第50章 許しによる罪
最初の人生の時、王都に来てからというもの、私は亡くなるその時までずっと孤独だった。自分など誰にも愛されない、誰にも必要とされていないと思っていた。
それなのに、一度死んだ後でこんなにもたくさんの人々から大切に思われていたことに、ようやく気付かされるなんて。
つまり、彼らの思いに感謝してやり直せと、再びこの生を与えられたのだろうか。
それにしても不思議だ。名前が変わっただけで私自身は何も変わらないのに、周りの人達の私を見る目がこんなにも違うだなんて。
いや、あの人達の娘でなくなったから、私の人生は変わったのだろうか。
最初の人生の時だって、あの人達がたとえ私を愛してくれていなくても、少しだけでも関心を持ってくれていたら……少しでも認めてくれていたら……そして私の功績を奪わなかったら……
周りの人々の目はきっと違っていただろう。そして私はもっと自分に自信を持てたことだろう。人の優しい思いにだって気付けていたはずだ。
私は実の両親や兄が嫌いだった。過去も現在も。それはどんなに私が愛しても尽くしても、振り向いてくれなかったから。関心を持ってくれなかったから。
それでも私は彼らを憎んではいなかった。全てを諦めていたから。自分が悪いから仕方ないと思っていたから。
でも私の周りの人々は違った。私が死んだ後、あの人達を許さなかった。もちろん、それは私のことだけでなく、数多くの犯罪を犯していたからだけれど。
それでも、彼らを追い詰めるための原動力になったのは、私を失くした哀しみと怒りだったと、エドモンド様もフランお兄様もエメランタ様もルイード様も、そして両親も言っていた。
そう。私は自分自身や叔父(現在の両親)一家、領地の使用人の皆さん、そしてその他多くの人々を苦しめた、そんな自分の家族を許してはいけなかったのだ。
罪をただ許すこと、それは逃げだ。その方が楽だから。
聖人ぶって許しを与える者は、一方的に正義を振りかざして悪を追求する者と五十歩百歩だ。
酷い仕打ちをされたらその相手を嫌い、憎むことは人として当然の感情だったのだ。
しかしだからといって私刑を行ってもいいというわけではない。だから法に照らして罰するべきなのだ。
そうしなければ新たな怨念を生み出し、負のスパイラルに陥ってしまうから。
私は過去において、彼らにその犯した罪を償わせなければならなかったのだ。
しかし、私はその重責を人任せにして逃げてしまった。
死の真相を知った十三の時から、あの時あの場から逃げ出さなければ死なずに済んで、みんなと共に戦えたのにと何度も思った。しかし、何と戦うのかを深く考えなかった。
ようやく私は、同じ人生を何故自分がやり直すことになったのか、その理由がわかった気がした。
私は第二王女殿下をそっと見つめながら、心の中で感謝と謝罪の言葉を告げた。そして今度こそ、彼女とは何でも語り合える本当の友人になりたいと、強くそう思ったのだった。
✽✽✽
やがて大広間の中に、ようやく国王派の貴族達が下位の者から順番に入ってきた。最後にコールドン侯爵夫妻とミモザ(バーバラ)嬢が登場した。
するとさすがに、彼らも周りの様子が変だと気付いたようだった。
自分達は普段通りの時間にやってきたはずなのに、既に大方の貴族が室内にいて懇談していたからだろう。
しかも高位貴族や、なんと王弟殿下一家やチャーリー殿下まで。
『あれ、見知らぬカップルが王族の席にいるぞ。他国からの来賓か?』
と、彼らは仲間内で会話をしているみたいだった。やたらとチラチラこちらを見ている。
エドモンド様を見るのは五年ぶりだから、容姿が大分違っているので気付かなくても仕方ないが、まさか自分の娘まで分からないとは!
いや、十一歳の時に入れ替わってから全く会っていないのだから、これは当然のことなのかしら。
大体それ以前も別居していて、年に一度か二度しか顔を合わせたことがなかったのだから、わかるわけがないか。
私が彼らの顔が判るのだって、以前の記憶があるからだもの。
でも、彼らが私をわからないくらいに興味がないのなら、こちらにとっても都合がいいわ。親族の情なんて持つ必要がないのなら、無駄な背徳感など持たなくて済むものね。
やがてファンファーレが鳴って、まず前国王陛下夫妻が登壇し、それに続いて国王陛下夫妻が姿を現した。
私はやり直しの人生になってから、国王夫妻にはまだ一度もお会いしたことがなかったが、前の人生の時と比べると酷く窶れて、以前の時より大分老け込んで見えた。
「一月前、母上から『ヴァイカントの雫』を使わせて欲しいって言われた時、美しい母上には必要ないでしょうと断ったんだけど、今は必要かな?」
チャーリー殿下がこう言うと、エドモンド様が思わず吹き出した。
「いや、今更必要ないんじゃないかな。これからはもうそれほど社交界に出ることもないだろうから」
「あっ、そうだね、兄様」
二人の会話を聞いて、予定通り事が進んでいるのだということがわかった。まあ、王弟殿下の話も漏れ聞こえていたので、大方の予想はついていたけれど。
今日この場で色々と発表があるんだろうなと改めて認識して、私は気を引き締めようとしたのだが、
「セーラ嬢、本当にお久しぶりです。まあそうは言っても、この四年ずっと手紙のやり取りを続けてきたので、ずっと側に居たような気分だったけれど。貴女には何でも話してきたし、相談にも乗ってもらっていたから」
チャーリー殿下に昔と同じ……いいえ、ソバカスが消えてますます美しくなり、魅力的になった笑顔を向けられて、私の心はすっかり緩んでしまい、ホニャリとしてしまった。
「ええ、本当に。でもやはりこうして実際にお会いできて嬉しいですわ。これからもよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。これからは直接セーラ嬢とお話しできると思うと嬉しくてたまりません。
それと今度剣の立ち会いをお願いできませんか? 是非これまでの成果を見て頂きたいのです。毎日これでも修練を積んできたので」
「ええ、是非。でも、お手柔らかにお願いします。私などでは到底敵わないと思いますので」
「いやいや、ご謙遜を。隣国の剣術大会で入賞されたと聞いていますよ。凄いですね。僕はまだ誰にも勝ったことがないんです」
チャーリー殿下が少し悔しそうに言ったが、それはそうだろうと私は思った。
「チャーリー殿下、それは仕方のないことですわ。殿下がいつもお相手しているのは、この国の騎士団の中でも選りすぐりの方々ばかりですもの。
私が参加した学生の剣術大会とは比較にもなりませんわ」
「えっ? そうなの?」
チャーリー殿下は本当に気付いていなかったようで、大きく目を見開いた。
「お前が本気で騎士になりたがっていたようだから、お祖父様が一流の騎士ばかり選んで剣の相手をさせていたんだよ。
お前はかなり腕がいいと、その騎士達も褒めているそうだぞ。
おそらく学園に入学したら、すぐにでも剣術大会で優勝できるくらいだそうだ。
五つ年上の僕でも、チャーリーに勝てるかどうかは怪しいだろうな。凄いな」
エドモンド様の言葉にチャーリー殿下は涙ぐんだ。自分の努力が実ったこと、それを認めてもらえたことが嬉しかったのだろう。
ええ、ええ。チャーリー殿下は本当によく頑張りました。たとえ前国王陛下ご夫妻がいらしたとはいえ、あの魑魅魍魎が跋扈する王宮の中で、ご両親の保護もなく。
私は手紙でしか励ますことができませんでしたが。
「僕ね、セーラ嬢から送られて来る手紙と本のおかげで、これまで頑張ってこられたんです。
これからずっと一緒にいられると思うと嬉しくてたまりません」
「私もチャーリー殿下が頑張っていらっしゃったから、私もと思って、挫けそうになった時も逃げずに頑張れたんですよ。
これからは殿下と本当に家族になれると思うと本当に幸せです」
私達二人の会話をエドモンド様や前国王陛下夫妻、王弟殿下夫妻が微笑んで見つめてくれていた。
しかし、国王陛下夫妻だけが私達を見ようともせず、体を強張らせていた。この中で自分達二人だけが、家族ではないと感じたせいかも知れない。
やがて、国王陛下は緊張した様子のまま立ち上がったので、私達もそれに倣ったのだった。
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