第7章 女護衛騎士
思いもよらない言葉に私が喫驚していると、フランお兄様が言った。
「僕が周りからなんて呼ばれているかは知っているよ。天使だって? 笑っちゃうよね。見掛けだけで心まで美しいと思われてしまうなんて。
僕だって清濁併せ持つ普通の人間なのにね。まあ家族以外に態々裏の顔を見せるつもりはないけれどね。
人なんて誰しも、ほんの少しバランスが崩れただけですぐに悪魔に変わってしまう、不安定な生き物なんだと思う。
それでも皆が必死で踏ん張って、堕ちないように藻掻いているのさ」
「お兄様、私怖いです。
だって私は、今既に片足を悪の世界に踏み込んでいるんですもの。みんなを騙して。
このままでは簡単に地獄に堕ちてしまいそうです。お兄様どうか私を助けて下さい」
私は恐怖で体中が震えてきて、思わずフランお兄様にしがみついてしまった。
するとそれまで恐い笑みを浮かべていたお兄様が、今度は正に女神のように優しい笑みを浮かべて、嬉しそうにこう言った。
「初めてセーラからお願い事をされたね。頼って貰えて嬉しいよ。
もちろん僕は全力で君を守るよ。セーラはとても大切な僕のたった一人の妹なのだから。
君が間違いを犯しそうになったら、僕や両親がちゃんとそれを指摘する。そして僕らが正しい道へと君をサポートしてあげる。だから安心して今のままの君でいてね」
「今の私でいいの?」
「うん。今の君でいいんだよ。使用人達は君を天使だと呼んでいるくらいだからね。
彼らは僕のことは天使だなんて絶対に呼ばないのにね」
フランお兄様はクスクス笑いながら言った。
私が天使? 全く意味がわからなかったけれど、ありのままの自分で良いと言われたことがどうしようもなく私は嬉しかった。
巻き戻る前と、巻き戻ってからセーラになる前までの私は、どんなに努力し頑張っても、家族や社交界では批判され貶され続けていたのだから。
かつての私は愛する婚約者のため、国のため、国民のためにと寝る間も惜しんでずっと頑張っていた。それなのにいとも簡単に捨てられて、誰も庇いも助けもしてくれなかった。
巻き戻ったことに気が付いた時、私はもう人ために何かを頑張るのは止めてしまおうと思った。もちろんそれは、辺境地の使用人のみんなのことを除いてのことだったけれど。
しかし、フランお兄様からあの言葉を貰った日からは私の中で、新しい家族のためなら何かしたい、役に立ちたいとそんな気持ちになっていた。
今の自分を受け入れられたことで、少しだけ自信が持てたのかもしれない。
それからというもの、以前にも増して私は勉強や淑女教育、刺繍に洋裁、ダンスに励んだ。
そして、かつては経験したことのなかった馬術や剣術にまで挑戦して行った。
すると、家庭教師の先生方からは天才だと誉め称えたけれど、それらは以前にも学んだことなのだからできて当たり前のことだった。
ただし、馬術や剣術については、初めて習った割にすんなりと上達したことを考えると、もしかしたら私は案外運動神経がいいのかもしれない。以前は気付けなかったけれど。
それに馬術や剣術の先生からは冗談かもしれないが、
「この分だと女性騎士になれるかもしれませんよ」
と言われたので、それはいいかも!と私は思った。そこで数日後の夕食の時間に、私は家族に向かってこう言ったのだ。
「先日、お父様は私にお尋ねになりましたよね? 将来どういう人生を送りたいのかと…」
「ああそうだね。何か思い付いたのかな?」
「はい。私、隣国バーストン王国の騎士学校に入って、護衛騎士になろうと思います」
「「「はぁ???」」」
両親と兄がそれぞれカトラリーを持ったまま固まった。
「護衛騎士になってお母様やお姉様をお守りしたいのです」
「お姉様って誰のことなの?」
「お兄様の将来の妻になられる方のことですわ。
先日申し上げましたが、私は結婚をしたくないのです。ずっとお父様やお母様、そしてお兄様と一緒に暮らしたいのです。
でも、結婚もしない妹にただ寄生されたら、お義姉様はとても嫌だと思うのです。
ですから私が単なる妹としてではなく、護衛として働けば角が立たないと思うのです」
お母様の問いに私がこう答えると、お兄様は物凄い形相をすると声を荒げてこう叫んだ。
「僕は妹を邪魔にするような女性を妻にするつもりはない!」
「いぇ、あの……」
「フランのお嫁さんのことは気にすることはないのよ。貴女を気に入らないというのなら、私達とは別々に住めばいいだけのことだから」
「お母様、そういうわけにはいきません。嫁姑の仲がいいことが家庭円満の秘訣ですから」
「「いえいえ、いやいや…」」
私とお母様とお兄様がなんやかんやと言い合っていると、お父様が冷静にこう言った。
「セーラ、君が結婚したくないという気持ちはよくわかるよ。ずっと愛し信じていた人に裏切られれば、誰だって婚約も結婚もしたくはないだろう」
そうなのだ。自分が今巻き戻りの人生を生きていることを、私は一月ほど前に家族に告白していたのだ。
こんな荒唐無稽な話など信じてもらえるはずがない。頭がおかしいとか、怪しい子だと思われるに違いないと思った。
だから告白することは物凄く勇気がいることだったのだが、私は三人にだけは本当の自分を隠していたくはなかった。
すると三人は、拍子抜けするほどあっさりと私の話を信じてくれた。
何故?と思わず呟いた私に、お父様が微笑みながらこう言ったのだ。
「この数か月で吸収した君の知識は膨大過ぎる。いくら天才でも無理がある。それに、君はいくつ未来のことを言い当てたのかわかっているのかね?
君が予言者だなんていう変な噂が立つと困るから、今後は注意しなさい。悪い人間に利用されると困るからね」
世間知らずで浅慮だった私は、そのことに初めて気付いて何度も頷いた。
そして全てを話し終えると、両親は私の気持ちを受けとめてくれた。そして私を抱き締めてよく頑張ったねと褒めてくれた。過去の私が一番言ってもらいたかった言葉だ。
しかし、さすがに結婚はしなくてもいいとまでは言ってもらえなかった。
それはそうだろう。貴族の娘に生まれてきたからには、本来結婚して他家と縁を結ぶことが義務なのだから。
それでも、絶対に結婚はしなければいけない、とはっきりと明言されたわけでもなかった。だから考えていたのだ。結婚しなくても家族に迷惑をかけなくて済む方法を。
もう二度と誰かの婚約者にはなりたくなかった。だから、結婚以外で何かこの家の役に立つ方法を考えていた。
そして私は、馬術や剣術の先生から言われた言葉で閃いたのだ。護衛騎士になろうと。
男性の騎士では、どうしても女性から離れなくてはならない場面に遭遇する。だからそのような時には女性騎士が必要だと思うのだ。
このアースレア王国にはまだ女性騎士はいない。しかし隣国バーストン王国には女性騎士がいる。国営の騎士学校があって、そこで資格を取って卒業すれば、騎士として正式に働けるのだ。もちろん、そこには性別なく入学できる。本当に進歩的な国で羨ましい。
すると、お父様にはそんな私の気持ちなど既にお見通しだったのだろう。
「セーラ、君がどうしても護衛騎士になりたいというのなら反対はしないよ。
しかし、護衛騎士の仕事は武術に優れていればなれるというものではないのだよ。人の命を守るという重責を担う仕事なのだからね。
だから自分に騎士の適性があるかどうか、一度試してみたいとは思わないかね?」
「はい。できることなら是非試してみたいです。自分一人では自分の能力や適性を客観的には判断できないと思うので」
「そうか。では手始めに、ある人物のことを守って欲しい。亡くなった父の恩人の孫が体調を崩して病気療養することになってね、ヘミルトン領地で預かることになったのだよ」
お父様の言葉に私は思わず目を見開いた。それってもしや……
「療養にいらっしゃるというその方は、もしかしてアルフレッド様ですか?」
私が巻き戻る前の人生で知り合った少年の名前を挙げた。すると、お父様はゆっくりと首肯したのだった。
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