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迎え

「んー……こうして見た感じだと、花は全部枯れてるなぁ……蝉の声も、もう聞こえないし」


 にわか雨が通り過ぎてしばらく経った頃。私は全身ずぶ濡れ状態で植物の残骸を探索していた。

 水分補給の希望こそ叶わなかったものの、突然降ってきた雨のお陰でクールダウンできたし、多少の体力と気力は回復できたので。

 まあ、回復した所で脱出の手掛かりが直ぐに見つかるとは考えにくいんだけども。それでも、何もしないよりかは格段にマシだし、ずっと付き纏っていた嫌な気配も何故かすっかり消え去ったのだ。動けるようになった今の内に行動を起こした方が良いだろう。


 そう思って、歩いてた場所に手掛かりがあると踏んで探し始めたは良いけど……


「それっぽいのが全っ然見当たらない……」


 この空間の大部分を占めていたであろう花々の支柱をいくら探しても、元の場所への手掛かりになりそうな物も、私が此処に来た原因と思しき物も全く見つからない。嫌な気配の正体であろう、ピンク色の煙の残滓も同じく。


「……これからどうしよう……」


 私が此処に迷い込んでしまって、どのくらい時間が経過したのかは分からない。感覚だけだと、最低でも一時間は経っている気がする。

 何にせよ早く帰りたい。いい加減こんな訳の分からない所とっとと出て行きたい。本気で歩くの疲れたしお腹空いた。冷たい水飲みたい。仙羽堂の畳が恋しい。


「……帰りたいなぁ……」


 ただお使いに出掛けて行ったら、突如見知らぬ空間に迷い込んで、完全な独りきり。加えて、重度の疲労と暑さ、おまけに空腹。普通の子供だったら、心細くてとっくに心が折れて泣いている状況だろう。

 けれど、私に絶望なんてものは全く無かった。強がりでも何でもなく。

 前世の記憶持ちというアドバンテージも大きいが、保護者たる烏梅さんは必ず気付いて探してくれているという、確かな信頼があるからだ。スマホのような連絡手段も持っていない分、相当心配もさせちゃっているだろうし、お互いの為にも早急に脱出方法を見つけ出す必要性は変わらない。


 でも、流石に滅茶苦茶疲れたし、いい加減七歳児(わたし)の体力は限界だ。だから。


「……烏梅さん、迎えに来てくんないかなぁ」


 とうとうその場に座り込んで、溜息混じりに他力本願極まる願望を呟いた。


 ────────ピキピキピキッ


 その刹那。背後で、何かがひび割れるような音がした。


「……?」


 何だろうと振り返ると、宙に浮くようにして、空間に亀裂が走っている光景が目に飛び込んできた。驚き過ぎて言葉は出なかった。


「…………???」


 唖然としている間にも、それはバキバキと凄まじい音に移り変わりながら広がっていき、やがて割れ目を生じたかと思うと、そこからしなやかで白く長い指先が覗く。その指に既視感を覚えたと同時、一気に空間が引き裂かれ、姿を現したのは。


「澪ッ!!」


 普段の落ち着き払った態度が嘘のよう。焦燥も露わに叫びながら猛然と駆け付けた烏梅さんが、ガバッと私を抱き締めた。ふわり、着物に焚き()められた、柔らかで上品な藤の芳香が鼻腔を擽る。

 幼い頃から慣れ親しんできた匂いと奥行きのある確かな温もりに、知らず知らずのうちに緊張していた身体から力が抜けていく。


「嗚呼、すまない、すまない澪!!迎えが遅くなってしまった!何処も怪我はしていないか!?気分は悪くないか!?一人で心細かっただろう!?」


 ペタペタと私の顔やら身体やらを一しきり(あらた)めて、何処にも異常が無いかを繰り返し確認すると、やがてほっ、と息を吐いた。紫水晶の瞳には、心配と安心が混ぜこぜになった感情がこれでもかと滲んでいる。


「良かった……!縁が切られて気配が無くなった際はどうなる事かと思ったが……本当に良かった……!お前が、無事で……本当に……」


 語気も息も荒げ、ほんの少し目を潤ませ、心から安堵した様子で再度抱き締めてくる烏梅さんを余所に、私は堪らず笑みが溢れた。


「澪……?どうしたんだ?何か可笑しい事でも?」


 不思議そうに首を傾げる烏梅さんに、くふふと嬉しさに笑えば、ますます首が傾く。そんな様子が身内ながら可愛らしくて、更に笑みが深まるのを自覚する。


「だって、迎えに来て欲しいって思ってたら、本当に烏梅さんが迎えに来てくれた」


 それに、烏梅さんは絶対探してくれてるって信じてたから。そう言うと烏梅さんは、きょとんと瞬いた後、美しく誇らしげな笑みを浮かべた。


「当然だとも。私はお前が何処にいようと、どんなに時間が掛かろうと、必ず探して、見つけ出して連れ帰るよ。……愛しく可愛い私のよい子。私の大事な宝物。これから先も、ずっと私が守り抜く。髪の一筋、血の一滴だって損なわせない……同じ(わだち)を、二度も踏んでなるものか」


 最後の独白じみた言葉と共に、そっと濡れた髪を撫でられ、胸元へ強く抱き寄せられる。壊れ物を扱うような、繊細な手付き。愛しさと慈しみを存分に溶かし込んだ、最上級の微笑み。甘くて優しい、陶然と響く声音。鼓動が直接伝わる距離。

 烏梅さんがここまで優しくするのは私にだけだと、いつだったか白夜さんが呆れたように、それでいて何処か悲しそうに話してくれたのを、ふと思い出した。


「さあ、早く帰ろう。甚平が濡れてしまっているから、帰ったら直ぐに風呂を沸かさなければ。いや、その前に水分を補給させるのが先かな……」


 ひょいっと自然な動きで私を抱き上げ、烏梅さんはそのまま空間の割れ目へと足を進める。


 空間のひびはどうしたのとか、そもそもどうやって此処に来れたのとか、この空間は結局何だったのとか、聞きたい事は矢継ぎ早に山程思い浮かんだのだけど。

 今までに蓄積していた疲れと、ようやく(うち)に帰れるという安心感。一番の安全地帯である烏梅さんの腕の中、心地良い体温に包まれて揺られるというお誂え向きな状態も相()って、私はいとも容易く眠りに落ちたのだった。

(まん)陀羅華(だらげ)(朝鮮朝顔、ダチュラ)

花言葉「偽りの魅力」「恐怖」「変装」など


全草有毒で、毒性は著しく強い。汁でも危険。

濃厚で甘い香りを出すという。


参照 チルの花言葉、Wikipedia等

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