第52章 偽者疑惑
デビュタントの紹介が終わると、やがて室内楽団による演奏が始まった。そしてまず、国王陛下ご夫妻が踊り始めた。
陛下は最初に登場した時とは打って変わって、清々とした明るい表情でダンスをしていた。何かが吹っ切れたのだろうか。
それに比べると、王妃殿下は酷く暗くて、かなり落ち込んでいる様子だったが。
しかしそれは仕方ないだろうと思う。華やかな場所が好きな方なのに、一年後には王都を離れて、田舎の離宮で花作り生活が始まるのだから。
義娘になるのだから、『ヴァイカントの雫』の日除けクリームをプレゼントとして送らせてもらおう、そう私は思った。
そして陛下達のダンスが終わった後は前国王陛下ご夫妻、エドモンド様と私、そして王弟殿下ご夫妻が大広間の中央に向かって進み、一礼をしてから踊り始めた。
「貴女と踊るのは卒業パーティー以来だね」
「はい。一月ぶりです。またこうしてこの場で殿下と踊れるなんて夢のようです。しかも婚約者同士として堂々と」
「本当だね。あっ、これから貴女の名をセーラと呼び捨てにしても構わないだろうか? 正式に婚約発表をされたことだし。
僕の名もエドモンドと呼び捨てにして欲しい」
「もちろん、呼び捨てにして下さって構いませんわ。ですが、殿下を呼び捨てにするのはちょっと……
それは結婚後、二人きりの時だけにして下さい」
私達が小さな声でこんな話をしながら踊っていると、周りからため息と歓声が上がった。
お姉様方が踊り始めたのかと思って周りの様子を見ると、みんなが私達をうっとりとした目で見ていることに気が付いた。
「なんてお上手なんでしょう」
「息がピッタリですわ。想いが通じ合っていらっしゃるからなのね」
「とても素適ですわ」
「そうでしょう? このお二人は隣国の学院のダンス競技大会で、三年連続で優勝したペアですもの」
キャリーナお姉様の情報に、やっぱり素敵! などとご令嬢方の声が再び聞こえてきて、私は恥ずかしくなって俯きかけた。
するとその時、エドモンド様が照れた私を庇う振りをして私を引き寄せて、耳元でこう囁いた。
「バーバラが凄い形相でこちらの方を睨んでいるぞ。侯爵夫妻もだ。このダンスが終わったら恐らくこちらに来るぞ」
私はそっと頷いた。とうとう対峙する時が来たのだ。
やがてダンスが終わった。すると予想通りバーバラがやって来た。
「エドモンド様、次は私と踊って下さい」
「あなたはまだ婚約者と踊っていないでしょう? まずバラッド侯爵のご令息と踊られたらどうですか?」
「いいんです。彼とは後で踊れば。私はエドモンド様と踊りたいんですもの。
先ほどのダンスはとても素敵でしたわ。でも、私と踊られた方がもっと楽しいと思うのです」
「何故そう思うんだい?」
「だって私の方が貴方に似合うと思いますもの。彼女は、殿下の婚約者には相応しくないですわ」
バーバラから自分の方が似合うと言われ、エドモンド様の口角がすうっと上がった。おそらく笑顔の仮面が外れそうになったことを誤魔化そうとしたに違いない。
普段なら駄目出しされるところだろうが、今回はキャリーさんも見逃してくれるだろう。エドモンド様が必死に吐き気を堪えていることは分かっていると思うから。
「君のどこが僕に似合うのかな?」
「あら、お分かりになりませんの? 私は侯爵令嬢ですのよ。子爵令嬢とは違って家格が釣り合っていますわ。それに私の方がずっと綺麗ですし」
バーバラは自信たっぷりにそう言ったが、さすがにエドモンド様は堪えきれなくてプッと吹き出した。
「君が綺麗だって? 自画自賛するのは結構だが、もっと客観的に物事を見ないと恥をかくことになるよ。
ここにいる皆様方。こちらにいるコールドン侯爵令嬢が、僕の婚約者より綺麗だと思う人は拍手して欲しい」
しかしエドモンド様に促されて拍手したのは、コールドン侯爵夫妻と彼女の取り巻きの下位のご令嬢達だけだった。
しかもそのご令嬢は顔を真っ青にして俯いていた。
するとバーバラは、この結果に信じられないという顔をした。
「この女は今は仮にも王太子殿下の婚約者だから、みんな気を使っているのよ」
「セーラは仮じゃなくて正式の婚約者だよ。君はさっきから一体どれくらい僕達に不敬なことを言っているのか、それがわかっていないのか?
そんな頭の悪いご令嬢が僕に相応しい訳がないじゃないか」
「頭が悪い?」
「だってそうだろう? 先ほどの国王陛下の話を聞いていなかったのかい?
君は侯爵令嬢だから自分が相応しいといったが、身分でいうならもっと上の身分のご令嬢だっているじゃないか」
「でも、高位貴族令嬢の中で、殿下と年齢が釣り合う方は私しかいませんわ」
「だからそれはこの国だけの話だろう?
しかし隣国になら年回りの合うご令嬢が何人もいてね、打診もそれなりにあったんだよ。
だけどね、僕の婚約者がセーラ嬢だと知ると、みんな諦めてくれたんだ。彼女には到底敵わないからってね」
「なっ!」
エドモンド様は隣国の国王陛下に気に入られて、王女様との結婚を望まれていたと、さっき陛下が話されたのを聞いていなかったのだろうか。
「君より身分が高い上に、君より美しいご令嬢達でさえ敵わないと思うほど、僕の婚約者は素晴らしいご令嬢なんだよ。
そんな彼女よりも自分の方が相応しいと言うだなんて、君はどれほど面の皮が厚いんだい?」
さすがのバーバラも絶句した。しかし、その代わりに今度は彼女の母親がこう口を出してきた。
「で、ですがその女は偽物です。王太子殿下に相応しくありません」
「偽物とはどういう意味だい?」
エドモンド様は態と訝しげな顔を作って片眉を釣り上げた。
「その女はコールドン子爵令嬢の振りをしていますが、本物ではありません。そもそも夫の姪はバーバラという名で、そんなに美しい娘ではありません」
「その通りだ。姪のバーバラは亡くなった私の父親に瓜二つの不細工な顔をした娘です」
コールドン侯爵までやって来てこう証言した。
二人して私のことを美しいと言ったり、不細工だと言ったり、一体どっちなのかしら。
もしかして六年前より少しは私がマシになったとでも言いたいのかしら? まあ化粧もちゃんとしているしね。
そんなことを考えながら、私は一言も発せずに、ただ実の両親のことをじっと見ていた。
「ほう。ここにいるセーラ嬢が偽のコールドン子爵令嬢だと?」
「そうです。私の弟であるコールドン子爵が偽物を自分の娘だと偽って、王太子殿下に近付けたに違いありません。
弟のアンドリューは強欲な男で、父の遺産である辺境の地を私から騙し取ったくらいなんです。
おそらく王太子殿下の義父となって権力を得たいがために、偽の美しい娘を自分の子として殿下に近付けたのだと思います」
「ねぇ侯爵、誰がそんな話を信じると思うの? 侯爵が辺境の地を嫌っていたことや、関所の管理を嫌がって弟君に押し付けたという話は、王侯貴族なら誰でも知っていることなんだよ。
それに財産の取り分が弟君より少なかったのは、侯爵が色々と散財したから、その分を差し引かれたからだろう? それもみんなが知ってるよ。
婚約破棄をしたせいで、相手方にかなりの額の慰謝料を支払ったこともね。真実の愛を貫くのって大変だなと、いい教訓になったよ」
周りから笑いが起きた。
かつての両親は真っ青になった。しかしそれでも諦めずにこう言い募った。
「しかし、そこにいる娘は本当に姪ではありません。先ほども述べましたが、姪の名前はバーバラです。
それにそこにいる女が本当に姪だというのなら、以前流行病にかかって、顔や体中に水疱の痕が残っているはずなんです」
「ほう。それではコールドン子爵、貴方の娘の名を聞いてもいいかな?」
エドモンド様はいつの間にかすぐ側に来ていたお父様にこう尋ねると、お父様はこう言った。
「私の娘のフルネームは『バーバラ=セーラ=コールドン』です。
ただ、娘はセカンドネームの方が好きだったので、セーラ呼びをしているうちに、そちらが通称になってしまったのです。
しかし、まさか兄がそれを知らなかったとは思ってもいませんでした。
だけど君は知っていたよね、ねぇ、ミモザ?」
お父様がバーバラを見ると、彼女はブルッと震えた。
「それに水疱の痕ですが、お世話になっているハッサン医師の開発した薬によって、一箇所を残してすっかり綺麗になったんですよ」
と、お父様が言った。ハッサン先生が、あの流行病の後遺症である水疱の痕を消す薬を開発したことは本当のことだ。その薬のおかげで、多くの人々が救われたのだ。
しかし、あの時私は流行病などには罹っていなかった。それ故副作用の水疱の痕があるわけはない。しかし……
「私の婚約者にとって辛い水疱の痕を人前に晒したくはないのですが、人々にまで変な誤解をされるのは耐えられない。
セーラ、辛いだろうが、みんなにその痕を見せてやってくれないか」
エドモンド様の方こそ辛そうな顔をしてそう言った。それが演技ではないことは分かっている。
彼はいつだって私の火傷による水疱の痕を見る度に、とても辛そうな顔をしていたから。
「ごめん、貴女を守ってあげられなくて。どんなにか熱かっただろうね、痛かっただろう」
「大したことではありませんでしたわ。何度も毒を飲まされて、何度も死にかけたエドモンド様の苦しみと比べれば些細なことです。
それに、これは自分で決断して自分で傷付けたのですから」
私はエドモンド様にこう言い続けてきた。だって本当のことだもの。
それにこの煙草の火傷の痕のせいで私はセーラになれて、こんなにも幸せになったのだから、後悔なんてするわけがない。
それにしても、今頃この水疱の痕が再び役に立つとは思いもよらなかった。
読んで下さってありがとうございました!
話がようやく完成したので、見直しが終わり次第投稿します。ただし、これにとても時間がかかるのですが……
楽しみして頂けたら嬉しいです。




