第58章 事件の顛末〜エドモンド王子視点(15)〜
残虐、動物虐待、嫌悪感を抱く内容が含まれるので、苦手な方は自衛して下さい。また食事中も……
あの時、僕が父に紛らわしいケーシンの種を渡して試そうとしなかったら、彼らはあんな事を企てなかったのだろうか。あの事件の後、僕はそのことをずいぶんと悔やんだりもした。
僕は全く知らなかったのだが、学生時代から植物図鑑を見るのが好きだったという父は、手渡された種がケーシンの種だということはすぐにわかったらしい。
昔図鑑を見た時に父はケーシンの花に魅せられ、実際に咲くところを見たいとずっと思っていたのだという。
そしてもちろんそれが毒花と呼ばれるケイシンドに似ていることも承知していた。
だから、ケーシンの方には毒がないとわかっていながらも悪用を防ぐために、態と特定植物に指定して、勝手に触れたり採取することを禁じたのだと言った。
そう。父のことをもっとよく知っていたら、あんな試すようなことをしなかったのに。
しかし、僕が後悔していることを悟ったセーラはこう言ってくれたのだ。
「殿下は何も間違っていませんわ。
あの人達は国王陛下やチャーリー殿下を傀儡にして、自分達の好き勝手に国政を操りたい、そういう野望を持っていたのですよ。
たとえ毒を手に入れられなくても、きっと別の方法を使って王家を牛耳ろうとしたに違いありません。
ですから誰か犠牲者が出る前に、こちらから仕掛けたことは正解だったと思います。
それに、彼らの犯罪の確固たる証拠を大勢の証人の前で示すことで、彼らを絶対に言い逃れできない状況に追い込めたのですから。
それに、最初に仕掛けたのは殿下なのでしょうが、その意図を汲んでその仕掛けを上手く行くように手はずを整えてくれたのは、陛下のような気もします。
まあ、それこそ陛下の最後の賭けだったのかも知れませんが。ご自分の友人の真意を確かめるために」
それは僕も薄々感じていたことだった。
誤認による事故を防ぐために、ケーシンの方も態と特定植物に指定して、勝手に触れたり採取することを禁じたのだと父は言っていた。
しかし取りようによってはこの植物は危険ですよと、態と教えているようなものだから、悪人に目を付けられやすい。寧ろ父はそうなるように仕向けたのではないだろうか?
実際、コールドン侯爵の愛人で、王宮のメイドだった女が、隠れてケーシンの花を根ごと何本も抜いて彼に渡していたのだから。
もしかしたら父も試したのかも知れない。コールドン侯爵を。
何度も自分を裏切り、利用してきた男でも長年の友人だったから、いくらなんでもそんな愚かなことは考えないだろうと願いながら。
しかし、父は賭けに負けたのだ。
✽✽✽
一年前の前国王の在位十周年記念パーティーでの、王族暗殺未遂事件の顛末はこうだ。
口にするのも悍ましいが、コールドン侯爵一味は城を出た後、森の中の昔の狼の飼育場に連行されて、そこに閉じ込められた。
そしてその二日後症状が治まったところで、汚れて悪臭を放つ服を脱ぐように命じられて、近くの川で身を清めさせられた。
そしてその後、彼らは囚人服を着させられて地下牢へ投獄された。
狼の飼育場は衛生上の問題があるのですぐに燃やされたらしい。
彼らはたった2日で容姿がすっかり変貌していた。頬はゲッソリとこけ、目はどんよりとして焦点が合っておらず、足元はフラフラしていた。
おそらくあの狼の飼育場の中は地獄図のようだったのだろう、苦労知らずで甘やかされていたあの者達にとっては。
彼らからは感情が一切抜け落ちていて、尋問にも素直に淡々と答えていたという。
彼らは多くの罪を犯していた。しかしその中でも主な重大犯罪は、王族及び貴族に対する殺人未遂及び国家転覆罪、それから王族関係者の誘拐未遂罪。
そしてあと1つ付け加えるとすれば、特定植物取り締まり違反だろうか。
王宮の花壇からケーシンの花を根こそぎ引き抜いて盗んだのは、王宮に長年勤めるメイドで、コールドン侯爵の愛人だった。
そのメイドが王族のことを色々探っていたことは、王宮に居る多くの者達もわかっていた。だから彼女を逆に利用もしてきたのだ。
そもそもコールドン侯爵が推薦してきたメイドなど信用されているわけがなかったのだから。
国王である父は長年そのことに気付かなかったのだが、二年前の隣国の国王への手土産のアクシデント以来、コールドン侯爵に不信感を抱くようになったようだ。そして自分の影に侯爵の周りを調査させた。
するとすぐに侯爵とメイドが長らく愛人関係であることがわかったのだ。そしてそのメイドから、自分の情報が色々と外に漏れていることも判明した。
王族に付く影達は主を守るために絶えず情報活動をしている。しかし、それを主から求められなければ、その情報を提供することはできない。
父の影達はさぞかし歯痒かったことだろう。同情を禁じ得ない。
だから父から命が下された時は歓喜し、すぐさま今まで入手していた情報を提供したのだそうだ。
その時父は瞠目した後で影達に謝罪したらしい。有能な君達をこれまで活用せずにいた愚かな自分を許してくれと。
それでもその頃の父は、どこかでまだコールドン侯爵のことを信じたい気持ちはあったのだと思う。
そう。例のメイドが王宮の花壇からケーシンの花を根ごと引き抜いて、それをコールドン侯爵邸に届けるまでは。
そしてコールドン侯爵の思惑を探るように影に命じた。
その結果、コールドン侯爵は王都近くの領地内に作られた製薬工場隣りの研究所で、例の医者にケイシンドの花と実を使って毒薬を作るように命じていたことがわかった。
コールドン侯爵は嫌がる医者を脅して、無理矢理に毒薬とその解毒剤を作らせたのだ。言う通りにしないと、以前お前が作った薬の副作用を誤魔化すためにかかった費用を支払わせるぞ、と言って。
その医者は副作用もよく考えずに薬を作った男だったが、医者としての最低の倫理観はあったようで、ずっと抵抗していたが、家族を人質にとられてしまい、最終的に従わざるを得なくなってしまったようだ。
父の影は製薬研究所の下働きの男に成りすまして潜り込み、侯爵と医者のやり取りをずっと盗聴していた。
そしてついに毒薬と解毒剤ができ上がった。その効果を確かめるために、医者は侯爵の前で鼠や猫や犬にその毒薬を飲ませてその殺傷能力を確かめた。
すると侯爵がその後でとんでもないことを言い出したという。
「次は解毒剤の効果を確かめよう。しかし、こればかりは人で試さないと確認できないだろう。毒薬を飲ませた動物は暴れて手が付けられなくなるから、解毒剤は飲ませそうにないからな」
「そんな! 人体実験なんてそんなことできません」
「何故だ? お前は解毒剤はできあがったと言ったではないか。それなら何も心配はないではないか!」
「それは理論上はできたということです。それを試さないうちは完成品ではありません」
「だからそれを試そうというんだ」
「ですからそれは鼠で試します。犬猫と違って暴れてもたかが知れていますから」
医者は必死でそう訴えたが、侯爵はそれを認めなかった。自分が飲むことになる解毒剤だから、人間で確かめたかったのだろう。
なんと侯爵は、そのできあがった毒薬と解毒剤を下働きの男に飲ませろと命じた。その男なら身内が誰もいない天涯孤独な奴だから、たとえ死んでも構わないからと。
すると医者はこう言ったという。
「自分は医者だ。たとえ死ぬ可能性が僅かだとして、そんな危険なものを人に服用させるわけにはいかない。
人体実験をしろと言うのなら、私の母親に飲ませる」
これにはさすがに侯爵も喫驚したらしい。しかし、
「確かにお前のような出来損ないの医者を生み出した母親にも、責任を取ってもらわないといけないな」
と、最後は笑っていたという。
このやり取りを聞いていた下働きの男に扮装していた影は、これはさすがに見て見ぬふりはできないと思ったという。息子が母親を人体実験にするなんて人として絶対にしてはいけないことだと。
侯爵がいなくなった後、影は医者の前に姿を現し、さっきの話を聞いてしまったと告げた。
そして、自分なんかを守ろうとしてくれてありがとうございますと礼を言ってから、ご自分の母親をそんな危ない目に遭わせてはいけないと訴えた。
侯爵の言う通り自分に何かあっても誰も泣く者などいないのだから、自分を使ってくれと。
影は全ての毒の耐性を持っていた。しかも、多種多様の解毒剤も常時携帯している。
それに大体医者は毒を作っているつもりなのだろうが、あれは毒じゃない。原料は薬草のケーシンで、そもそも毒花ケイシンドではないのだ。
実験に使われた動物達が死んだのは、薬を飲ませる直前に元々死にかけている動物とすり替えておいたからだ。
しかも一時だけでも元気が出るように、かつてこの研究所で作られたあの強壮剤を飲ませて。
影とて命は惜しい。それ故自分は安全だとわかっていたからこそそう申し出たのだが、医者は首を横に振った。
「人一人が死んで悲しむ者がいないなんてことは有り得ない。君が死んだら私や他の研究員達も泣くよ」
「それなら、先生の母上が亡くなったら、それこそ奥様もお嬢様もお泣きになります」
影がこう言うと、医者は影の耳元でこう囁いた。
「大丈夫。母は絶対に死なない」
と。
その時影は確信したそうだ。この医者は自分が完成させた毒薬の原料の正体を知っているのだと。そして知っていて態と主であるコールドン侯爵に何も言わないのだと。
読んで下さってありがとうございました。
次章でいよいよ完結となります。




