プロローグ
エアツェです。
この度、四月初旬に投稿した短編「隠世育ちの転生者」を基にして連載を始めました。
お楽しみ頂ければ幸いです。
Q.至って普通のオタク大学生だったけど、現在流行りの異世界転生をキメたらどうする?
A.夢じゃないなら開き直って楽しむしかない。
冒頭でいきなり何言ってんだコイツって思っただろう。当事者たる私も混乱と興奮の余りおかしなテンションになっているのは自覚してるので、そこはどうかスルーして頂きたい。
私の名前は園原澪。前世は何処にでもいる平凡な女子大学生。かつては中学時代からの相棒である、ちょっと錆び付いた自転車に乗って移動・通学し、ワンポイントの入ったTシャツに通気性の良いシンプルなスラックス、撥水仕様のスニーカーを履いてコンクリートと緑が混在する街並みを歩いていた。
休日は大体課題レポートの資料探しや趣味の一環で図書館に入り浸るか、家で青い鳥やネットサーフィンをして目に付いた作品を味見するか、一人で本屋やアニメショップを巡るか、オタ友と一緒にスマホ越し、あるいは対面で互いの推しキャラや小説、漫画、ゲームについて駄弁るのがお決まりだった。言わずもがな、恋人居ない歴=年齢である。
大学の講義に励む傍ら、オタ活費と生活費を稼ぐ為のバイトに明け暮れる、忙しくも平和な日々を送っていた私だったが、人生の終わりは突然訪れた。
死因はラノベの定番、不慮の事故。二十歳の誕生日を迎える数週間前、高校生の時に亡くなった両親の墓参りをした帰りに、信号無視であろうトラックに轢かれてそのままご臨終。享年十九歳。未練が無いと言い切ってしまえば噓になるけど、短くもそれなりに充実した人生だったと思う。
さて、くだらない過去語りもここまでにしておこうか。ここからは、平成と令和を生きた女が、オタ友からの受動喫煙でしか知らない、未プレイ乙女ゲームの世界に転生した話だ。
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私が転生した異世界の基であろう乙女ゲーム────「Zillion of Love~貴女だけの恋物語~」通称「ジルラブ」は、魔法や霊能力といった超常現象と科学が共に発展を遂げた世界が舞台。
使い魔・式神と呼ばれる生物群に、不思議な効能を持つ魔法薬、箒や絨毯を活用した交通手段が市井にも広く認知・流通している他、スマートフォンや自動車、冷暖房といった前世でも馴染みのあった便利ツールも発明されている。
勿論、この世界に生きているのは人間だけじゃない。ファンタジーの定番である獣人や人魚、妖精といった異種族も多数存在し、それぞれが適切な距離を取り合って個々の生活を営んでいる。
また、このゲームは「Zillion of Love」の名に相応しく、ストーリーの中でプレイヤーが行った決断・発言・行動がその場の状況を分岐・変化させ、シナリオの展開やエンディングに大きな影響を与えていくフリーシナリオシステムを採用していた。
最初の選択肢で「特待生」を選んで全寮制の学園を中心に国の将来を担う生徒達と青春したり。
「新兵」を選んで一人の軍人として戦火に身を投じながら味方陣営と愛を育んだり。
「町娘」を選んでひょんなことから貴族の陰謀に巻き込まれてロマンスがあったり……などなど、最初から最後まで選択肢の幅が非常に豊富。
加えて、好感度やステータスの高さに応じて攻略対象との会話で微妙に変化が生じたり、ミッションのコンプリートやログインボーナスで隠れ攻略対象へのヒントが貰えたりといった具合で、やり込み要素も非常に高かったので、かなりの人気だった……らしい。
らしいっていうのは、前述した通り、私はこの乙女ゲームをプレイした事が全く無いからだ。ゲーム自体はジャンルを問わず結構やっていたけど、乙女ゲームにはどうも食指が動かなかったので。
高校からの付き合いである前世のオタ友────広瀬琴葉がアプリ課金するレベルでドハマりしてたから、ゲームの世界観や感想は結構聞いていたけど、攻略対象の数がシリーズ別にしても相当多かったし、それぞれの攻略対象にハッピー・トゥルー・バッドのエンディングがデフォルトで用意されてたのもあって、細かい情報はほとんど憶えていない。
しかもこのゲーム、ちょっと選択肢を変更しただけでエンディングがコロコロ変わるのだ。誰々の好感度は上げたけど誰々は上げなかったから略奪愛ルートが発生したとか、特定の人物をあえて見殺しにしたら関係者各自の共依存ルートが開いたとか。
主要人物が死亡したとしても、主人公が生存していればストーリーは容赦無く進行するし、そのお陰で隠しエンディングのルートが何個か開いたと随時報告してきた彼女から聞く度に、ネズミ算かと突っ込んでいた記憶が懐かしい。
閑話休題。
私が産まれたのは、現代日本に似て非なる、貿易や観光で栄える極東の島国・大和皇国。建国の折に太陽神の加護を受けた姫巫女の末裔とされる皇室・神凪家が代々皇帝として朝廷を敷き、国を統治している。
ここも乙女ゲームの舞台の一つで、確か異能や陰陽術で国を守る術師に皇族、多種多様な妖達と織りなす複雑な人間模様や恋愛を通じて歴史に隠された国家の闇を暴いていく、みたいな内容だった気がする。和風ファンタジーと呼ばれるような要素は大体網羅していると考えて差し支えないだろう。
今世は産まれて直ぐ、しかも氷点下の雨の日に捨てられたもんだから、転生して早々凍死しかけて「詰んだ」と思ったけど、捨てる神あれば拾う神あり。
運良く通り掛かった通行人────烏梅さんという超絶美形な男の人に拾われ、そのまま彼の家に連れ帰ってもらえたのだ。それだけでなく、前世と文字も読みも同じ澪という名前も付けてくれた。生物的な家族には恵まれなかったけど、実質的な家族には恵まれたから結果オーライである。前世でも実の両親に大して可愛がられた記憶は無いし、肉親との縁が薄いのは気にしない。
こうして、赤ん坊の状態で捨てられた挙句凍死しかけるという中々ハードなスタートを切りながらも、私は無事に新たな人生を歩み始める事ができた。
前世の記憶はこの頃からちゃんと持っていたけど、肉体が生後間も無い赤ん坊だったせいか、「私」の意識は物心付く五~七歳頃になるまで、ぼんやりと夢を見ているような状態で過ごしていた。
なので、この世界が「ジルラブ」に酷似した異世界である事、保護者となってくれた烏梅さんが人間ではなく、二千年以上生きている化け鴉という妖である事(故に、今世の私は名字が無い)、自分が拾われ子である身の上についてハッキリと理解し、その上で受け入れたのは、私が七歳の誕生日を迎える数ヶ月程前だ。
まあ、理解したから何だって話なんだけど。いくら前世のゲームに似てるといっても、この世界は紛れもない現実であって、存在しているのは画面上のキャラクターでは無く、この世界で息づく生命なのだ。
WEB小説や二次創作でしょっちゅう出てきた原作厨やら、世界の強制力やらが存在するかどうかは現時点ではまだ分からない。けど、無理をしてまでゲームのシナリオに寄せる必要性も特に感じない。
原作ゲームを未履修の私が物語を忠実に再現出来る訳も無いし、前世はお酒も恋愛も経験しないままで死んでしまったのだ。今世は前世の分まで人生を謳歌しようとしたって、誰にも文句を言われる筋合いは無いだろう。