朝の一幕
「………んにゅ………」
障子越しに差し込む仄かな陽光に、胸板にくっ付けた頬から伝わる皮膚の温もりと心臓の鼓動。
そして、私の身体を息苦しくない絶妙な加減でガッチリと抱き締める、烏梅さんの逞しい両腕。何時も通りの目覚めの朝だ。
「んん~……」
身支度をすべく、腕の中で身体を反転させ、もぞもぞと薄い夏用の毛布から外に這い出そうと試みる。が、それを咎めるように胴体に回っている腕の力が強まり、再び布団の中へと引き戻されてしまった。
「ぐぇっ」
「……澪……まだ起きるには早いだろう……後五分……五時間は腕の中に居てくれ……」
寝起き特有の少し掠れた色っぽい声に、頭を優しく撫でる大きな手。微睡みから完全に抜け切ってないからか、普段の様子と比べれば、随分と柔らかく穏やかな雰囲気と口調だ。
言ってる事は全然穏やかじゃないけど。
「いや、五時間も布団でゴロゴロするのはちょっと……もう目が冴えたから、私は起きたい。お腹も空いたし」
「……………そうか………」
ぺしぺしと腕を軽く叩いて烏梅さんに意思表示をすれば、たっぷりと間を置いた後、ハグという名の拘束を緩めて解放してくれた。
寝転がったまま名残惜しそうに唸る烏梅さんを放置し、軽い欠伸をしつつ洗面所へ足を運ぶ。
冷水で眠気をしっかり覚ましてから良い匂いのする居間に向かうと、昨日に引き続き、仙羽堂に泊まって私達の様子を見に来てくれている白夜さんが朝食を用意してくれていた。
「おはよー、白夜さん」
「ん?おお、おはよう、澪。よく眠れたか?」
「うん、お陰様でぐっすりだったよ」
昨夜見た夢の中で出会い、ミリしら転生者仲間だと判明した悼吏さん──もうすぐ義理の兄になるから悼吏義兄さんとでも呼ぶべきだろうか──との会話で色々と急展開があったものの、特に疲労感は感じない。
むしろ、思いがけず同郷の人に巡り会えた事に、烏梅さんが迎えに来てくれた時とは違う種類の安堵を覚えている。
転生して以来、烏梅さんが毎日溢れんばかりの愛情を注ぎまくってくれているから、寂しさや孤独感とは無縁な生活を送れている。けど、前世の記憶という、易々と他者に明かすのは難しい秘密を共有出来る仲間が出来たのは、何とも有り難く嬉しい事だと思ったのだ。
「それは何より。ほれ、これが君の分だ。おかわりは沢山あるから、遠慮せず言ってくれよ」
白夜さんから手渡された皿の上には、和の要素が色濃い薄明町ではまだ珍しい、こんがり焼き目の付いたトーストにふわふわのオムレツ、分厚く切られたベーコン、そして新鮮な夏野菜をふんだんに使ったサラダが綺麗に盛り付けられていた。
「美味しそう……これ、全部白夜さんが作ったの?」
「嗚呼。最近洋食にハマってな、ちょくちょく自分で作るようになったんだ。君の口に合うといいんだが」
襷掛けを外し、向かいの席に座った白夜さんに促され、まずは焼き立てのトーストに齧り付く。
表面に塗られたバターの塩気に、パリッと焼かれた外側の食感が良いアクセントになっている。
オムレツは卵焼きに似た和風の味付けで、舌の上で程よく馴染む甘さ。
ベーコンは歯を突き立てた途端に濃厚な肉汁が口の中いっぱいに広がる程の厚みがあるのに、くどい脂っこさが全然ない。
添えられた千切りレタスやキュウリもシャキシャキと瑞々しい食感で、砕いたナッツの混ざったドレッシングと合わさっていて、食べ応えがあった。
「ん~っ……!美味しい……!」
「そいつは良かった」
転生して以来日常的に食べている和食も当然美味しいが、前世の朝食は専ら洋食がメインだったので、久し振りに食べる本格的なモーニングセットが何だか嬉しい。
自分の分の食事はとっくに済ませたらしく、食後の緑茶をのんびり啜る白夜さんに見守られながら朝食に舌鼓を打っていると、廊下に面した襖がスパンと開き、寝間着姿の烏梅さんが居間へ入って来た。
「………おはよう、澪、白夜」
顔を洗っても眠気が抜け切らなかったらしく、気怠げな色香が全開だ。当然というべきか、寝る際は髪を解いているので、肩口辺りからは寝癖一つ付いていない、艶やかな濡羽色がサラサラと流れ落ちている。
どっかりと私の隣に腰を下ろした拍子に椿の香油が仄かに香ってきて、起き抜けでも惚れ惚れする美貌だな、と身内ながら感嘆する。
「おはよう、烏梅さん。相変わらず朝弱いねぇ」
「おはよう、烏梅。懐が寂しくなって、流石に目が覚めたか」
「……白夜、煩い」
揶揄いの混じった白夜さんの言葉に、烏梅さんの柳眉がヒクリと歪み、不機嫌さを隠そうともしない声音が響く。
美貌が美貌なだけに、そこら辺の妖や人間だったら怖気づいて腰が抜けてしまうレベルの威圧感があるんだろうけど、赤子時代から一緒に居る私と実質的な育て親の白夜さんからすれば「寝起きで気が立ってるんだな」くらいの感覚だ。要は慣れである。




