第54章 決別
断罪劇はまだまだ続きます!
さっきまでソファーに沈み込んでいたコールドン侯爵夫人が、ようやく立ち上がると、夫のいる方へフラフラ歩いて行った。
その後ろ姿を見つめながら、全く休憩にならなかったわ、と人知れず私はため息をこぼした。
すると先ほどまでバーバラが座っていた所にフランお兄様が座った。
そしてフツフツと泡が立っているグラスを私に手渡してくれた。
「お疲れ様。これ飲んで。スッキリするよ。これは安心なやつだから」
お兄様の言葉に、ああ、あの人達は本当に実行したんだとわかった。
「いつ助けに入ろうかと見ていたんだが、君一人で何とかなりそうだったから、口出ししなかった。その方が君にとって清々して良いかなと」
お兄様の言葉にありがとうございますと礼を言った。確かにその通りだったから。
私はようやくあの二人に自分達がしでかしたことを思い知らせることができたし、きちんと決別もできたから。まあ父親の方はエドモンド様がどうにかしてくれるだろうし。
「辛かったな」
「いいえ、六年前に既に踏ん切りをつけていたので。そもそも、前回とは違い今回はほとんど顔を合わせたこともなかったので、なんの感傷もなくて自分でも驚くくらいです。
血は水よりも濃いって嘘ですね。
それよりお兄様の方がお辛いでしょう。一緒に育った妹なのですから」
「いいや。僕も君と同じく一切なんの感慨もないよ。
今だから言うけどね、たとえ厄介で疎ましい悪魔のような妹でも、僕はあいつを見捨てるつもりはなかったんだ。
それなのに六年前、妹の方からいとも簡単に切り捨てられた時に、兄妹の情は綺麗サッパリ捨てたんだ。
これでもうあれを目にしなくて済むと思うと、心底ホッとするよ。父上と母上も同じ気持ちだろう。
僕の愛する妹はセーラだけだよ」
慈愛の籠もった瞳で見つめられ、私の冷えかけていた心に暖かな炎が灯されたような気がした。
そして顔を上げると、心配そうにこちらを見ている両親の顔を見つけたので、大丈夫だと言うように微笑みかけた。
その時曲が止み、ダンスが終了したタイミングで、侍従がこうアナウンスした。
「この辺でひとまず休憩時間となります。お飲み物をお配りしますが、赤ワインは先程王太子殿下が仰った、王家秘蔵のワインです。是非皆様お試し下さい」
皆がざわついた。何しろ王家秘蔵のワイン、つまり特別なワインなのだから。
私はエドモンド様にエスコートされて王族の席に戻った。
そしてお父様達やカーネリアン公爵家の皆様、前国王派というか既にもう王太子派と呼んでもいい若手改革派の皆様も、自然な感じで王族の側に集まって来た。
やがて配膳係が銀の盆の上に様々なドリンクの入ったグラスを載せて、招待客の周りを回った。
エドモンド様とチャーリー殿下と私、そして王弟殿下の三人のお子様達は色とりどりのフルーツジュースのグラスを取った。そして他の王族の方々は例の王家秘蔵のワインを注がれたグラスを手にしていた。
「おや、せっかくの王家秘蔵のワインだというのに、それをお飲みにならないのですか?」
とある侯爵がエドモンド様と私を見て意味有りげにこう尋ねた。まるで国王陛下に対して不敬だとでもいうように。
すると、エドモンド様は態とらしく驚いてこう返した。
「おや、文部大臣、ずいぶんとおかしなことを言いますね。
アルコールは十六から解禁になりますが、成人するまでは度数が五パーセントまでと法律で決まっていますよね。
ワインはその基準を超えているから、未成年の私達はジュースを選んだのですが。まさかその法律をご存知ないのですか? 大臣ともあろう方が」
すると大臣はしまったという顔をして、コールドン侯爵の方を見た。コールドン侯爵に睨まれてすぐにこちらに顔を戻したけれど、駄目だわ、この人。
国の要職に就けるような力量ではない人物だわ。こんなに簡単にボロを出すなんて、と私は思った。
「つい勘違いをしてしまいました。失礼なことを申し上げてすみませんでした」
大臣は平謝りしてきたが、それに対してエドモンド様ではなく国王陛下がこう言った。
「君は文部大臣だったな。私は不適任者を任命してしまったようだ。こんな公衆の面前で未成年にワインを勧める大臣とはな。
国王として不甲斐ない。君への処分は、後ほど宰相と相談することにしよう」
「そんな陛下……」
大臣は陛下に縋ろうとしたが、近衛騎士によって排除された。すると自棄になったのか、彼は赤ワインを一気飲みすると、その後で何か錠剤を飲み込んだ。人の目も気にせずに。
コールドン侯爵はそれを見て慌てていたが、国王陛下達も皆グラスに口を付けているのを見てほくそ笑むと、彼もワインを飲み始めた。そしてやはり錠剤を飲んだ。
エドモンド様と私はジュースを飲む振りをしながら、目だけを動かして周りを見渡した。
ほとんどの招待客達が飲み物を飲んでいたが、その全員が先ほどの大臣のように錠剤を一緒に飲み込んでいた。
しかしコールドン侯爵及びそのお仲間達は、王族ばかり注目していてそれに全く気付かなかったようだ。
コールドン侯爵は機嫌の良さそうな顔をして、国王陛下の側までやって来てこう言った。
「陛下、引退の話は取り消して下さいよ。まだ在位十年なんですよ。陛下はまだまだお若い。隠居生活なんて早過ぎますよ。
あと十年間、いや二十年は頑張ってもらわないと」
「君の傀儡としてか?」
国王陛下が侯爵を睥睨した。
かつての友人としての熱い思いは既になく、その瞳には憎しみと軽蔑と怒りの色を浮かべていた。
今まで見たことのなかった陛下の様子に、さすがのコールドン侯爵も一瞬怯んだが、すぐに気を取り直してこう言った。
「何を仰るのですか。私は今まで友人でもある陛下のために、ただひたすら尽くしてきただけです。
そしてご立派な陛下にこれからもこの国の舵取りをして頂きたいと願っているだけです。
そうですよね、皆さん?」
「その通りです。コールドン侯爵も我々もただひたすら陛下をお慕いして、お力になろうと尽力してきただけです」
侯爵の仲間達も皆それに倣った。
彼らはかつての陛下の仲間だった。一緒に青春を謳歌した者達だった。
しかし、その関係をそのまま大人になってからもズルズルと続けてしまったことの弊害を、国王陛下は最近になってようやく悟ったのだろう。
最終的に彼らは自身の保身のためだけに、こんな馬鹿なことをしでかしたのだから。
「今まで私のためにと尽くしてくれてありがとう。だがその結果、私は引退せざるを得なくなったのだよ」
思いもよらない陛下の言葉に侯爵達は喫驚し、大きく目を見開いた。
「それはどういう意味でしょうか?」
「昨年隣国の国王陛下が我が国を訪問されたことは覚えておろう?
その帰国の際に手渡した土産は貴様が準備したものだったな?
その土産のせいで我が国は、隣国から宣戦布告されるところだったのだぞ」
陛下のこの言葉に大広間はざわついた。それはそうだろう。自国が戦禍に巻き込まれるところだったと知らされたのだから。
招待客達は一斉にコールドン侯爵を見た。
「あの時隣国へ留学中だった王太子と婚約者であるコールドン子爵令嬢が、それを尻拭いしてくれたおかげで、どうにか私の首は皮一枚で繋がったのだ。
しかし、王太子が成人しても私がまだ王位に留まれば、隣国はすぐさま兵を寄越して私の首を取るだろう。
その時はコールドン侯爵、お前と家族、そして仲間達もすぐに捕まり隣国へ連行されることだろうね。
隣国に対する侵略戦争の首謀者とその仲間としてな」
「「「ヒーッ!!!」」」
あちらこちらから悲鳴が上がった。そしてその場に座り込む者もいた。
しかし、コールドン侯爵は何を言われたのかさっぱりわからないという顔をしていた。
「陛下は何を仰っているのですか?
私はただ我が領地内で生産した素晴らしい健康食品と美容医薬品をお渡ししただけですよ。
隣国に喜ばれはしても恨まれる筋合いはありません」
「ほう? あれが素晴らしいとな?
それではあの商品はさぞかし隣国からの注文が殺到したことだろうな。国内からも。
しかしその割には貴様の納めた税金が増えていないのは何故だ? 脱税でもしているのか?」
陛下の鋭い突っ込みに侯爵はしどろもどろになった。それはそうだろう。実際にあんな欠陥商品が売れているわけがないのだから。
効果が出た者も実際にいたのだろうが、それと同じくらい被害者が出たことも事実なのだ。
そして、それを誤魔化すことにかなり躍起になっていたようだから、売り上げが増えても出費も多かったはずなのだ。
そもそも隣国での被害が分かった時点で、あの栄養ドリンクという名の強壮剤の方は販売中止になっていたし。
「あの栄養ドリンクの被害者達は泣き寝入りしたらしいが、貴様が販売した頭皮薬については、昨日被害者達が集団訴訟を起こしたらしいよ。
そんな欠陥品を隣国の国王に手渡すとはとんでもない話だ。この極悪人が!
衛兵、この国賊どもを捕まえよ!」
国王陛下が声を張り上げると、待ち構えていたかのように、大勢の衛兵達がすぐさま大広間に入ってきたのだった。
読んで下さってありがとうございました!




