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水脈の導き

「人間と妖の、男女複数人……?」

「あー……やっぱりそんな感じだったか……」


 悼吏から告げられた犯人像を聞いた、二人の反応は実に対照的だった。

 烏梅が訝し気に柳眉を寄せて首を捻った一方で、白夜は合点がいったように呟き、褐色と黒の混じった白銀の髪をぐしゃりと掻き撫でた。


「……白夜?『やっぱり』とはどういう意味だ?お前は澪を連れ去った痴れ者に心当たりがあったのか?もしそうなら、何故私に伝えなかった?事とお前の返答次第によっては、ただでは済まさんぞ……!」

「待て待て落ち着け!今からそれを説明するから!殺気と呪詛は仕舞え!!悼吏を昏倒させる気か!!」


 感情を全て削ぎ落とした真顔ながらドスの利いた低音で、濃縮した呪詛を右手にちらつかせながら詰め寄る烏梅を全力で抑え込み、白夜は先を話すよう促した。

 それに応えるべく、小さく咳払いして少し重くなった空気を切り替え、悼吏は説明を始める。


「コホン。……壊残術式の復元と製作者の割り出しを行ったところ、元々が転送型の術式であった事。製作者は人間と妖の男女七人組であった事。そして、転送先が彼ら彼女らの情念と共鳴し、突発的に発生した歴史の浅い異界だという事が判明致しました。また、術式回路の残留思念を読み取った限り……その……七歳の御息女に対して余りにも大人げないと言いますか……滴る程の異常な悪意が感じられまして……」


 悼吏が歯切れ悪く語った事件背景が概ね予想通りだった為、白夜は盛大に溜息を吐いて天を仰いだ。当の本人である筈の烏梅が、思い当たる節が無さそうに怪訝な顔になったのも相俟って、一層脱力感が増す。


「……要するに。お前に惚れたが、その想いが報われなかった連中の腹いせ・逆恨みに巻き込まれたんだよ、澪は。大方、あの子が居なけりゃお前に振り向いて貰えたとか、自分より可愛がられて大切にされているのが許せなかっただとか、そんな碌でもない理由で」

「……は?」

「あくまで候補の一つに挙げてただけで、確証までは得てなかったがな。今の結果を聞いた以上、ほぼ確定だろう。……で、烏梅。お前、今まで言い寄って来た奴らの顔と名前、覚えてるか?」

「覚えてる訳無いだろう」

「だと思った」


 至極当然と言わんばかりに即答した烏梅に呆れ切った眼差しを送り、白夜は再度溜息を零す。


「犯人が確定してない状況でも、『澪を異界に飛ばした犯人は今まで求愛してきた相手の中に居る可能性が高い』なんて言ったら、お前は町の住人全員を片っ端から締め上げるか、さっきみたく周りの被害を配慮せずに術を使うか、所構わず詰問し続けるかのどれかはやり兼ねないと思ってな。そんな騒ぎを起こしたら後始末が面倒だし、澪を救出する妨げにもなるだろ。だから敢えて黙ってたんだよ」

「……成程、確かにそうだな。不本意だが、お前の判断に感謝しよう」

「ホント何気に失礼だよなお前。今更だがよ」


 白夜の説明に納得しつつも、棘のある物言いを返す烏梅。関係性としては親子に近い間柄なのだが、傍から見ると気の置けない友人のようなやり取りである。

 そんな二人の様子を静観していた悼吏は、困ったような曖昧な笑みを浮かべている。しかし、直ぐに表情を引き締めて話を続けた。


「術式の復元と製作者の割り出しに伴い、犯人像の分析は進んだのですが、問題はまだ残っています。製作者の個人名までは判明していませんし、術式の繋がりを辿って異界の座標を特定しようにも、霊力や妖気がごちゃ混ぜになっていて見通しが悪いんです。発生して日の浅い異界ともなると、不特定多数存在していますので。加えて、この術式は一回限りの片道切符でしたから、御息女の捜索は予想以上に困難であるのが正直なところです」


 申し訳なさそうな悼吏の言葉に、烏梅も白夜も揃って険しい顔つきになる。


「なら、これ以上は手詰まりだと?」

「はい。……せめて、御息女の霊力属性や適性などが判明していれば、もう少し特定もしやすかったかもしれませんが……」


 一般的に、霊力や魔力に基づく異能は幼い頃に発現する場合が多い。異能を宿すほとんどは国防の要を担う術師の一族の人間だが、市井の者でも霊力や魔力だけであれば少なからず有しているものなので、「神のうち」を脱する七歳前後で大社や寺院で己の適性や属性を専門の術師に検査してもらい、それを鑑みて今後の教育方針────術師や陰陽師になる為の学校に通わせるか、職人へ弟子入りさせるか、など────を決めるのが慣例となっている。

 しかし、澪は術師に好意的でない烏梅の意向で検査を受けておらず、霊力の適性は愚か、潜在属性すら不明だ。目印となる霊力が分からなければ、探して見つけ出すのは難しいのだと、悼吏は伝える。


「……うん?」

「ん?」

「大旦那様?どうかしました?」

「いや……今、一瞬だけ澪の気配を感じたような……」


 気のせいだろうかと、不意に感じた”それ”に首を傾げ、悼吏の問い掛けに有耶無耶な答えを返した直後。烏梅は唐突にソファーから立ち上がり、窓際に歩み寄る。

 突然の行動に怪訝な目を向ける二人に構わず、事務所の窓を開け放つ。現世の街は既に陽が傾き始めており、空の橙色と藍色が交わり出す頃────(おう)()()(とき)となっていた。

 昼と夜の境目が溶け出し、ありとあらゆる境界線が曖昧になる光景を目に焼き付けると、そっと瞼を閉じ、水の霊力に織り込まれた微かな、それでいて間違えようのない愛しい気配────澪の縁を感じ取るべく、神経を研ぎ澄ませる。


(何故急にあの子の霊力が顕現したのかは分からないが、これは好都合だ……!)


 その感覚を逃すまいと、更に意識を集中させて気配を手繰っていく。

 すると、閉じた視界の中で断続的な映像が浮かび上がる。朧気ながら認識できたのは、雨上がりの青空と枯れ果てた植物の残骸、そして。


「ッ、見つけた……!澪……!」


 ほんの少しだけ垣間見えた、最愛の子の姿。特に目立った外傷も無く、元気そうな様子が確認できて安堵の息が漏れる。

 即座に異界の座標の特定と空間の接続を悼吏に要請し、道筋確保の目処が立ったところで白夜へと向き直る。


「私は澪の元に行くから、白夜は元凶の処理を頼んだ」

「……以外だな。お前の事だから、『澪を陥れた連中はこの手で始末する』とでも言うと思ったが」

「それも一瞬考えたが、心底どうでもいい痴れ者共に構うより、愛しいあの子を迎えに行く方が先決だ」

「ブレねえなぁ」


 白夜は小さく肩を竦める。烏梅が澪に対して抱く愛情やら庇護欲の重さは理解しているつもりだが、こうも一途過ぎると末恐ろしさすら感じてしまう。


「ま、あの子が無事ならそれに越した事は無いか。やらかした連中はこっちで調べて巡査提灯に突き出しとく。それで良いな?」

「構わん。では、また後でな」

「おう。……くれぐれも無茶はするなよ?」

「分かってる」

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