第53章 証明
私は右手で、左腕に着けていた肘より少し長めのイブニンググローブを脱いだ。そして肘下にある水疱の痕を人目に晒した。
コールドン侯爵夫妻が息を呑んだのがわかった。それは間違いなく以前自分達が見た痕と同じだと分かったからだろう。
「そんな馬鹿な! 私の父親似だったあの娘がこんなに美しくなるなんて」
さっきから美しい美しいってわざとらしい嫌味ばかり言う元父親に、イラッとした私はこう言ってやった。
「そりゃあ六年も会わなければ姪の顔など忘れますよね。いえ、それ以前も滅多に会わなかったのですから、そもそも私の顔など覚えていなかったのではないですか?
私も人伝えで教えてもらうまで、侯爵夫妻の顔を見ても誰なのかさっぱりわかりませんでしたから」
私の皮肉に二人は真っ赤になった。赤くなったり青くなったり本当に忙しい人達だ。
「これであなた方の誤解も解けただろう? しかし王太子である僕と婚約者のセーラを侮辱して辱めたことは許せるものではない。このままお咎め無しとはいかないよ。
ただし、せっかくの父上の在位十周年記念パーティーの最中だ。ここであなた達を断罪することはしない。最後のパーティーになるだろうから、想い出になるように君達も楽しむといいよ。家族や仲間達とともにね」
ガクガクと震えるコールドン侯爵一家とそのお仲間達を無視して、エドモンド様は大勢の参加者に向かって、
「せっかくのパーティーに、酷くつまらない茶番劇を見せてしまい、誠に申し訳ない。後ほどお詫びとして王家の特別な赤いワインを皆さんにお配りしよう」
エドモンド様がこう言うと、歓声が上がった。そしてまた音楽が流れ出し、人々は再び優雅に踊り始めたのだった。
エドモンド様と私はこれまで表舞台に出なかったため、これからは自国の貴族との交流を積極的に深めなければならなかった。そのために私達は別行動となった。それぞれができるだけ多くの方々とダンスを踊ったり、会話を楽しんだ。
しかし、あの人達の行動は目の端でずっと確認していた。暫くは何やら集まってゴソゴソと話し合っていたが、やがて散り散りに別れて行った。
どうやらここまで来ても何かやらかすつもりらしい。
なんて愚かなのかしら。確かにここまできたら国の中枢には残れないだろうが、ここで諦めて反省の意を示せば一番重い罪には問われないだろうに。
私達はそうならないよう、できるだけ穏便に済ませたいと願ってきた。しかし、その願いは虚しく消え去りそうだ。
やがて、普段鍛えていて体力がある私もさすがに踊り疲れたので、少し休もうと壁際のソファーの所へ移動した。するとそこへ、再びコールドン侯爵夫人と令嬢が近づいてきた。
やっぱりこの人達反省する気がないのね。私は心の中でため息をついた。
でも、売られた喧嘩は買うわよ。やり直しをしている今の私は、やられっぱなしだった以前の意気地なしのご令嬢ではないんだから。
「ねえ、王太子殿下に私達のことを取りなしてもらえないかしら。先ほどは悪気はなかったの。勘違いしただけなの。だって、貴女がこんなに綺麗になっているとは思わなかったのよ」
「・・・・・」
「貴女だって身内が王家の方々に睨まれたら肩身が狭いでしょ」
「・・・・・」
「何お母様を無視しているのよ! 生意気だわ」
「まあ、落ち着いて、ミモザ。
ねぇ、えーとセーラさんだったかしら? これ以上私達を無視するようだったら、こちらにも考えがあるのよ」
「・・・・・」
「あのことを王家の皆様に話したらどうなるのかしらね?」
「あのことって何ですか?」
私がようやく反応をしたので、自分達の方が優位に立ったと思ったのか、侯爵夫人は少し口角を上げていやらしい笑みを浮かべた。そして私の耳元でこう囁いた。
「ミモザとバーバラが入れ替わったことよ」
「ああそんなこともありましたね。しかしあれは、あなたが提案したことでしたよね。
つまり主犯はあなたなんですから、あなたが罪に問われるだけですよ。私とそちらの彼女はまだ子供だったから、無罪放免でしょうけれど」
「なっ!
でも、ばれて一番困るのは貴女でしょ!」
「どうして?」
「王太子殿下の婚約者が身分を偽っていただなんてスキャンダルじゃないの。結婚するのは無理なんじゃないのかしら?」
「そうよそうよ。あんたなんか王妃になんかなれっこないわ。私の方がずっと殿下には似合っているわ」
「身分の偽りの件はあなたと私は同じ立場なんですよ。それなのに何を偉そうに言っているんですか? この事実、わかってます?」
「あっ!」
本当にバーバラは頭が悪い。私が婚約破棄されたら自分が婚約者になれると思うだなんて。
二人で入れ替わったのだから、私が罪人になるなら彼女だって同罪だろうに。
「あの、そろそろ失礼してもよろしいかしら? このことを誰かに話したいのならどうぞご自由に。私の方は構いませんから」
「何負け惜しみを言ってるの? 私は本気よ。地獄へ落ちるなら貴女も道連れにしてやるわ!」
実の母親がこんなことを口にするとは……
まあ、六年前、最後に会った時のことを思い返せば、驚くこともないが。
体中包帯だらけで車椅子に乗っている娘を見ても、心配するどころか、こんな醜い娘がいたら息子の将来の邪魔になると吐き捨てた。
美しいバーバラと交換すればいいと真っ先に言い出したのもこの人だった。
母親がそう言い出すように仕向けたのは確かに自分だったが、正直とても悲しかった。
しかし本当にあの時縁を切っておいて良かった。
そう。私はこの人とはとうの昔に赤の他人になっているのだから、切り捨てることに躊躇などはしない。
「負け惜しみなんかじゃないですよ。本当に話してもらって結構ですよ。
だって、もしあなたがそんな話をしたとしても、きっと誰もあなたの言うことなんて信じませんもの。
さっき、あなたは私をバーバラの偽者と言ったんですよ。
つまり、私が本当はあなたの娘だというのなら、実の母親と父親が自分達の娘のことを、本人か偽者かわからなかったということになるんですよ。
そんな人達が娘と姪が入れ替わっていると言っても、誰も真に受けるわけがないじゃないですか?
そもそも、私は今回初めて王都に出てきたんですよ。一体誰が私を本当のミモザだと証言するんですか? 誰も私の顔を見たことがないのに。
使用人や近隣の方々は、当然ここにいるミモザ(元バーバラ)さんのことをあなた方の娘だと証言するでしょう。
そして元コールドン侯爵家や子爵家の関係者の皆さんは、みんな私をセーラだと証言してくれると思いますよ。
もし気が触れたと思われてもいいのなら、ご自由に話して下さい」
私がそう言うと、元母親は茫然自失でソファーに沈み込んだ。私はそんな彼女を一瞥してから、反対側に座っている元バーバラ(ミモザ)に向かってこう言った。
「そう言えばミモザさん、あなたが本当のことを告げたら、あなたの婚約者様はどうなさるのでしょうね?
バラッド侯爵家の皆様は下位貴族を見下していると聞いていますが、子爵令嬢のあなたでも受け入れてくれるのでしょうかね?
まあ、ご自慢の美貌がお有りなのだから私の心配などは必要ないでしょうが。
あっ! そもそもあなたは、バラッド侯爵令息とはダンスも踊らないような仲ですもの、婚約破棄されても構わないですよね?」
私がそう言うと、バーバラは真っ青な顔をして立ち上がると、婚約者を探すために走って行った。まったくあれでよく侯爵令嬢だなんて偉そうに言えたものだ。
それにしても、人前であれだけ王太子殿下にまとわり付き、しかも婚約者よりも先に殿下と踊ろうとしていたのだ。
プライドが高いという噂のバラッド侯爵家が、それを簡単に許すとはとても思えない。
まあ、今日のことがなくても婚約は破棄されるとは思うけれど。
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