第48章 失敗と成功
以前ルイード様とフランお兄様が同時に婚約を発表したのは、大きな話題が複数あった方が、注目が分散されるし、騒ぎが一度で済むと思ったからだそうだ。
特にカーネリアン公爵家にしてみればそうだろう。ご令息とご令嬢の婚約発表を別々にしていたら、いつまでも騒ぎが長引いて面倒だったろう。
そして今フランお兄様とご令息方が次々と爆弾発言をされたのも、きっと同じ理由。皆さんは結託されていたのだな、と私は理解した。
それに本来なら、私みたいな地味令嬢にこんな素晴らしいエドモンド様を奪われたら、ご令嬢方の大いなる怒りを買うのが当然だったろう。
ところが、私が皆様にとって憧れの商品である『ヴァイカントの雫』の製作者で責任者と知れば、むやみに攻撃してこない、そう計算したに違いない。
皆様、本当に策士ですね。でも本当に助かりましたと、私は心の中で彼らに感謝した。
やり直し前のパーティーでは、いつも私は針の筵の上に座っているような状態だった。
批判、軽蔑、哀れみ、憎しみ……そんな視線にさらされていた。ところが今回は違った。
エドモンド様のご友人(お仲間)のご令息方からは、殿下をこれからもよろしくと笑顔で言われ、ご令嬢方からは『ヴァイカントの雫』に関する質問攻めにあった。
私は質問してくるご令嬢方に向かってこう話した。『ヴァイカントの雫』は医薬品と同様に、症状がある時だけに使用して欲しいと。
どんなに素晴らしい薬でも、症状が出ていない時に使用すると、却って体に良くないのだと。
治癒して症状が改善されたら、薬ではなく、その良い状態を維持できるようケアに努めることが大事だと。
それには規則正しい生活に、バランスよい食事と運動。そして心の安定が何よりも大切だと話した。そしてその上でスキンケアとして基礎化粧品をお使い下さいと。
私の話を皆さんは真剣に頷きながら聞いてくれた。そしてまた美容と健康に関する話を聞かせて欲しいと、山のようなお茶会のお誘いを受けてしまった。
これまで一度もお誘いを受けたという経験がなかったので、本当に嬉しかったのだが、それらのお誘いを全部受けるというのには無理がある。と困っていると、エドモント様が助け船を出してくれた。
「皆さんのお誘い、本当にありがとうございます。しかし、皆さんのパーティーに全て参加していると、私との時間が全くなくなってしまいます。ですから個人的なお誘いは、どうかご容赦下さい。
そこで、皆さんにお願いがあります。皆さんで話し合って、月に一回程度持ち回りで、美容と健康、それ以外でも皆さんの興味のあることについて、多くの方々が語り合える場を作っては頂けないでしょうか。
それをお茶会のような形にしてしまうと、それを負担に感じてしまう方もいらっしゃると思うので、場所だけ提供して頂くというスタイルで。
そんな気楽な集まりでしたら、お后教育中でも、セーラ嬢も参加が可能だと思うし、皆さんもご負担が少なくなるのではないですか?」
「でも、セーラ様がおいで下さるとなったら、たくさんの方がいらっしゃると思います。そんな多くの参加者をお呼びできるのは、限られたごく少数のお家の方々だけではないのですか?」
一人のご令嬢が恐る恐るこう言った。すると、エドモンド様はその質問に満足するように頷いた。
「確かにそうですね。良いところに気付かれましたね。では、皆さん、それでは一緒に考えてみましょう。どう対処すれば彼女の疑念を払拭できるかを」
エドモンド様のこの言葉に、ご令嬢方は固まった。
この国の教育は教師が生徒に一方的に知識や技術を教え与える形式だったので、分からないことを質問することはあっても、自ら考えて新しい答えや解決策を試行錯誤する、という発想や経験がないのだ。
しかし、私達が留学していた隣国の教師達は違っていた。もちろん基本はしっかりと教えるが、生徒が自らの頭で考え、挑戦して失敗しながら習得することができるように指導していた。
このような学び方は一見すると無駄なことをしているようだが、案外そこから意外な新しいものを発見したり生み出すことも多い、とても素晴らしい教育法だ。
やり直し前の人生で私が『ヴァイカントの雫』を完成させることができたのも、この隣国の考え方を留学を終えて戻ってきたエドモンド様から教えてもらっていたからだった。
そして失敗しても失敗しても試行錯誤を繰り返して実験した結果、ようやく『ヴァイカントの雫』を生み出すことができたのだ。その後発売した他の商品もそうだ。
そこで経験者として私はこう語りかけた。
「『ヴァイカントの雫』を完成させることは本当に大変でした(過去の人生においてだが…)の。
何度も何度も失敗して、その度に色々な人からアドバイスを受けて試行錯誤を繰り返して、そしてようやく完成させることができたのです。
しかも、失敗したことで得たことが、別の商品を作る時に役に立ったこともあるので、それらの失敗も決して無駄ではありませんでした。
それと同じことで、皆様からの意見や感想を聞くことはとても大切なことです。今でなくてもいつかその話のおかげで助けられることもあると思います。
ですから私としてはそんな話し合いの場ができましたら、是非参加させて頂きたいと思います。
しかしそういう場はサロンのような形でなくてもいいと思うのです。
だって、この王城の大広間だって、参加者全員分のソファーや椅子があるわけではないでしょう?
ですから、体調がすぐれなくなった方や疲れた方が休める程度の椅子が最低限あれば、他の健康な皆様には立って過ごして頂ければいいのではないでしょうか?
そしてそこに入れる人数の方だけを取り敢えずお呼びして、他の参加希望の方は翌月の集まりの時に優先してお呼びするようにするとか……
まあこれは、一つの仮の案として考えて頂きたいのですが」
「ええと、私の家の屋敷は狭くて、あまり人をお入れすることができません。ですが庭は広いのです。芝生ばかりで立派な花壇はありませんが。開催場所はそんな屋外の場所でもよろしいのでしょうか?」
先程のご令嬢がまたもや周りを気にしながらも、再び口を開いた。彼女は子爵令嬢だ。高位貴族のご令嬢達もいる中で発言するのはかなり勇気がいることだ。
口元を扇子で隠して眉間にシワを寄せているご令嬢が何人かいた。まあこの国ではそれも当然の反応だとは思う。
しかしせっかく見つけた見どころのあるご令嬢を、ここで潰されないようにするために私はこう答えた。
「お庭に集まってお話し合いするなんて、とても素敵ですね。ガーデンパーティーと同じですね。
気候が良くて天気が安定した季節に是非とも開催して頂きたいわ。
皆様につばの大きな帽子をかぶり、日傘をさして参加して頂ければ何の問題もありませんもの。
もしそれが実行された際には、我が家の商会から『ヴァイカントの雫』の日焼け予防クリームのサンプルを提供させて頂こうと思いますわ」
「皆様、ご安心下さいな。私はお日様アレルギーで、以前は昼間のお散歩はできませんでしたの。でも今はそのクリームを塗って日傘をさせば、全くアレルギー症状は出ませんのよ。
皆様も『ヴァイカントの雫』の日焼け予防クリームさえ塗っておけば、お庭で過ごしても日焼けの心配はありませんわ」
私の言葉の後にすぐさまエメランタ様がこうフォローして下さった。
「おいおい、それじゃ、まるで営業トークだよ、エメランタ。いくらヴァイカント商会の副会長の一人とはいえ」
するとそこにルイード様が茶々を入れた。するとご婦人達は瞠目した。
そうなのだ。実は一年ほど前、フランお兄様とエメランタ様がまだ婚約する以前に、お父様が『ヴァイカントの雫』シリーズを取り扱う商会を立ち上げてくれたのだ。
そしてフランお兄様とエメランタ様が婚約後正式に二人で副会長になっていたのだ。もっとも一番の責任者は、元侯爵領の方の執事カーリーさんなのだが。
元コールドン侯爵邸の離れにある執務室で、執事のカーリーさんが私の代わりに商品の取り扱いをしてくれていたのだ。
商品製造の方の責任者となっていたエメランタ様や販売のサポートをしてくれていたフランお兄様と協力しながら。
もちろん他の使用人の皆さんも手伝ってくれていた。
しかし『ヴァイカントの雫』シリーズが予想以上に大ヒットしてしまい、カーリーさん達の負担が増えてしまった。私は留学中で商品開発にしか関与できなかったし。
しかし二年ほど経って、『ヴァイカントの雫』がコールドン子爵領で製造されていることが世間に知られるようになってしまった。
子爵家の方にも商品が欲しいとか、商品の取り扱い店にしてくれとか、そんなことを希望する手紙や面会希望者が殺到するようになった。そのせいで、子爵家の本来の業務が妨害されるようになってしまったのだ。
それを聞いた時、私は真っ青になったのだった。
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