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第49章 新たな真実

 少し長めです。情報過多です。


 コールドン子爵家は唯一隣国との国境に位置している。それ故両親や兄は、隣国との関所を護るという重要な役目を持ち、国内最強という騎士団を抱えている。

 それなのにまさか自分が作った医薬化粧品が、その大切な任務を妨害することになるなんて……

 

 一年前、私は自分の留学を終えるまでは、診療所へ卸す医薬品以外の医薬化粧品の製造販売を中止しようと考え、急遽帰国した。

 

 しかしエメランタ様にこう言われてしまった。


「『ヴァイカントの雫』を必要としている人は、医薬品以外にもたくさんいます。みんな早く欲しいと願っているのです。その人々のためにも中止してはだめです」


 と。

 

「私はセーラ様が創ってくださったこの『ヴァイカントの雫』によって生まれ変わることができました。昼間でも外を自由に歩くことができるようになったのです。

 だから貴族の中にも私と同じような思いをしている人々はいるはずです。その方々に一刻でも早く、『ヴァイカントの雫』を届けてあげたいのです。

 

 もちろん、コールドン子爵家の皆様が国を守る重要なお仕事をなさっていることは、重々わかっています。

 ですから、我がカーネリアン公爵家にお手伝いをさせて頂きたいのです。

 両親も兄も祖父母も、みんなセーラ様やコールドン子爵家の皆様には口にできないほど感謝しています。そして何かの形でその恩に報いたいと以前からずっと願ってきたのです。

 ですから、どうかその願いを叶えさせて下さい」

 

 いや、そもそもやり直し前の人生で、実の兄レックスのやらかしの罪滅ぼしのために開発したのですから、恩返しだなんて本末転倒なんですが!

 私はそれをルイード様に伝えたのだが、

 

「レックスの件は以前の人生の時のことで、今の貴女には何の関係もない。

 

 今回のエメランタの申し出は当然のことで、父も前々から貴女へのお礼を考えあぐねていた。だからこちらの申し出をセーラ嬢が受け入れてくれると、とても助かる」

 

 こう言われてしまうと、断るわけにもいかなかった。

 

 カーネリアン公爵家からは、コールドン子爵家が『ヴァイカントの雫』シリーズの薬用化粧品や基礎化粧品を取り扱うための商会をつくることを提案された。

 そして結局それを立ち上げる手続きを全てお願いしてしまった。

 

 その上、名ばかりの商会長のお父様に代わって、実質トップで切り盛りする会長代理のカーリーさんを補助してくれる、優秀な人材までも紹介してくれた。

 しかも、化粧品や医薬品のための立派な研究所まで造ってくれて……

 

「先行投資ですから何も気にしないで下さい」

 

 そう言って、カーネリアン公爵は笑っていたとフランお兄様から聞いたが、その時の私の顔は恐らく引き攣っていたと思う。

 今になってから考えると、あの頃からフランお兄様とエメランタ様は想い合っていて、二人の身分差を埋めるために、公爵様が立てた戦略ではないかと思ったりもする。

 間もなくカーネリアン公爵家とコールドン子爵家は親戚になるのだから。


 子爵家に公爵家のご令嬢が嫁ぐなんて通常有り得ない。たとえ子爵家のご令息が飛び抜けて優秀であったとしても。

 しかし、この子爵家はご令嬢達の憧れの『ヴァイカントの雫』を製造販売している、近頃飛ぶ鳥を落とす勢いの商会の経営者だ。

 それ故に婚約発表をした時にはかなり騒然とはなったが、表立って批判する者達はいなかったようだ。

 

 そして今、その『ヴァイカントの雫』開発者がその子爵家の娘である私、セーラ=コールドン、第一王子の婚約者と分かった……

 

 もう両家の陰口を言う輩はいないだろう。そして、政局に興味があまりないご令嬢方でも、今後国王派と前国王派のどちらに付こうとするかは明らかだ。

 なるほど。パーティーの入場時間の変更を国王派貴族に知らせなかったのは、こういうことだったのね。

 国王派が来る前に、前国王派だけでなく中立派や無関心派にも、こちらに関心を持たせて囲い込むつもりだったんだ。

 

 私は知らないうちにそれに加担させられていたんだ。怖いわ、私の周りの人達って!

 そしてこのことに気付かないご令嬢方は、エドモンド様に上手に誘導されて、お話し会という名の講演会開催について、いつしか闊達な議論を始めていたのだった。

 

 

 ✽

 

 

 そして一時間ほど経っただろうか。エドモンド様の侍従がやって来て、耳元で何かを囁いた。するとエドモンド様は頷き、私の腰に手を回すと、

 

「皆さん、そろそろ私達は王族席へ移動します。皆さんと色々と意見交換ができて、とても有意義でした。

 またの機会を楽しみにしています。今後もよろしく」

 

 と挨拶をした。すると皆さんが頬を染め、少し興奮しながらこう言った。

 

「殿下やセーラ様とお話ができて、とても楽しかったです。これから皆様で、意見交換のできる場を作っていきたいと思っておりますので、是非お出でかけになって下さいませ」

 

 もちろんです。喜んで参加させて頂きますと私は答えた。忙しいエドモンド様は少し難しいかもしれないけれど、と付け加えはしたけれど。

 

 両親や兄達の方へ目をやると、笑顔で見送ってくれた。そしてその目は頑張れと言っていたので、私も笑顔でそれに応えたのだった。

 

 

 私はエドモンド様にエスコートされて、大広間の奥の王族の座るステージに上った。そこには既に王弟一家の方々やチャーリー殿下がいらした。

 私はカーテシーをし、皆様に挨拶をした。事前に聞かされていたのだろう。皆様驚くこともなく淡々と挨拶を返してくれたので、ホッと一息ついた。

 まあ、国王ご夫妻と違って情勢をきちんと見極めることのできる方々だから、エドモンド様の才覚を認め、次期国王になるのは誰なのか、既に認識しているのだろう。

 

「本来ならいつも一番最後に入場されるのに、何故こんなに早くいらしてるのですか?」

 

 挨拶の時にエドモンド様が王弟殿下にこう尋ねると、自分だってと笑いつつ、

 

「今日は面白いものが見られると聞いたんでね。どうせなら前座から楽しもうかと思ってね。

 ほら上段から眺めるのもあと僅かだしね」

 

 と王弟殿下は言った。王弟殿下は兄が国王になった時点で臣下に下るつもりでいたそうだが、二人の王子がいながらなかなか王太子が決まらない状態だったので、仕方なく王族に残られていたと聞く。

 しかし、私ははっきりとは聞かされてはいないのだが、恐らくエドモンド様が王太子になることが決まったのだろう。

 

「叔父上楽しそうですね」

 

「まあね。散々君達家族には振り回されて苦労させられてきたからね、最後に余興くらい見せてもらわないと割が合わないよ。

 まあ、私以上に君はもっと酷い目に遭ってきたとは思うけどね」

 

「まあそうですね。でもそうは言っても、叔父上は僕のことは嫌いではないですよね?」

 

 エドモンドの意味深な言葉に王弟殿下は、作り物ではない笑みを浮かべた。

 

「もちろん。嫌いどころか愛していたよ。不遜かもしれないが、君とチャーリーは兄よりもむしろ私に似ていると思っていたから、可愛かったよ。

 ただ、私が無闇に近付くと勝手に詮索して色々動く輩が出るだろう? 

 だから却って何もしない方が君達のためになるかと思っていたんだ」

 

「つまり、色々知っていたけれど黙認していたってことですか?」

 

「まあ、そうだね。王宮に引きこもっていたんじゃなくて、辺境地で鉱泉湯に浸かってたとか、親抜きで婚約してたとか、その婚約者と留学してたとか。

 私にも影はついているからね。

 だから君がわずか十二歳の時に国王派を半減させたと知った時に、私は臣下に下る決意をしたんだよ。

 それからずいぶんと待たされたから、私はかなりストレス溜まっているんだよ。だからそれを今日発散できるといいんだけどね」

 

「全部は無理かも知れませんが、かなり吐き出せるとは思いますよ」

 

 エドモンド様の言葉に、王弟殿下は目を細めて言った。

 

「そりゃあ楽しみだ」

 

 と。二人のやり取りを見て、確かにエドモンド様は国王陛下より王弟殿下に性格や雰囲気が似ている気がした。前の人生の時には気付けなかったけれど。

 

 そして王弟殿下から私へ顔を向け直したエドモンド様が、今度は私にこう尋ねた。

 

「さっき挨拶をしていた時、叔父上のところの第二王女と何を話していたんだい?」

 

「姫殿下は、今ニキビでとても困っていらっしゃるんですって。それで後で相談に乗って欲しいとお願いされました」

 

 私がこう答えると、エドモンド様は何故か懐かしそうな顔をした。そして私の知らなかった過去の話をまたしてくれた。

 なんとやり直し前の人生の時も、第二姫殿下はニキビで悩んでいて、たまたま従兄のエドモンド様にそのことを漏らしたのだという。

 その時エドモンド様は、ミモザ嬢に相談するといいよとアドバイスしたのだそうだ。

 

「これは絶対に秘密の情報なんだけれど、『ヴァイカントの雫』は、エメランタ公爵令嬢のためにミモザ嬢が開発した医薬美容品なんだよ。

 それなのにコールドン侯爵が娘の功績を奪ったんだ。考えてみろよ。あの遊び人で夜会で馬鹿騒ぎばかりしてる奴が、あんな画期的な商品を生み出せるわけがないだろう?

 疑うなら直接エメランタ嬢に聞いてみろよ」

 

 と言ったそうだ。

 そしてあの夜会の日、エメランタ様から真実を聞かされていた姫殿下は、私と話をしようとしていたらしい。

 しかしあの婚約破棄騒動が起きた。姫殿下は私を心配して後を追ってくれたらしい。

 そして廊下を走り去るメイドの後ろ姿を目撃した直後、階段下で倒れている私を見つけてくれたのだそうだ。

 

 もし姫殿下が私のことを気にかけてくれていなかったら、私は事故死として処理されていたかも知れない。

 姫殿下は私の死を悲しみ、バーバラや私の両親や国王派を憎み、密かにエメランタ様に王室の情報を流し、協力してくれていたのだという。

 

読んで下さってありがとうございました!


 いつも誤字脱字、それに名前の間違いの報告ありがとうございます!

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