第51章 宣言
「今日は私の即位十周年記念の夜会によく来てくれた。遠距離から態々来てくれた者も多いことだろう。心から感謝する。
今回貴族全員に参加してもらったのには理由がある。
我がアースレア王国にとって重要な発表があるからだ。
まず最初の発表だが、皆も知っていると思うが、私の嫡男である第一王子エドモンドが、隣国の学院を首席で卒業し、先月無事帰国した」
ホールにざわめきが起きた。しかし、それはその事実を知らなかった少数派の者達のものだろう。
「隣国の学院創立以来と言わしめたほど優秀な成績を収め、学生のダンスパーティーでは三年連続で優勝し、剣術競技会も二年連続優勝したそうだ。全くもって誇らしいことだ。
隣国の国王にもいたく気に入られて、エドモンドに婚約者がいなければ是非王女と結婚して欲しかったと言われたほどだ」
再びホールにざわめきが起きた。
「陛下、エドモンド殿下に婚約者がいらっしゃるとはどういうことですか?」
コールドン侯爵が戸惑うように陛下にこう尋ねたが、陛下は呆れた顔をして言った。
「おや、君はエドモンドの婚約を知らなかったのかね。息子は婚約して既に四年も経つというのに」
コールドン侯爵は辺りを見渡した。すると驚いているのは、自分達家族と子飼いの者ばかりで、他の客達は平然と陛下を見ていた。
「わたしが今迄王太子を決めずにいたのは、偏にエドモンドが病弱だったからだが、息子はコールドン子爵領で療養するうちにすっかり丈夫になった。
そしてその後留学して優秀な成績を修め、隣国の王とも懇意になることができた。
そんな優秀な息子を私は誇りに思っている。そこで遅ればせながら、今日この場において私アースレア王国国王は、エドモンドを王太子にすることを宣言する」
陛下はコールドン侯爵のことなど全く無視して、エドモンド様が王太子に決定したことを告げたのだった。
すると大広間には割れんばかりの拍手と歓声が響き渡った。そしてそれが一旦収まると、陛下はこう言った。
「私の決定に異議を唱える者はいるか? もしいるのならばこの場で挙手をして、その忌憚のない理由を述べよ」
コールドン侯爵夫妻とそのお仲間の連中は周りを見回したが、誰一人手を挙げないどころか、皆が軽蔑の目で自分達を見ていることに、ようやく気が付いた。
すると、ある侯爵がズルズルと座り込んだ。以前からチャーリー殿下に擦り寄っていたという男だ。
「最近自分の息子を僕の側近に取り立てて欲しいと言ってくる、とてもしつこい侯爵がいるんだ」
と、以前殿下からもらった手紙に記されていた人物だった。
「あの侯爵、父子で僕を彼らの傀儡にするつもりでいるみたいなんだ。もしかしたら娘もかな?
信じられないよね。大した自惚れだよ。兄様のことも全く把握できないくらい能無しなくせに」
辛辣なチャーリー殿下の言葉に少し驚いたが、ずっと堪えてきたであろう思いを打ち明けてくれたことに、私は正直ホッとして嬉しかったのだ。
殿下は幼い頃からいつもニコニコしながら、本当の気持ちを抑え込んできた。それは両親から守ってもらえなかった彼の、自然に身に付けた処世術だったのだろう。
でも本当の感情を溜め込み過ぎたら、いつか爆発してしまう。チャーリー殿下がチャーリー殿下ではなくなってしまう。
私は殿下との手紙には、貴族令嬢としてはあり得ないであろう本音を綴っていた。
すると、そのうちチャーリー殿下からも、年相応なやんちゃなこと、子供っぽいこと、弱音、悲しみ、孤独……そんな感情を吐露してくるようになった。
私は、殿下の抱く感情に対して、決して批判的な返事は返さなかった。いくら王族だって、それらは人として当然の感情なのだから。
以前アルフレッド様のお世話をすることになった時、私の乳母で子育てのプロのマーシャさんからそう教えられたのだ。
その当時の私は悪意を持つことは悪いことだと、そんな自分の感情を否定し、相手に尽くすことが良いことだと信じていた。そして相手に対しても綺麗事ばかりを求めていたように思う。
しかしそれは間違いだと彼女に教えられたのだ。
だから今度こそ私は、チャーリー殿下の大切な本当の気持ちを全て受け止めたかった。
その後もチャーリー殿下は、私とエドモンド様、そして祖父母である前国王陛下以外の前では、意図的におっとりした可愛らしい少年を演じ続けた。
そして、自分を利用しようとしてくる連中をのらりくらりとかわしながら、彼らから上手に情報を入手していた。
そのおかげで今回特定の人間だけを選定し、パーティーの開始時間を他の招待客とは違えて伝えることができたのだ。
こうしてチャーリー殿下によってリストアップされた面々は、当然のことながら想像もしていなかったこの事態に、狼狽え怯えていた。
しかしそんな彼らを見もせずに、国王陛下はこう言った。
「一年後、王太子が成人を迎えたら、私は王位を譲って引退する。そして離宮にて好きな花作りをしようと思っている」
「「「えっ?」」」
これには他の人達と同じ様に、私も驚いて思わず声を出してしまった。
もちろん驚いたのは、陛下の隠居生活についてだった。花作りって何?
チャーリー殿下が私の耳元でこっそりこう教えてくれた。
「父上、前回の隣国訪問から戻ってきて以来、花作りにはまっているんだ。
今王宮の花壇には、真っ赤な鮮やかな花々が咲き乱れているんだよ。
しかも誰にも盗まれないように厳重に見張りまで付けてる。大した熱の入れようだ」
それって、まさか『ケーシン』の花?
なるほど。美に拘りの強い陛下は、あの花の魅力に取り憑かれたのね。まあ、いい意味で。
確かに陛下の引退後のいい趣味になるだろう。
「い、引退なされるなんていくらなんでも早過ぎます。陛下はまだお若いではありませんか」
国王派が必死になって言い募っていたが、そんな連中のことなどは無視して、言うべきことを全て一気に告げた陛下は、さっと自分の席へ戻ってしまった。
すると今度は司会進行係が、こう言った。
「パーティーが始まる前に、今回デビューされるデビュタントの皆様に、国王陛下からの祝辞を賜る授与式があります。何卒皆様もご一緒に見守って頂ければと思います。
お名前を呼ばれたご令嬢はこちらの方へいらして下さい」
今回のデビュタントは二十人ほどで、皆伯爵家以下のご令嬢達らしい。
まず五人の伯爵家のご令嬢方が順番に陛下の前まで進んで、そこで祝いの言葉を受け、国花の白薔薇で編まれた花冠を授かり、王妃殿下からの抱擁を受けた。
その後六名の子爵令嬢、八名の男爵令嬢と続き、最後に私の名前が呼ばれた。
「最後に王太子殿下の婚約者、セーラ=コールドン子爵令嬢!」
あらかじめ壇上に座っていた私が立ち上がると、一部の人間から驚きと怒号と悲鳴のような声が上がった。
「コールドン侯爵、我々を騙したのか!」
「違う! 騙してなどおらん」
「自分の姪がエドモンド殿下の婚約者になっていたことを、今まで我々に隠していたな!」
「知らない! そんな娘など知らない」
「エドモンド殿下がお元気になっていたことも知っていたのだろう?
何が隣国で療養生活を送られているだ。本当に留学されていたんじゃないか!
あんなにお元気そうでご立派になられてるじゃないか!」
「貴様らだってそう思っていたじゃないか!」
「お父様の嘘つき!
第一王子殿下は病弱で王太子にはなれないっていうから、仕方なくバラッド侯爵家の息子なんかと婚約したのに。
エドモンド様の方がずっとお美しくてご立派な体躯をなさっていて、私に相応しい方なのに」
「お前は黙っていろ! お前も兄のように不敬罪で社交界から追い出されたいのか」
「いやよ、そんなの。だけどそんなことになるわけないじゃないの。
私のように綺麗な令嬢が社交界に出られなくなったら、皆様お困りになるでしょう?」
バーバラのこの言葉に、大広間の中はシーンと静まり返った。それ故に国王陛下の声がよく響いた。
「そなたが王太子妃になってくれることを心からありがたく思う。そなたなら王太子と共にこの国を守って行ってくれるだろう。
今日はデビュタントおめでとう。今後のそなたの幸せを祈る」
陛下はそう言いながら、白薔薇の花冠を私の頭の上に載せたのだった。
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