第5章 厚顔無恥
父は母の案に即決即断すると、思い立ったら吉日とばかりに先触れも出さず、母と共に叔父の子爵領に向かって出発してしまった。
娘の体調を気遣うわけでも、今後の娘の身の振り方を心配することもなく……
「ミモザ、大丈夫か?」
暫しの静寂を破ったのは、隣室で控えていた父の弟であるアンドリュー叔父様だった。
そしてギュッと私を抱き締めてくれたのは、ナタリア義叔母様だった。
「ナタリア義叔母様、あんな酷い言い方をしてしまってごめんなさい」
「いいのよ。話を有利に進めるために芝居をしているのだとわかっていたのだから。
それにしても冷たい人達だと知ってはいたけれど、正直あそこまでだとは思わなかったわね」
「本当にごめんなさい。叔父様や義叔母様のことまであんなに侮蔑するなんて、許せない……」
「今更だからいいんだよ。あの二人は昔からああだからね」
アンドリュー叔父様が苦笑いをすると、執事のカーリーさんが深いため息をつきながらこう言った。
「マックス様は何をやってもアンドリュー様に勝るものがなかったというのに、よく平気であんなに上から目線で言えるものだとホトホト呆れます。
リナ様もいくら問題の多い家庭に育ったとはいえ、侯爵家に嫁がれて大分経つというのに、未だにあんな物言いをするとは全く困ったものです。
厚顔無恥とは正にあの方達のためにあるような言葉です」
カーリーさんは代々コールドン侯爵家の執事をしてくれている家に生まれ、父や叔父様とも幼馴染みだったので、二人のことは誰よりもよく知っていた。
「前侯爵様ご夫妻は本当にご立派で優しい方達でした。そして忙しい中でも愛情を持ってお子様達をお育てになりました。
それなのに、何故あんな方になってしまったのか不思議でたまりません」
侍女頭のアリエッタさんもこう呟いた。すると叔父様が遠い目をしてこう言った。
「僕もずっと不思議に思っていたのだが、自分が子育てをするようになってようやくわかったのだよ。
人が持って生まれた質というのは、そう簡単に矯正ができないものだということをね。
いや、あの兄を見てきたからこそ余計に不可能だという気がして、近頃絶望的な気分なのだよ」
「それはバーバラ様のことですか?」
叔父の言葉に私の乳母のマーシャさんがこう尋ねると、叔父は悲しそうな顔で頷いた。
「あの子は物心付く前から平気で小さな生き物を殺したり、草花をむしり取ったりしていた。
しかし、私達は叱るのではなく、相手が痛い思いをするからやめようね、と声掛けをするようにしていた。
そしてきちんと言葉を理解するようになってからはきちんと注意をし、叱らずに諭すようにしてきた。
しかし、いくら愛情を込めて接しても、あの子の残酷さや我が儘は直らなかった。
最初は上の息子フランシスと同じように育てていたのだが、あまりにも二人の素質が違うので、娘に合う指導を模索しながら色々と試してみた。しかし、あの子を変えることはできなかった。
今では親の見えない所で小動物だけでなく、使用人にまで手を出し始めて、正直困り果てているのだ。
本当にあれは容姿だけでなく中身まで兄にそっくりだ。
だから私達は世間にどんなに非難をされようと、使用人や領民を守るためにも、あの子を矯正施設にお願いしようと、近頃夫婦で相談していたのだ。
だからミモザから話を聞いた時思ったのだよ。毒を以て毒を制するという方法も有るかもしれないと。
ただし今後もあの子が目に余るようなことをしでかしたら、その時は必ずこの手で止めてみせる。親の責任として」
叔父様の厳しくも切ない言葉に、その場にいた全員が苦しそうな顔をして俯いた。
するとそこへ、隣室からずっと動けずにいたハッサン先生が、フラフラした足取りで入って来た。
そして私の左腕に巻かれていた大袈裟な包帯をとると、水泡が破れてできたやけど(・・・)跡に薬を塗った後、今度はガーゼを当てて絆創膏でとめてくれた。
「これまで医師として随分と修羅場を渡り歩いてきたつもりでしたが、こんな酷い現場は初めてですよ。
十一歳の女の子が自分の腕に自分で煙草の火を押し付けるなんて、なんて愚かなことをしたのだと、今朝こちらに着いた時は憤慨しました。
しかし、実際にあの毒親を見せられたら、ミモザ様を叱るわけにはいかなくなりましたよ。
それにしてもあんな酷い親がいるなんて信じられません。こんな包帯だらけの娘の姿を目にしても、労るどころか貶し見下し見捨てるなんて」
「そう言われると、僕らも娘を見捨てようとしている酷い親なので辛いです」
叔父様夫妻が辛そうに下を向いた。しかしカーリーさんがすかさずこう言った。
「アンドリュー様がバーバラ様をお捨てになるわけではありません。恐らくバーバラ様の方から、ご両親様をお捨てになりますよ。
まあ、それはそれでお辛いことでしょうが……」
そして彼の言葉は、その後間もなく、現実のものとなったのだった。
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