きな目だったが「嘘ー?」と言いたげだ。


「だったら、茜も虫をつければ良いじゃん」

「は、虫?」

「悪い虫だよ! つまり、彼氏を作ってしまえばいいと思うんだ」

「そんな、彼氏だなんて……」


 友達すらろくにできず、ぼっちの茜。未知の領域の話だった。それに関しては小学生レベルの知識しかない。そもそも初恋すらまだだった。


「すっごい悪い虫をつけてしまえば、自然派のお母さんも折れるんじゃないかな?」

「そんな、そんな……」


 明らかに真希は面白がっているが、茜はそもそも男子を好きになった事もない。その点に関しては無知すぎて、理想すらも無い。


「茜はけっこう可愛いじゃん。密かに好きな男子もいるって噂」

「そんな、無いって」


 茜は戸惑いを通り越し、顔が真っ赤に変色していた。まさか無農薬の虫つきの野菜から、男子の話になるとは、想像もつかない。そもそも友達が真希だけのぼっちなのに……。


「ま、私は茜の事は応援しているから! ラブアンドピース! ビッグラブ!」


 真希はそう言い残し、陽キャの友達の方へ行ってしまう。


「そんな彼氏なんて未知すぎるよ……」


 それより友達が欲しい。真希のようにニコニコと笑い、友達百人ぐらい作りたい。本当はこんなぼっち生活は嫌だ。


 そんな事を考えながら、母の超自然派弁当を食べる。母にはよく噛んで食べなさいと怒られていたので、ロボットようにいっぱい噛んでしまうのだが。


「美味しくない……」


 本当は添加物いっぱいのパンやジャンクフードだって食べてみたい。


 これは、そんな茜の恋物語。悪い虫がやってくるまで、あと少しなのだが、まだ彼女は何も知らずにに、憂鬱な昼休みを過ごしていた。


 そう、悪い虫がすぐ近くにいる事はこの時の茜は何も知らなかった。


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