第56章 二つ目の家族
少し汚い話が出てくるので、お食事中の方はご注意下さい!
「この度は、コールドン侯爵一派の一掃に協力をしてくれたことに感謝する。
私の不甲斐なさのせいで、皆に嫌な思いや怖い思いをさせてしまい、心より謝罪する。
詫びとして今度こそ本物の王家秘蔵のワインを一家族一本ずつ持ち帰ってくれ給え。
私の治世は後一年だが、乱れてしまった国政をどうにか少しでも立て直して王太子に譲りたい。どうか皆も協力をして欲しい。よろしく頼む」
国王陛下は深く頭を下げた。陛下が臣下に頭を下げるだなんて前代未聞だ。大広間にいた貴族達は一瞬呆気に取られていたが、すぐに拍手が沸き起こり、
「もちろんです、陛下!」
という声があちらこちらから上がった。
今回の陛下の標的となる相手への対応の上手さに、私は正直舌を巻いた。陛下は臨機応変に、こちらに都合の良いように話を持っていったのだから。
多少のシナリオはあったとしても、相手のいることだから、普通ならそう予定通りには進められないはずだ。
それなのに相手がボロを出すように上手に導いていた。
失礼極まりないが、陛下がこんなに頭の切れる優秀な方だとは思っていなかった。
何故この力をこれまで発揮されなかったのだろう。あの取り巻き連中のせいかしら。
本当に勿体ないと不遜なことを考えてしまった。しかしそう思ったのは私だけではなかったようで、王宮に戻って来ると、前国王陛下が深いため息を漏らした。
「お前は子供の頃は真面目で勉強好きで、私は大層期待していたのだ。
しかしそのうちろくでもない輩とつるみ始めて、あっという間に駄目王子と呼ばれるようになってしまった。いくら注意をしても、奴らとは手を切らないし、考えを改めようとしないお前に絶望した。
それで仕方なくお前を切り捨てることにしたんだ。それなのに、最後にようやく自らの手であの者共を切り捨てた。あの手際の良さに感心した。
本当に私は悔しいよ。何故もっと早くそうしてくれなかったのかと……」
前国王陛下が嘆くと、国王陛下は悲しげにこう言った。
「だからそれは私が愚かだったからです。私は王立学園に入学する直前に、今は亡くなった叔父上に言われたのです。
お前は王家特有の『真実の目』を持っていない。だから国王にはなれない。次期国王になるのは自分だと。
私は『真実の目』のことを知らなかったので、酷いショックを受けました。
王家が長らくこの国を守ってこられたのは、代々国王に就く者が人の本質を見抜く『真実の目』を持っていたからなのですよね?
そんな重要なことさえ知らされなかったということは、私は最初から父上に期待されていなかったのだと絶望しました」
「違う、そうじゃない。私は国王になる資格に『真実の目』など関係がないと思っていたんだ。だから態々言わなかっただけだ。
お前が『真実の目』のことを知ったら卑屈になって、本来の素晴らしい素質を駄目にしてしまうのではないかと恐れたのだ。
大体弟だって『真実の目』など持ってはいなかったぞ」
「えっ?」
「父上は今は亡きあの大叔父に騙されたんですね。あの、ずる賢い糞狸ジジイめ!」
エドモンド様はとても王太子とは思えないくらい下品な言葉を発した。そう。情報屋の時の口調だわ。
でも私も心の中で『糞ったれ』と叫んだわ。以前あの元父親が言った言葉が脳裏に蘇ったからだ。
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「ミモザとバーバラの入れ替わりは妙案だと思ったのだけれど、これがバレたら大変なことになるわよね。やっぱりやめた方がいいのかしら」
「大丈夫さ。もしばれてもあの殿下が守って下さるさ。私はあの殿下のために、これまで色々役に立ってきたんだからな」
「ああ、そうだったわね。だけど、そのおかげで貴方だって散々美味しい思いをしてきたじゃないの」
「まあ、そうだな。最初はあの殿下の命令で渋々付き合ってきたんだが、今じゃ殿下の信頼も厚く私の天下だからな。殿下様々だよな」
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あの殿下とは前国王陛下の弟殿下のことだったんだ。そして弟殿下に命じられて、今の国王陛下に近付いて親友の振りをしていたんだわ。
なんてヤツなの!
今になってあの十一歳の時の元両親の会話の意味に気付いて、私は悔しくなって歯ぎしりしそうになった。
すると、チャーリー殿下が笑いながらこう口を挟んだ。
「兄様、王太子たるもの、そんな下品な言葉を使っては駄目ですよ。実際に彼らが糞尿まみれになったからって。ププッ!」
そうなのだ。
先ほど大広間から追い払われたコールドン侯爵夫妻とそのお仲間達は、城の地下牢ではなく、城を出た森の中の、今は既に使われなくなった狼の飼育場に連行された。そしてその中に放り込まれたらしい。
何故なら、地下牢などに入れたら、汚物の臭いが城中に蔓延するだろうし、その後始末で大変なことになることがわかっていたからだ。
それにあんな奴らに城のご不浄を占領されては堪らないと、皆の意見が一致したのだという。
まあ自業自得なのだから諦めてもらうしかなかった。彼らは自分の意志であの薬入りの赤ワインを飲んだのだから。
解毒剤を飲んだのだから副作用など出ないと思っていたのだろう。
しかし彼らが赤ワインに注入したあの薬は有害毒のケイシンドではなく、寧ろ体内の有害物資を体外に排出する効果のある薬ケーシンだ。
解毒剤などを飲んでも何の意味も無かったのだ。国王陛下達のように下痢止めを飲まないと。
「ごめんなさいね。貴方がそんなに苦しんでいたことに気付かずに。本当に愚かだったのはこの私だわ」
前王妃殿下が息子である国王陛下の背に縋って泣いた。
「いや、君は『真実の目』のことを知らなかったのだから仕方ない。悪いのは、そして一番愚かだったのは私だ。
人の本質を見抜く力は王として確かに必要だ。しかしそれは、何も『真実の目』の持ち主でなくても問題ないと私は考えていた。だからお前に話さなかった。
しかし、『真実の目』について教えた上で、何が大切なのかをお前と話し合えば良かったのだ。
どんなに忙しくてもお前ときちんと向き合ってさえいたら、お前の苦しみを知ることができただろうに。
愚王は私だった……」
前国王陛下が項垂れた。
どうせ自分には真実を見る目などはない。それなら自分にとって重要なのは、可視化できる王族としての容姿だけだと思った、そう国王陛下は言った。
「子供の思考のまま、心の成長が止まってしまったんだ。情けない。結婚をして子供ができても変わらなかった。
いや、エドモンドやチャーリーが『真実の目』の持ち主だと気付いてからは、なおさらもう自分などはいらない、好き勝手にやろうと自棄になったよ。
父上が私をエドモンドが成人になるまでのつなぎにしようと考えていることがわかってからは尚一層」
「父上……」
「しかし、エドモンドが帰省して全てを聞かされた時、自分が学園に入学した当時から何も成長していなかったことにようやく気付かされた。本当に恥ずかしくなったよ。
そして今さら何をか言わんやだが、息子が国王となる前に、自分のやった後始末くらいは最低限してから去ろうと決意したのだよ。
隣国の王の仰る通り、大事な息子の面子くらい立つように、綺麗に去らねばと思った。
だから、今日はかなり頑張って王らしく振る舞ったつもりなんだ」
国王陛下の目には初めて父親としての慈愛が溢れていた。そのことをエドモンド様も気付かれたようで、瞠目して固まって何も言葉を発せられずにいた。
すると今日一日ずっと黙っていた王妃殿下が、ようやくこう口を開いた。
「貴方はいつも素敵ですが、今日はその中でも一番格好が良かったですわ。見惚れました。
あと僅か一年ですが、そんな貴方に相応しくなるように、遅まきながら私も精進したいと思っています。
それに、離宮へ行ったら、是非とも花の育て方をわたしにもご教授して下さいませ。
セーラさん、一つお願いがあります。来年でいいのですが、『ヴァイカントの雫』シリーズの日焼け止めクリームを予約しておきたいの。よろしいかしら?」
「もちろんでございます。王妃殿下のように真っ白なデリケートなお肌の方がいきなり花作りなどをなさったら、すぐに真っ赤になってしまいます。
日焼けは火傷と同じですから、痕が残る恐れもあります。ですから処方箋をお出しします。
でも日焼け止めは王妃殿下が王都に戻られる度に、私から贈らせて頂きますわ」
私がこう言うと、王妃殿下はクスリと笑った。
「それはつまり、私にまめに王都に帰って来いということかしら?」
「はい。ここにいる王家の女性の皆様とご一緒に、是非お茶会を開きたいと思っておりますので」
「まあ、それは素敵ね。それでは今日からは私を実の母親だと思って下さいね。
それと、セーラと呼ばせてもらってもいいかしら?」
「はい、お義母様」
私がこう応えると、王弟妃殿下や王女様達まで次々とお茶会への参加を申し出てくれたのだった。
「私のことは叔母様でいいわ」
「私達はセーラ様をお姉様とお呼びしたいのですが、よろしいですか?」
「もちろんです。私は妹がずっと欲しかったので、そう呼んで頂けたらとても嬉しく思います」
私は満面の笑みを浮かべて頷いた。
最初の人生の時、祖父母が亡くなって王都に住むようになってから、私には家族が誰もいなかった。寂しくて悲しく辛かった。誰も親身にはなってくれず、孤独だった。
本当はエドモンド様や当時の叔父一家、そして前国王陛下夫妻、チャーリー殿下、ルイード様、エメランタ様……私を思ってくれていた人達はたくさんいた。
しかしそのことに気付く余裕がないほど、私は追い詰められていたのだ。
だけど、今の私には大切な家族が二つもできたのだ。そして素晴らしい友人や使用人の皆さんも。
せっかくお祖母様が付けて下さった名前を捨てることになってしまったのは悲しいが、私は今とても幸せだ。
「お祖父様、お祖母様、どうかこれからもセーラとしての私を見守って下さい」
私はエドモンド様に優しく肩を抱かれながら、心の中でそう願ったのだった。
読んで下さってありがとうございました!




