邂逅
あ、これ夢だな。
根拠は無かったけれど、何故かそうだと確信できた。所謂明晰夢ってやつだろう。
二度目の起床は、午後の六時半頃。約束通り起こしに来てくれた烏梅さんが用意してくれた晩ご飯に舌鼓を打って、歯を磨いて、お風呂に入って、といった感じで夜のルーティンをこなしていって、最後にいつも通り、烏梅さんと一緒の布団で広い胸板に抱き締められて鼓動に耳を傾けてるうちに、本日三度目の眠りに就いたところまでは覚えている。あれだけ爆睡してたのに、こうもアッサリ眠れる子どもの身体って凄い。
水分は寝こけてる間に烏梅さんや加乃子さん、後から様子を見に来てくれていた白夜さんが点滴よろしく補給してくれてたらしいけど、誘拐騒ぎ(烏梅さん達に言われるまで気付いてなかった)に巻き込まれた気疲れも合わさってお腹はすっかりペコペコ。そんな状態の身体に、烏梅さんお手製の晩ご飯──ピカピカの白米にしっかり味の染み込んだカレイの煮付け、風味豊かな豆腐とネギの味噌汁、お出汁の効いたほうれん草のお浸し──はまさしく五臓六腑に染み渡る美味しさだった。今思い出しても涎が出そう。
話が逸れた。
ふっと意識がクリアになって、気が付くと一面、柔らかなオレンジ色が美しい、見事な夕焼け空が広がる空間に居た。今立っている地面は、前世ネットサーフィンの最中で見かけた、ウユニ塩湖の代名詞となっていた絶景「天空の鏡」を彷彿とさせる、見事に澄み切った水鏡で、上空の光景をくっきりと映し出している。
視線を下げると、格好は寝る前と変わらない、裸足に薄い水色の鱗模様の浴衣のままだった。どうやら服装は現実世界に準拠してるらしい。
何の気も無しに一歩踏み出してみると、動きに応じて次々と波紋が広がった。けど、足が濡れる感触も、水の冷たさも全然感じない。ぱしゃりと飛沫は確かに上がるのに、水が肌に纏わりつく気配は無いのだ。
周りを見渡しても、当然と言うべきか、誰もいない。夕焼け空が延々と、それでいて果てしなく続いているのみ。
突っ立っててもしょうがないから、取り敢えず前方に進んでみる。足を踏み出す毎に小さく飛沫が上がり、いくつもの輪っかが広がっていく。それでも変わらず、足や服が濡れる感じは一切しない。
それが何だか不思議で妙に面白くなってきて、前世の記憶を頼りにダンスのステップを踏んでみる。正確な歌詞とか踊りは全然知らないけど。
「〜〜〜〜〜〜♪、〜〜〜〜〜〜♪、〜〜〜〜〜〜♪」
「……これはまた、随分と肝の据わった子ですね」
「ひょっ!?」
突如聞こえた第三者の言葉に、我ながら素っ頓狂な声を上げてしまった。驚いて視線を声のした方へ向けると、二メートル程先に、ぽつんと見慣れない人影が佇んでいた。夕焼け空をそのまま写し取ったかのような、ほんのりと赤みがかった薄めの茶髪に、明るく透き通った茶色の瞳をした青年だった。
「こんばんは」
青年は優しげに微笑むと、ゆったりとした足取りで此方に近寄って来た。
ふんわりと柔らかそうな髪が、端正で柔和な顔立ちを縁取っている。ほっそりと華奢な身体つきながら、背筋はピンと伸び、か弱さなんてちっとも感じさせない立ち居振る舞い。身に纏っているスーツは、シンプルでありながらも仕立てが良いものだと素人目でも分かった。年の頃は、軽く見積もって二十代前半くらいだろうか。
「あ、こんばんは。…………えっと…………どちら様、でしょうか?」
挨拶しつつ記憶を手繰ってみたけど、全く見覚えが無かった。本当に誰だ?烏梅さんの知り合いって感じではなさそうだし、だとしたら白夜さんの知り合い?あるいは、私が憶えてないくらい小さい頃に店に来たお客さんとかかな。
そう思って問い掛けると、目の前の男の人は恭しくも優雅な仕草で頭を下げた。
「突然の御訪問、失礼致します。初めまして、狭間のお嬢様。私は比良坂悼吏といいます。白夜さんの依頼を受けて、貴女の捜索に協力した探偵です。どうぞ悼吏と呼んでください」
「とうり、さん?」
「ええ。死者を悼むに、官吏の吏、と書いて悼吏です。私の一族は代々墓守に近しい内容の家業をやっていますので、厄除けの為にこういう名前なんです」
そういえば、夕食の時に烏梅さんから聞いたような気がする。白夜さんがわざわざ現世まで足を運んで協力を取り付けてくれて、私の行方不明の原因やその時の居場所……異界と呼ばれる危険区域の座標を特定してもらったのだと。大人であっても生還するのが厳しい場合もあるくらい物騒な場所に放り込まれた私をちゃんと迎えに行けたのは、優秀な探偵の助力があったからだって言ってたな。
……ところで、一体何しに来たんだろうか、この人。
「然程大層な理由では無いのですが……薄明町内外でも気難しいと評される”あの”大旦那様が大変鍾愛される御息女がどのような方なのか、個人的に気になりまして。大旦那様と白夜さんの許可を頂き、こうして夢渡りでお伺いした次第です。二千年以上生きる大妖の元で暮らす子どもが只者では無いと、予測はしておりましたが……想像以上に大物でしたね、貴女」
「はあ……」
やけに楽しそうな様子で悼吏さんが笑う。悪意や敵意、此方に危害を加えようとする気配は特に感じられないものの、あっさりと信用して良いかどうかがイマイチ判断できない。命の恩人である事には間違いないんだろうけど、それで初対面の人を速攻で信用するかはまた別の話だ。
どうやって接するのが最適なのか分からず微妙な反応を返していると、不意に悼吏さんが真面目な顔になって、小さく呟いた。
「……しかし、本当に驚きました。二十数年生きてきて初めて、ようやく自分と同じような境遇の方に巡り逢えるとは」
「え?」
同じような境遇?何の話?お互い純粋な人間である事以外に、何か共通点あるっけ?いや、比良坂家は冥界の女神・イザナミの末裔──八百万の神々、九尾の狐や鬼神など、強大な力を持つ神格や大妖、またはそれらの加護や寵愛を得た術者を明確な始祖とする一族の事を、崇種血統と呼ぶらしい──だから、私みたいな一般人とは若干カテゴリが違うか。生まれ持った霊力量とか、そこら辺の基礎スペックが。
「……お嬢様。今から突拍子もない話をするので、身に覚えが無ければ聞かなかった事にして、即座に忘れてくださいね。──ジルラブ、という令和日本の乙女ゲームについて、何か知っている事、思い当たる事はありますか?」




