契約
7/3 色々と大幅に加筆修正しました。そしてこの話でBL要素を少々入れてます。苦手な方はご注意ください。
「どうかな。澪ちゃんが比良坂の保護下に入れば、家門自体が君の強力な後ろ盾になるから、政争へ巻き込まれる危険性は確実に減らせる。定期的に現世と薄明町を行き来する必要こそ生まれるけど、それ以外は今までと変わらない生活を送れると保障する。それに、転生者同士で協力体制を取った方が、色々と都合が良い事も多いと思うんだ。例えば……今後現れるかもしれない転生者への対応とか」
「……あ~……」
確かに、それは否定できない懸念事項だ。現に私や悼吏さんという実例が存在しているのだから、この先自分達と同様に前世の記憶、またはジルラブに関する知識を有する人物と遭遇する可能性が無いとは言い切れない。
この先現れるかもしれない転生者が悼吏さんのように良識を持ち合わせた人ばかりとも限らないし、最悪の場合、WEB小説や支部でお馴染みだった「自分本位の逆ハーレム狙い」や「原作至上主義者」といった悪質なタイプと接触するかもしれない。それに伴う危険や面倒事を回避する手段として、ある程度の実績があって、信頼の置ける人の伝手を得るのは、決して悪い話じゃない。
加えて、今回の一件で烏梅さんの過保護はほぼ確実に加速してしまったはずだ。このままいくと、今後成長して自衛手段を得ても「危ないから」だの「心配だから」だのと理由を付けられて、一人での外出や単独行動を全面的に制限される予感がする。
それは嫌だし普通に困る。せっかくオタクの憧れ(※個人の見解)である異世界転生を果たしたのだ。前世では出来なかった色んな経験(恋愛と酒はマスト)をしてみたいし、この世界でしか味わえない事象(魔法や異種族間の交流など)にも沢山関わってみたい。勿論、自分や周囲の安全第一、烏梅さんや白夜さんに心配や迷惑を掛けないのが前提で。
本来こういった契約は保護者同伴じゃなきゃいけない類のものだろうし、会って数分足らずの人を信用するのはかなりマズい事だ。でも、この機会を逃す手はない。烏梅さんや白夜さんには後で事情を説明して、誠心誠意謝ろう。
「……そのお話、喜んでお受けしたいです。私としても、今後の生活での不安要素は極力排除したいし、似た境遇を分かち合える貴方とは良い関係を築いていきたいので」
「そう来なくっちゃ。じゃあ、早速手続きを……」
「その前に」
虚空に手を伸ばし、恐らく契約書か何かを出現させようとした悼吏さんの言葉を遮る。必ずしも聞かなければならない事では無くとも、知っておいて損もしないであろう情報がまだ残っている。
「貴方が先程おっしゃっていた『個人的な事情』。その詳細をお聞きしても?」
「え、っ……」
問い掛けた直後、悼吏さんの顔が強張った。浮かんだ表情は驚愕ではなく、微かに恐怖すら滲ませた戸惑い。相当口に出しにくい内容だったのか、先程までとは打って変わって、言葉数が一気に減る。
転生者同士で協力するという提案に異論は無いが、意味深な台詞を残されたまま手続きを進めるのは少々引っ掛かるものがあったから、今のうちに解消しておこうと思ったんだけど。結構腹を割って話せたとはいえ、初対面で聞くのは早過ぎたかな。
「……すみません、今のはナシで、」
「あ、っいや、待って、話す!ちゃんと説明するよ!」
無理に聞き出すつもりは無かったので話を打ち切ろうとしたが、慌てた様子で悼吏さんが追い縋る。ちょっと驚いちゃっただけで、なんて言った割にはまだあー、とかうーん、とか頭抱えて唸ってるのに、本当に大丈夫だろうか。
悩む様子を直視して待つのは何となく気が引けて、目線を微妙にずらして数分待っていると、ようやく悼吏さんの腹が決まったらしい。咳払いを一つ落として、重い口を開けた。
「…………その、澪ちゃんはさ」
「はい」
「正直に、遠慮しないで、言って欲しいんだけど……男同士の恋愛って、どう思う……?」
「当人同士が幸せであるのなら、他人の私から言う事など何も無いでしょう」
間髪入れずに返答する。前世でもBL・GLはガッツリ嗜んでいたし、何なら十八歳の誕生日を迎えた即日、速攻でBL(成人指定)のブツを手に入れて一人狂喜乱舞しては自家発電に勤しんでいたのだ。同性愛に嫌悪感なぞ抱きようが無い。
日本でもパートナーシップ制度があったし、学校の授業でも同性愛について多少は取り扱われていたから、恋愛や結婚で性別はそこまで気にする必要が無いと思っていた──あくまで自分の意見だ──が、悼吏さんの様子を見た限り、大和皇国や術師の家は一際偏見の目が強いのだと推察できる。
だとしたら、このカミングアウトにはかなりの勇気が必要だった事だろう。悼吏さんは明らかにホッとした面持ちだ。
「そっか……ごめんね、突然こんな事聞いて。親戚や親しい友人とかは祝福してくれたけど、中にはあからさまに嫌な顔をしてきた人もいたから、表立って言うのが少し怖くて……だから、澪ちゃんがそう言ってくれるのは助かるよ」
「いえ、私の方こそ、出会って間もないのに随分と突っ込んだ質問をしてしまって」
「とんでもない。これから家族として縁を結ぶのに、僕の恋人の事を黙っておく訳にはいかなかったし、質問してくれて助かったよ」
「なら、良かったですが……そういや、恋人さんにこの件はちゃんと連絡できてます?私みたく事後承認でも何とかなる感じですか?」
「此処に来る前に伝えてるよ。『話し合いの結果次第では、恩人の娘さんが新しく家族になるかもしれない』って」
それなら、一応は安心か。さっきも聞いた「烏梅さんが『命の恩人』」というのもまた気になる話だが、それは追々聞くとしよう。
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何はともあれ、今度こそ手続きを進める運びとなった。悼吏さんがパチンと指を鳴らした途端、私達が腰掛けていた椅子の間にアンティーク調のテーブルが出現し、机上に「養子縁組届」の文字が記載された一枚の紙が提示される。
「はい、これが契約書。術式が刻まれた誓約書でもあるから、慎重に記入してね」
「あ、ありがとうござ……ん?」
「? どうしたの?」
「……空欄の上にある比良坂みしょう?って誰の事ですか?もしかして、例の恋人さん?」
手渡された書類の空欄(多分此処に私の名前を書く)と悼吏さんのフルネームが記名された間には、流麗な文字で「比良坂魅生」という名前が記されていた。漢字の雰囲気から推測するに女性の名前っぽい。魔除けの護法の一環で、あえて性別にそぐわない名前を付ける・異性装をさせるという文化の存在を聞いた事があるが、それだろうか。名字が〝比良坂〟なので、お相手は婿入りしたとか?
「嗚呼、違う違う。それは比良坂家での澪ちゃんの名前だよ。それで『みお』って読むんだ。比良坂の一族は、厄を避ける為にわざと縁起の悪い意味を持つ漢字を使った名前を付ける風習があってね。魅──化け物や怪物……基、妖の中で『生』きる子、って意味で魅生。僕が考えた名前なんだけど、どうかな。もし気に入らなかったら、別のを考えるけど……」
「いえ、素敵な名前だと思います。本名と読みが一緒なので違和感が無いし、何気に字面も綺麗なので」
「それは何より」
感想を素直に述べれば、悼吏さんの表情が嬉しそうに緩む。誓約書と一緒に用意されたオリーブ色の万年筆を使って空欄部分に「澪」と書き込めば、紙面に仕込まれていたであろう幾何学模様が淡い光を発し、紙全体を包み込むように展開して消えた。
「うん、これで誓約は成った。転生者同士、これから宜しくね」
「こちらこそ。色々とご迷惑をお掛けするかもしれませんが、改めて宜しくお願いします」
悼吏さんに向かってぺこりと頭を下げた直後。
不意に、視界がぐにゃりと歪んだ。
「え、っ」
「おっと……もうそんな時間か。意外と早かったな」
平衡感覚を失った身体が椅子から転げ落ちそうになった所で、悼吏さんが素早く腕を伸ばして抱き留めてくれた。
お陰で転倒は防げたものの、今度は強烈な眠気が襲い掛かって来た。瞼が鉛のようにずんと重くなり、目を開けている事すら億劫になる。
「何、が……」
「現実世界で君の肉体が目覚めようとしてるんだよ。ほら、僕達が今居る夢世界が崩れ始めてる」
気怠い頭を持ち上げて辺りを見回すと、夕焼け空が照り返していた水面がゲームのバグみたいに所々ノイズが走り、ボロボロと崩壊を始めていた。代わりに漆黒の闇が空間を侵食し、足場諸共を吞み込まんと迫り上がってきている。
「名残惜しいけど、今回は此処までかな。続きは後日、大旦那様や白夜さんと一緒に話そう。これ以上の事は、流石に保護者抜きでは進めないし」
「そう……です、ね…………じゃあ…………また、今、度…………」
眠りに落ちる寸前の状態で何とか言葉を絞り出すと、悼吏さんは優しい手付きで頭を撫でてくれた。烏梅さんとはまた違った心地良い感触に身を委ね、身体の力を抜く。
今日(多分日付は跨いでるけど)何度目か分からない、意識が薄れる感覚の中。「またね」と囁く悼吏さんの柔らかな声が、鼓膜を震わせた。




