読心の魔眼が使えるんだが、学校一のクール美少女が(心の中でだけ)俺にデレデレすぎてつらい
久しぶりの短編ラブコメです!
楽しんでいただけますと幸いです!
俺の名は島崎結弦。一見するとどこにでもいるような普通の高校三年生だが、俺には秘密がある。
何を隠そう、俺は異能力の持ち主なのだ!
その名も【読心の魔眼】。
対象を視界に収めた状態でこの能力を使用すると、対象の考えていることが丸分かりになるのである。
まあ、プライバシーの侵害になっちゃうから、よほどのことがない限り使わないんだけどね。
そんな俺には、悩み事……というか困り事が一つある。
一ノ瀬京香さん──“学校一のクール美少女”や“氷の令嬢”と呼ばれている彼女の心の声がすごいのだ。
(結弦くん今日もカッコいい。一生眺めていたい。好き。この時間ずっと続け)
あ……ありのまま今起こったことを話すぜ!
俺は一ノ瀬さんを視界に収めていない……というか、そもそも【読心の魔眼】をOffにしてるのに心の声が聞こえたんだ。
な……何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何をされたのかわからなかった……。
というおふざけは置いといて、【読心の魔眼】をOffにしているのに心の声が聞こえるというのは本当だ。
おそらく、一ノ瀬さんの愛が強すぎて【読心の魔眼】の性能限界を超えてきたのだろう。
意味がわからないね、うん。
(……ハッ!? 結弦くん眺めるのに夢中になってた! 日課の恋愛シュミレーションしなきゃ!)
容姿端麗、成績トップ、いつも無表情で誰にでも塩対応。
ゆえに“氷の令嬢”という二つ名がついた一ノ瀬さんの正体が片想いモンスターであることを俺だけが知っていた。
(今日は、結弦くんと懐石料理クリスマスデートしてるシチュエーションでいこう)
シチュエーションが独特だね!?
クリスマスデートって、普通はイルミネーション見ながら手をつないだりするもんじゃない?
一ノ瀬さん懐石料理が食べたいだけなんじゃ……。
(お腹すいたぁ。懐石料理食べたい……)
あってたよ。
後二十分くらいで昼休み突入だから頑張って一ノ瀬さん!
(恋愛シュミレーションで空腹感を誤魔化せ、私!
脳内京香「結弦くん、ずっとあなたのことが好きでした!」
脳内結弦くん「ありがとう。俺も好きだよ、京香」
きゃーっ!!! 名前で呼ばれてるぅー! ねぇ、聞いた!? 「俺も好きだよ、京香」だってよ!!!)
一ノ瀬さん、いつもクールで無表情なのに心の中だと感情豊かでハイテンションなんだよなぁ。
正直、可愛いと思う。
これがギャップ萌えというやつか……!
(脳内結弦くん「どうして俺を好きになったの?」
来ると思ったよ、その質問!
だが、相手が悪かったな! 結弦くんの好きなところとか三時間は余裕で語れるよ!)
そんなに語らないでくれ頼む!
強制的に聞かされるこっちは死ぬほど恥ずかしいんだからね!
(脳内京香「結弦くんを好きになったのは小学一年生の時。当時の私は内向的でろくに人と話すことすらできない子でした。それが理由で私はいじめのターゲットにされてしまった。その時に助けてくれたのが結弦くんでした」
あの時の結弦くんは超カッコよかったなぁ。
もちろん今も超カッコいいけどね!
脳内京香「それから結弦くんは、私に話しかけてくれたり遊びに誘ってくれるようになりました。結弦くんと一緒にいると楽しかった。とても幸せだった」
結弦くんが誰よりも優しくて勇気のある人だってこと、私は知ってる。私の世界に彩をくれた人、結弦くん。
脳内京香「だから私は、結弦くんのことが大好きなんです!」
脳内結弦くん「京香の気持ちが伝わってきたよ。ありがとう」
うおー! ハッピーエンドだー!!! フゥーッ!!!)
一ノ瀬さんの脳内興奮は最高潮に達しました。
俺の羞恥心も最高潮に達しました。
自分の好きなところを聞かされ続けるとか、何かの拷問かな?
恥ずかしすぎて余裕で死ねるんだが?
ふとその時、先生の声が聞こえてきた。
「細胞の構造についておさらいしておこう。植物細胞にはあって動物細胞にはないものはなんでしょう? そうだね……一ノ瀬さんに答えてもらおうか」
(これから第二章ラブラブおうちデート編をシュミレーションするつもりだったのに! すっごくいいタイミングで邪魔しやがってこのやろー!)
心の底からグッジョブ先生!
ただでさえ恥ずか死にそうなのに、第二章を聞かされたら確実にとどめを刺されるところだった……!
ふぅ、なんとか命拾いしたぜ。
「答えは細胞壁です」
「正解。一ノ瀬さんには簡単すぎる問題だったかな」
先ほどまでの心の声は嘘だったかのように、無表情で冷たく答える一ノ瀬さん。
テンションがナイアガラの滝から落ちたのかな?
(くっそー、先生めぇ! 結弦くんとのいちゃいちゃシュミレーションを邪魔するのは大罪だかんな? こんなん極刑だよ極刑! 万死に値する!)
テンションがナイアガラで滝登りしたわ。いつものハイテンション一ノ瀬さんだ。
後、しれっと恋愛シュミレーションからいちゃいちゃシュミレーションに変わってるのはなんなの? 第一章で告白が成功したからか?
「この問題がわかる人いたら挙手してねぇ~」
(中指立てるだけじゃこの怒りは伝えきれないから、全部の指立ててやんよ! 私の怒り思い知ったか!)
「一ノ瀬さん、今日はいつにも増して意欲的だね。それじゃあ、この問題も一ノ瀬さんに答えてもらおうか」
(なんで!?)
挙手と勘違いされててワロタ。
そりゃ、指五本全部立てたらそうなるって。
「今日の授業はここまで」
いつもより早く終わる授業。
その理由はすぐにわかった。
「前回から二ヶ月以上経ったことだし席替えをしよう。今回もくじ引きだよ」
その言葉にどっと沸く教室内。
誰が学校のアイドルの隣になるかで盛り上がるのはいつものことなので、特に気にならない。
それよりも、一ノ瀬さんの盛り上がりのほうがエグいです。
(うぉおおおおおお来たぁああああああああ!!! 不定期開催の神イベントぉおおおおおおお!!! 今回こそ! 今回こそは結弦くんの隣にしてください神様仏様! 五万くらい貢ぐから願いを叶えてくれ頼む!)
宝くじでも当てたんかってくらいの盛り上がりだよ、この人。
表に出さないとはいえ、いつもそのテンションで疲れないのかな?
「次は島崎くんの番だぞ~」
なんてことを考えていると順番が回ってきた。
「有象無象の隣にならないでくれ!」という一ノ瀬さんの強い声援を浴びながら、俺はくじを引く。
じゃかじゃかじゃかじゃか、じゃんっ!
結果は……。
(頼む頼む頼む! 結弦くんが私以外の人の隣になりませんようにッ……!)
「おっ、まだ隣の人が決まってないところ引いたな」
(ぜぇ……ぜぇ……。まずは第一関門突破だ……!)
ハラハラしすぎだろ。
負けたら鉄骨渡りでもさせられるんか?
その後も順調にくじ引きは進んでいく。
誰も俺の隣を引くことなく、ついに一ノ瀬さんの番がやって来た。
(第二関門『誰も結弦くんの隣を引くことなく私の番が回ってくる』突破! ここが正念場だぞ、私の運! 当たる確率は十%弱……! 頼む、結弦くんの隣こい!)
一ノ瀬さんは震える手でくじを引く。
「数字は……32か。島崎くんの隣だな」
「そうですか」
冷たい声で興味なさげに言うもんだから、一瞬外したのかと勘違いしちゃったよ。
まさか、マジで当ててしまうとは。
(ッ……!!! ぅぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおやったぁああああああああああああ!!! 引けたよ、隣……結弦くんの隣……ッ! あーもう最っ高! 幸せ! 生きててよかったー! ホホホイ、ホホホイ!)
サンバのリズムを知ってそうな喜び方の一ノ瀬さんを眺めているうちに、くじ引きは終了。
席を移動する流れになった。
クラスの男子連中からの妬み・羨望の眼差しがすごいが、無視して新しい席につく。
ほどなくして、荷物を抱えた一ノ瀬さんが隣にやって来た。
「よろしくお願いします」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
内心の喜びっぷりが嘘のように冷たい態度で告げてきた一ノ瀬さんは、それっきり口を閉ざしてしまった。
(結弦くんと話せた……! 嬉しい! ……けど、どうやって話を続ければいいんだろう……。もっといっぱい話したいのに。なんで私って、こんなにも不器用なのかなぁ……)
心の声を通して、一ノ瀬さんの悲しげな感情が伝わってくる。
俺は、少しだけ申し訳ない気持ちになった。
……どう話せばいいのかわかってないのは、俺も同じだったから。
小学校で一ノ瀬さんと出会ったころは、二年くらい交友が続いていた。
けど、小三の時に一ノ瀬さんは転校してしまい、高校で再開するまで一切の付き合いが途絶えていた。
……馬鹿らしいよな。
どう接すればいいのかわからないから自分から話しかけることができない、なんて。
自分の人見知りっぷりに嫌気がさしてくる。
「はい、注目! 盛り上がってるところ悪いけど、ちょっと静粛に! 朝のホームルームでも言ってた通り、午後はクラス会だからね。内容は文化祭の役割決めだよ。どの役割をしたいか、昼休み中に考えといてね。じゃっ、これにて授業終了~」
先生はそう言い残して去っていった。
文化祭の役割決めか。
また一ノ瀬さん関連で荒れそうだなぁ……。
役割決めの様子を想像してげんなりしていると、一人の男子生徒が俺の席にやって来た。
「よっす、結弦。文化祭の役割、何にすんの?」
「そういう大吾はもう決めたのか?」
彼は白鳥大吾。
俺が唯一、人見知りせずにいられる親友だ。
「まだ未定。とりあえず俺は結弦と同じのにしようと思ってる」
(とりあえず私は結弦くんと同じのにしようと思ってる)
ですよね、知ってました。
弁当をお上品に食べながらこちらの話に耳を傾けている一ノ瀬さんに苦笑する。
「で、結弦は何にすんの?」
「俺はチュロス役に立候補する予定。クラスのやつらの反応だと人気なさそうだから、問題なく通るんじゃないかな」
「スイーツ大好きなお前らしいな。チュロスね、了解。俺も手伝うぜ」
(チュロスね、了解。私も手伝うぜ)
一ノ瀬さんや。意気揚々と宣言してくれたところ悪いけど、まだチュロスができるって決まったわけじゃないからね?
(……いや、待てよ? 私がチュロスに立候補したら、有象無象共もこぞって手を挙げるよな?)
挙げるね。
特に男子連中は一ノ瀬さんと一緒の担当になろうと狙ってるよ。
(……よし、作戦が決まった。昼休みの間に大きめの声で「フライドポテトやりたいな~」とでも言っておこう。そうすれば、有象無象共は簡単に騙されてくれるはず)
ブラフ作戦!
一ノ瀬さん、ガチだ……!
何はともあれ、こうして立候補する役割が決まったのだった。
そして迎えた午後。
様々な思惑が渦巻くクラス会が始まった。
「役割を言っていくから立候補したい人は手を挙げるように。早い者勝ちで、人数がオーバーした時はじゃんけんで決めるって感じだからね~」
今回の文化祭は、クラスで一つの出し物をするのではなく、複数の出し物をそれぞれのグループに分かれて行う形式だ。
したがって、一つ一つの出し物は小規模になる。
チュロスも定員は五名だから、提供食数はそこまで多くならないだろう。
「次はチュロスだよ。やりたい人~」
真っ先に挙手したのは俺と大吾。続いて女子二人。
一ノ瀬さんは、あえて様子見している。
(私以外で五人以上手を挙げられたら運ゲーに持ち込むしかなかったが、ちょうど四人しか手を挙げなかったのは僥倖だ)
「後一人、誰かやりたい人いないかな?」
誰もチュロスをやりたがっていないのを確認した一ノ瀬さんは、満を持して手を挙げた。
「では、私もチュロスにします。これでちょうど五人ですね。定員ぴったりです。なので、チュロスはこの五人で決定ですね。ね?」
「そ、そうだね! チュロスはこれで決まりだね! 次いこう、次!」
先生に圧をかけるな。
ほら、先生ビビっちゃってるから!
それはそうとして、クラスの男子連中の顔がすごいことになってるな。
まるでムンクの叫びみたいだ。
(ふふふ……! これで結弦くんと一緒に……! ふへへ)
男子連中が重苦しい暗い雰囲気をまき散らす中、一ノ瀬さんは終始幸せそうな様子で笑い続けていた。
それが唯一の癒しだった。
「あぁ……、やっと終わった……」
クラス会が終わり、ようやく重い空気が消えた。
俺は疲れをとるために大きく伸びをする。
(結弦くんと一緒になれたことだし、勝利のジュースでも買ってこよーっと。ふんふふふーん♪)
一ノ瀬さんは上機嫌で教室を去っていく。
「おい、島崎」
そのタイミングを見計らっていたかのように、誰かが俺の席に近づいてきた。
大吾はトイレかなんかで教室にいないから、近づいてきたのは全然関わりのない人なわけだけど……。
俺は嫌な予感を感じながら声の主を見る。
そこにいたのは、一ノ瀬さんの熱烈なファンの一人、山岸だった。
「文化祭の役割さ、俺と代わってくんね?」
……どうせそんなことだろうと思ったよ。
威圧感を隠そうともせずに話しかけてくるの、人見知りにはきついんでやめてくれません?
「す、すみませんが無理です……」
「そんなこと言わずにさぁ~」
「む、無理です……」
「ああ、そう」
山岸からヘラヘラした笑みが消えた。
……やっべ、初動ミスったな。
この手の輩には毅然とした態度で対応しないといけないのに、人見知りとビビりチキンなせいで下手に出てしまったのが痛すぎる。
つけ上がらせたか……?
「たかが文化祭のお遊びだろうが。断るとか調子乗ってんのか?」
山岸がずいっと距離を詰めてくる。
威圧しながら脅せば要求を通せると踏んだな、これは……。
「お前ばっかズルいんだよ! 席替えで一ノ瀬さんの隣になったくせに、文化祭まで一緒とかふざけんなよ?」
山岸が俺の肩をガシッと掴んでくる。
ヤバい、怖い。
クラスのやつも見て見ぬふりだし、男子連中に至っては「もっとやれ!」みたいな表情のやつまでいる。
小学生の時の俺は、こんなやつらから一ノ瀬さんを守ったのか?
今の俺には無理だ……。
助けてくれ、大吾!
心の中で叫んだ俺を救ってくれたのは、予想外の人物だった。
「山岸さん」
「あ? ……って、え!?」
山岸が驚く。
そこにいたのは、ジュースを買いに行ったはずの一ノ瀬さんだった。
「島崎さんを放してあげてください。同じ役割を担う仲間に手を出すことは許しませんよ」
「い、いやしかし……」
たじろぐ山岸。
一ノ瀬さんは一気に畳みかける。
「手を放しなさい」
「ひっ!?」
絶対零度の如きオーラを放つ一ノ瀬さんに、山岸は思わず悲鳴を上げる。
一ノ瀬さんは一切の容赦なく、山岸にとどめを刺した。
「それと、今すぐ私の視界から消えてください」
「そ、そんなぁ……」
山岸は絶望した表情で自分の席に戻っていく。
……無理もないだろう。
片想いしていた相手から、自身の存在そのものを拒絶されたのだから。
「一ノ瀬さん! ……その、ありがとう」
「当然のことをしたまでです」
そう答えた一ノ瀬さんは、何事もなかったかのように席に着く。
だが、彼女が氷の仮面で平静を装っていることは、心の声が聞こえる俺だけが気づいていた。
(ふぇぇぇん怖かったよぉ……。足プルプルだよぉ……)
……人と接するのが苦手なのは一ノ瀬さんも同じだ。
なのに、怖い思いをしてまで俺を助けてくれた。
「……本当に、ありがとう。一ノ瀬さん」
「はぁ、そうですか」
一ノ瀬さんは、興味なさげにプイっと視線を逸らす。
それが照れ隠しであることは、心の声を聞かなくてもわかった。
(えへへ、結弦くんの役に立てて良かった。あの時助けてもらったお返し、これでちょっとはできたかな? できてたらいいな)
気づけば俺は、一ノ瀬さんに目を奪われていた。
言葉で言い表せない未知の感情で心がいっぱいになる。
けど、その気持ちはすぐにどこかへ行ってしまった。
(結弦くんのピンチに颯爽と駆けつける……。さっきの私、絶対カッコよかったよな? お財布持っていくの忘れて戻ってきただけなんて、口が裂けても言えないわ~。これ知られたら一気にカッコ悪くなっちゃうもん)
ごめん、知っちゃった。
一見するとクールで完ぺきそうなのに、最後の最後でポンコツを出して締まらないのが実に一ノ瀬さんらしい。
彼女の名誉のためにも、俺は何も聞かなかったことにした。
文化祭の役割が決まってからは忙しかった。
空き時間にみんなで集まってチュロスのレシピを考えたり、実際に試作してあーでもないこーでもないと頭を悩ませたり……。
その果てに、とうとう納得のいくレシピが完成した。
(ふぅ、なんとかやり遂げた……! ここまで大変だったけど、すっごく楽しかったな。結弦くんが作ったチュロスを合法的にたくさん食べれたし、私が作ったチュロスを結弦くんに食べさせてあげることもできた! それだけでもチュロス役に立候補した甲斐があったってもんよ)
その節はありがとうございました。
チュロスおいしかったです。
「この調子で文化祭本番も頑張ろうぜ! 俺たちならいけるさ!」
「「「「おー!!!!」」」」
大吾の言葉に、それぞれが元気よく返事をする。
俺たちの間には確かなチームワークが出来上がっていた。
それから早一週間。
俺たちは文化祭前日を迎えた。
今日は文化祭の準備をする日だ。
俺たちチュロス組は、調理室でチュロスの生地作りに取りかかる。
生地だけ前日の内に用意しておき、当日に揚げたてを提供していくという流れだ。
(……………………できた。次は…………)
……あれ? やけに静かだな。
どうしたんだろう、一ノ瀬さん。
ふと俺は、一ノ瀬さんの心の声があまり聞こえてこないことに疑問を覚えた。
チュロス試作時は終始ハイテンションだったから、作業に集中しすぎて静かなのだとは考えにくい。
何か緊張でもしているのだろうか……?
とは思ったものの、理由がわからないうちにすべてのチュロス生地を絞り終わってしまった。
後はこれを冷蔵庫に仕舞うだけ……そのタイミングで、調理室に先生が入ってきた。
「そろそろホームルームの時間だから、いったん教室に戻ってきてもらえるかな?」
「チュロス生地はすべて絞れたんで、冷蔵庫に仕舞ったらすぐ戻ります!」
「冷蔵庫に入れるの俺がやっとくから、みんなは先に戻っててくれ」
「サンキュー、助かる!」
お礼を言って戻っていく大吾たちを見送った俺は、チュロス生地の並べられたバットを冷蔵庫に仕舞っていく。
一ノ瀬さんだけは、教室に戻らず調理室に残っていた。
「私も手伝います」
一ノ瀬さんはそう申し出てくれたけど、俺には手伝い以外の目的があるように思えた。
(………………よし。覚悟を決めろ、私! 二人きりになれた今が絶好のチャンスなんだ)
バットを冷蔵庫に仕舞い終わったところで、一ノ瀬さんは何か決心した様子で話しかけてきた。
「あの、しまざ……結弦くんっ! あ、明日の文化祭が終わった後! こ、校舎裏にきてください、です……」
最後のほうは尻すぼみになりながらも必死に伝えてきた一ノ瀬さんは、それだけ言うと逃げるように調理室を去っていった。
唖然とした表情で一ノ瀬さんを見送ったところで、俺の思考が現実に戻ってくる。
……一ノ瀬さんがなぜあんなことを伝えてきたのか?
その理由は一目瞭然だった。
◇◇◇◇
「どした? 浮かない顔してんぞ、結弦。悩みがあるなら聞こうか?」
その日の帰り道、大吾から心配された。
……俺は思い切って打ち明けることにした。
「悪いな。相談させてもらってもいいか?」
「謝る必要はないぜ。親友だろ?」
「……だな。ありがとう」
それから十分後。
大吾を自宅に招いてお茶を出したところで、俺は話を切り出した。
「あのさ、俺が人の心を読める異能力使えるとか言ったら信じる?」
「結弦のことは信じてやりてぇけど、それはちょっと厳しくないか?」
だよな。
俺でもそんな反応する。
「じゃあ、今食べたいものを心の中で呟いてくれ。当てるから」
「お、おう……」
大吾はちょっと引き気味に頷く。
俺は【読心の魔眼】を発動した。
「濃厚カルボナーラ、生クリームは無し、チーズはパルメザンとパルミジャーノレッジャーノのブレンドで量多め、完成時に挽きたての胡椒をかけたものが食べたい。あっ、パスタの太さは食べ応えのある1.9㎜で! だな?」
大吾の心の声をそのまま読み上げると、大吾は驚愕の表情を浮かべた。
「…………マジか」
「マジだ」
【読心の魔眼】が本物であることを証明したところで、一ノ瀬さんが俺を好きなこと、明日の文化祭終わりに告白するつもりであることを軽めに伝えた。
それと、俺と一ノ瀬さんが小学生のころ親友だったことも。
「なるほど、それで悩んでたのか。結弦、お前は一ノ瀬さんのことをどう思ってるんだ?」
「……嫌い、ではない」
俺がそう答えると、大吾はわかりやすく大きなため息をついた。
「歯切れが悪いな。結弦が容姿だけで人のことを好きになるようなやつじゃないってこと、俺は知ってる。そのお前が悩んでるってことは、答えはもう決まってんだろ? そうやって踏み出せないの、結弦の悪いとこだぞ」
「はは、お見通しか……」
……そうだな。
俺は自分の気持ちに気づいていなかったんじゃない。
気づいていないふりをしていた。「どう接すればいいのかわからない」とか「人見知りだから」とか理由をつけて逃げていただけだったんだ。
「……気持ち、決めることができた。相談に乗ってくれてありがとうな」
「そうか。俺は濃厚カルボナーラ食いたいから今日はもう帰るわ。明日、頑張れよ」
俺の背中を押してくれた親友を見送る。
本当に、大吾が親友でよかった。
そして迎えた文化祭当日。
一ノ瀬さん効果で、チュロス屋台は大盛況だった。
なんせあっという間に完売しちゃったくらいだからな。
その後は大吾と一緒に売店巡りしているうちに時間が進み、文化祭はあっという間に終わってしまった。
「顔が強張ってんぞ、結弦。アルミ缶の上にあるミカン!」
「……急にどうした?」
「しょーもないダジャレ聞いたら、多少は顔の筋肉ほぐれたろ?」
「……ありがとう。ちょっと緩んだ」
「そっか。頑張ってこいよ」
「ああ、行ってくる」
大吾の気遣いに感謝しながら、俺は校舎裏へ向かう。
一ノ瀬さんは、大きな桜の木の下に立っていた。
「ッ……! ゆ、結弦くん。話があります!」
……ああ、緊張する。呼吸が苦しくなる。
けど、先に踏み出してくれたのは一ノ瀬さんなんだ。
俺も、勇気を出せ。小学生の時、一ノ瀬さんを守った時みたいに。
自分の気持ちと、一ノ瀬さんに向き合え。
踏み出せ──!
「俺からも話がある。一ノ瀬さん……いや、京香!」
「え……!?」
俺の反応に一ノ瀬さんは戸惑う。
俺は勢いのままに、俺の気持ちを伝えた。
心の底からの──本気の想いを。
「京香のことが好きだ。小学生の時からずっと!」
「……はい!?」
一ノ瀬さんは目をぱちくりさせる。
俺は大きく息を吸ってから、叫んだ。
「俺と、付き合ってくださいっ!」
「……いいん、ですか?」
一ノ瀬さんは目を見開く。
「……わ、私も、結弦くんのことが好きです! だから──」
「知ってるよ」
「え……?」
一ノ瀬さんが驚く。
俺はすべて打ち明けることにした。
寄り添う相手に隠し事なんてできない。
「俺さ、人の心を読めるんだ。だから、京香がずっと俺を好きだったこと全部知ってる。今まで黙っててごめんな」
「……じゃ、じゃあ、私が結弦くんのどこが好きなのかとかも知ってるってこと!?」
「ああ、日課の恋愛シュミレーションで何回も聞かされたからな」
俺がからかうように伝えると、一ノ瀬さんは顔を真っ赤にしてあたふたし始めた。
可愛い。
「な、ななななんでそれを結弦くんが!?」
「京香の一途で真っすぐなとことか、人と接するのが苦手なのに勇気を出して山岸から俺を守ってくれた強さとか、クールなのに心の中では感情豊かで可愛いところとか──全部ひっくるめて京香が好きだ!」
「はわわ……」
真っ赤な顔で悶える一ノ瀬さん。
もうどこにも、氷の令嬢の面影は残っていなかった。
「やっと見せてくれたな、京香の本当の姿」
「……そのために私を恥ずかしめたんですか?」
「京香は可愛い。世界で一番」
「……もう、結弦くんってば」
一ノ瀬さんはぷくっと頬をふくらませる。
「ごめんごめん。でも、本当の京香を見たかったってのは心からの言葉だよ」
「……ほんとにもう、しょうがないですね。私と付き合ってくれるのなら許してあげてもいいですよ?」
一ノ瀬さんは恥ずかしそうに顔を逸らしながら、手を差し出してくる。
俺は、一ノ瀬さんの手を取った。
「これで許してもらえるかな?」
「ん、特別ですからね!」
繋がった手を通して、一ノ瀬さんの体温が伝わってくる。
心の距離も、物理的な距離も近づいて。
その温かさに、俺は嬉しくなった。
それは一ノ瀬さんも同じだったようで──。
「さっき結弦くんは人の心が読めるって言ったけど、こういうのは直接伝えたいから……」
俺は次の言葉を静かに待つ。
一瞬の静寂。
そして──。
「私も、結弦くんのことっ! 大好きです!!!」
言い終わった京香は、嬉しそうに笑った。
彼女の笑顔は、どうしようもないくらいに可愛いかった。
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