第55章 最後の悪足掻き
「「「陛下、あの薬はコールドン侯爵が作ったもので、私達はあの薬とは関係がありません」」」
「そうよ。あれは夫が怪しい医者に唆されて作ったもので、私は最初から反対していたのです」
「私はそもそもそんな薬のこと知らないわ。それにまだ成人もしていないのに逮捕だなんておかしいわ。いや、触らないで!」
コールドン侯爵の子分の貴族達や妻子が、衛兵に両腕を拘束されて叫び声を上げた。
「誤魔化そうとしても無駄だ。お前達もコールドン侯爵の悪事に加担していたことは、既に多くの証人がいるのだ。
お前達は被害を申し出た者達を脅したであろう。副作用によってできた秘密をばらされたくなかったら大人しく口をつぐんでいろと隠蔽を図ったよな?
そして副作用が出る可能性があることを知りながら、それを説明せずにその品を人に勧め、紹介料を得ていたな。それは立派な犯罪だ。
それはコールドン侯爵夫人、そなたも同じだ。大体夫君とそなたは真実の愛で結ばれているのだろう?
それなら罪も一緒に背負わないといけないよ。
ねぇ?」
陛下の最後の『ねぇ』は王妃殿下に向けられていた。離宮へ行くのを嫌がっているという妃殿下へのあてこすりだろう。
妃殿下の両肩がビクンと大きく反応したのがわかった。
コールドン侯爵夫人はヘナヘナと床に座り込んだ。するとバーバラがまた異議を唱え始めた。
「私は侯爵領で作られた商品がどんなものか全く知らなかったし、販売にも脅しにも関与していません。ですから逮捕なんかされませんよね?」
「確かに両親が犯罪を犯したからといって、その娘まで連座で捕まえるというのは、我が国においては違法だ。
しかしそなたには別の容疑で逮捕状が出ているのだよ」
「はっ? 何なんですかそれは。私は何一つ悪いことなんかしていません。陛下どうか信じて下さい!
バラッド侯爵様、どうか陛下に説明して下さい、息子の婚約者は無実だと」
バーバラは叫んだ。国王陛下やバラッド侯爵へ顔を向け、縋るような目をしながら。見かけだけはいかにも儚げな乙女だ。
しかも彼女は演技をしているつもりはなさそうだ。なるほど。
彼女は本当に自分は悪いことなどしていないと思っているのだ。まさしく性格破綻者だ。
このまま彼女を野放しにしていたら被害者が増えるばかりだ。
「貴様は既に我が息子の婚約者などではない。昨夜のうちにそちらの有責で婚約破棄するという書面を送り付けてあるわ!
それを承知していたからこそ、貴様は息子とファーストダンスを踊らなかったのだろう?」
バラッド侯爵の言葉にバーバラは驚愕した。そんな馬鹿なことがあるはずが無いとでもいうように。
「コールドン侯爵家、バラッド侯爵家、その他多くの屋敷の使用人からミモザ嬢から数々の暴言暴力を受けて怪我をさせられたという訴えが山のように出されている。
今までコールドン侯爵が怖くて話せなかったと、皆泣いていたそうだ。証人も山のようにいるから、言い逃れはできるまい。
早くあの者を引っ立てろ!」
衛兵がバーバラの両腕を後手で縛り上げて、出口へ向かおうとした時、彼女は振り向きざまに叫んだ。しかし、
「助けて、お父様、お母様、お兄様! 私はバーバラ……」
と言ったところで猿轡をされて、それ以上言葉を発することはできなかった。そしてそのまま大広間から連行された。
彼女の目はコールドン侯爵夫妻のいる方向に向けられてはいたが、彼女の目が誰を捉えていたのかを、私達家族とエドモンド様、そしてルイード様と前国王陛下夫妻、影の皆様達には分かっていた。
そう。コールドン侯爵のそのずっと後方にいたコールドン子爵一家を見ていたのだ。
バーバラのうめき声が消えると、大広間を静寂が包んだ。しかし衛兵達が今度はコールドン侯爵の両腕を後手に縛り上げようとした瞬間に、侯爵はこう叫んだ。
「私に触れるな! 私を捕らえて牢へ押し込んでみろ! 国王も前国王も死ぬことになるぞ!」
衛兵は一瞬動きを止めたが、すぐさま侯爵を後ろ手に縄できつく縛り上げた。
「貴様! 何をする! 陛下達が死んでも構わないのか!」
怒りで顔を真っ赤にして、唾を吐き散らしながら侯爵が喚くと、国王が尋ねた。
「私が死ぬだと? つまり貴様が私達を殺すというのか? いや、殺せると?」
「ああ、そうですとも。忌々しい王太子や第二王子、ガキどもは殺せないが、残りの王族や、俺の財産や娘を奪った弟も、俺を裏切って派閥を抜けた奴も、みんな殺してやる。
ここにいる者達の飲んだ赤ワインの中に、ケイシンドの毒を垂らしておいたからな。
信じていないのですか? まあそうでしょうな。あの毒は解けると禍々しい真っ赤な色が付くのだが、赤ワインに溶けてしまうとわからなくなりますからね。だからこそ赤ワインに仕込んだのですよ。
王家秘蔵、いや特別なワインは美味かったですかな?
今は何ともないかも知れないが、あれは遅効性の毒だ。そのうち吐き気や腹痛を起こし、のたうち回って苦しみながら死ぬのだ。
だが、このケイシンドの毒によく効く解毒剤がある。それをあと三十分以内に飲めば助かる見込みはある。どうする? 私を牢にぶち込んだらその解毒剤は手に入りませんよ」
コールドン侯爵は自慢げに偉そうにこう言ったが、王族達を含め、大広間にいる者達は平然としていた。
そのことに彼は腹を立てた。
「今言ったことは冗談ではないぞ。本当に死ぬぞ! 私達は解毒剤を飲んでいるから死ぬことはないがな」
「ほう。しかしケイシンドの毒など簡単に手に入る物ではないだろう?
かつて隣国にはそれを扱う麻薬組織があったそうだが、今では全て壊滅されたと聞く。
もしその生き残りが商売していたとしても、我が国の関所を突破することなどできやしない」
陛下のこの言葉に侯爵はまた馬鹿笑いをした。
「確かに弟がクソ真面目なせいで関所をすり抜けることは不可能に近いでしょう。
しかし抜け道っていうのはどこかに必ずあるものです。そう、関所でチェックされない例外の人物がいるでしょう?
その人物が我が国にそれを持ち込んでくれたのですよ。
しかもその彼が麻薬だとも気付かずに、宮殿の花壇にその花の種を蒔いて育てたんですよ。
そして見事、真っ赤に輝く美しい花々を咲かせてくれたんですよ。愚かにもそれが毒花とも知らないで。
そのおかげで私はメイドにその花を盗ませて、それで毒薬を作ることに成功したんです。
もちろん領地にいる役立たずの医者に命じてね。そいつは作るのを嫌がりましたが、そもそも私が窮地に陥ったのは、あの出来損ないのやぶ医者が作った欠陥商品のせいですからね。
毒と解毒剤を作らないなら、お前に賠償金を請求するぞと脅してやったんですよ。
もちろん今回はちゃんと治験とやらをやりましたよ。あのやぶ医者の妻や母親で。だから解毒剤はちゃんと効きますから安心して下さいね」
あまりにも残酷な話に、私は吐き気を催しそうになり、両手で口を押さえた。エドモンド様が優しく背中を擦ってくれた。
多くのご令嬢やご婦人達も私と同じように気分を害して真っ青になり、パートナーに寄り添いながら、この状況を見つめていた。
「その解毒剤をどうやってこちらに渡してくれるというのだ。その時点で貴様は捕まり逃げられなくなるのに。
私は現物を確かめる前に貴様を解き放つ、そんな甘いことは決してしないぞ」
「だからこちらの身の安全のために人質を取りますよ、もちろん。無事隣国へたどり着くまではね。
そうだな、王太子の婚約者と王弟殿下のところの王女二人をこちら側に渡してもらおうか。
それと一番速い馬車を五台と王家の財宝も用意してくれ」
陛下は深いため息をついた。
「学生時代から勉強嫌いだったが、ここまで馬鹿だとは思わなかった。
まあ、こんな男をずっと親友だと思っていた私が一番馬鹿なんだが。
しかしいくら私が愚かでも、我が息子の大切な婚約者や、弟の宝である娘達を貴様になど渡すわけがないだろう。
第一我々はそんな解毒剤などそもそも必要としていないしな」
「なんだと! 本気で死にたいのか! 王族だけでなく家臣やそのパートナーまで道連れにしてもいいのか?」
「いや、私はまだ死ぬ気などないよ。そして私の家族や家臣達を死なせる気もない。
それに一年後、私はケーシンの美しい花を離宮の庭一面に咲かせるつもりでいるからな」
「ケーシン?」
侯爵がポカンとして呟いた。
「そう、ケーシンの花だ。今王宮の花壇一面に咲いている、真っ赤に輝く美しい花々のことだよ。
貴様は本当に勉強嫌いだな。
私が学園の図書室で植物図鑑を見ながら調べ物をしていると、貴様はいつも邪魔ばかりしてきたな。
あの時一緒に勉強しておけば、間違わなかっただろうに残念だったな。
貴様はあのケーシンを毒花と思い込んでいたようだが、生憎あれはケイシンドなんかじゃない。
見かけと名前はよく似ているが、別物だ。そもそもあれは薬草だしな。
ただし副作用が強いから、それを抑える薬を同時にちゃんと服用しないと、後で大変な目に遭うそうだが。
ああ、心配はいらないよ。貴様達以外はみんなその薬と、万が一のことも配慮して、ケイシンドの解毒剤も一応服用しているからね」
国王陛下の言葉を背中に聞きながら、急に足元がおぼつかなくなったコールドン侯爵夫妻や文部大臣、その他かつて国王派と呼ばれた貴族達が、衛兵によって引きずられるように連れて行かれた。
彼らは既に副作用が出始めているらしく、吐き気や腹痛を起こしているようだった。
ケーシンでできた薬の副作用は、ケイシンドの毒薬による反応とよく似ている。そのうち彼らはのたうち回って苦しむことになるだろう。
しかし、ケーシンの薬で死ぬことはない。ただし精神面でかなりのダメージを受けることになるのだろう、そう私は思ったのだった。
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