第47章 根回し
国王陛下の即位十周年記念パーティーの日の二日前、私達は王都に到着した。コールドン子爵家のタウンハウスの使用人達は、私達を見て驚愕した。
単なる当主一家のご帰還だと思って準備していたのに、跡取り令息の婚約者である公女様と、その公女様の義理の姉になる予定の伯爵令嬢までやって来たからだ。
しかもそれほど広くないお嬢様の部屋に一緒に泊まると言い出したので、使用人達は戸惑った。
何故皆様格下の子爵家へ? カーネリアン公爵家にお泊りになればよろしいのでは? それに何故客間ではなくお嬢様のお部屋に?
皆さんの気持ちはよくわかる。
しかしキャリーさんは、
「王城に着くまで、私にはセーラ様の護衛をするという義務がある。公爵令息の婚約者だからといって、のほほんとはしていられない」
と主張した。
するとエメランタ様まで、領地では既に子爵家で暮らしているのに、王都では別だなんておかしいと言って聞かなかった。
「私はセーラ様の護衛ですから、セーラ様の部屋でゴロ寝するのでご心配なく」
とキャリーさんが言えば、エメランタ様まで、
「私はお二人のどちらとも姉妹になる予定なのですから、同じ部屋で問題ありませんわ。私はセーラ様と同じベッドで構いません。
いいですよね、セーラ様?」
と言ったので、私も恐れ多いとは思いつつも、とてもじゃないがお断りできるはずもなく、頷くしか手がなかった。
そしてその結果、王城のパーティーに初参加するという緊張しまくる筈の二日間を、まるで女子会のような雰囲気のままに楽しく過ごすことができた。
もしかしたらお二人は、私の緊張をほぐすために子爵家に泊まって下さったのかも知れない。
ちなみにキャリーさんは、もちろん私の部屋に持ち込まれた客用ベッドで休んだ。何度も野営訓練をしているキャリーさんは、本気で要らないと言っていたようだったけれど。
因みに護衛訓練を受けていた私も、ベッドはエメランタ様にお譲りしても一向に構わなかった。しかし、初めてこの屋敷の令嬢として戻ってきたのに、ゴロ寝はないでしょうと二人に言われてしまったので止めておいたのだった。
こうして私達は、思いがけずに和やかな雰囲気の中で決戦の日を迎えた。
日が暮れかかった頃、コールドン子爵家の前にカーネリアン公爵家の立派な馬車が停まり、ルイード様が降り立った。そしてキャリーナ様をエスコートして再び馬車へと向かった。
それはもう満面の笑みを浮かべ、誇らしげに。
しかし馬車に乗り込む前に、ふと思い出したかのように、エメランタ様とフランお兄様に目をやって、
「君達も一緒に乗って行くかい?」
と、取ってつけたようにルイード様が言ったので、エメランタ様は苦笑いをしながら断わっていた。
「お二方のお邪魔をしたら、後でどんな嫌がらせをされるかわかったもんじゃないわ」
ボソッとエメランタ様が呟くのが聞こえた。
まあ、ほとんど一緒にいるフランお兄様とエメランタ様、そして殿下と私と違って、あのお二人は遠距離恋愛だったのだ。お二人だけにして差し上げた方がいいよね。
それにしても、シスコンではない、と言っていたルイード様の言葉は本当だったみたいだ。
ルイード様があんなに蕩けるような甘い顔を見せるだなんて、全く想定外。良いものを見せてもらえたと私は思った。
ルイード様達が出発された後時を空けず、コールドン子爵家の馬車でフランお兄様とエメランタ様が出発した。
そしてその後暫く間が空いてから、紋章も何も無い馬車が三台やって来て門先に停まった。御者はエドモンド様の影を務めるウッディさんとモーリーさんとボリスさんだった。
エドモンド様の側を離れて大丈夫なのかしらと、私は少し心配になった。
両親に続いて私はモーリーさんにエスコートされて、二台目の馬車に乗り込んだ。そして驚いて目を見開いた。
地味な外装とは違って中から見ると、相当頑強な作りになっていることが一目瞭然だったからだ。
「殿下がいかにセーラを大切に思って下さっているのかがよくわかるわね。すごい重装備だこと」
お母様が感心したように言うと、お父様も頷いた。
「まあ、殿下がここまでする気持ちもわかるよ。たとえ今は力が弱くなってきているとはいえ、人間追い込まれると何を仕出かすかわからないからな。
それに、以前の事を考えると、念には念を入れておきたいのだろう」
「ええ、殿下のそのお気持ちは私にだってわかりますわ。
でもね、身内である貴方の前でこう言うのも憚られますが、周りが思っているよりももっとずっと、あの方達は愚か者だと思いますけれどね。
おそらく自分達の状況を全く理解していないと思いますよ。まあ、アノ娘も含めてね」
お母様は少し悲しそうな顔でそう言った。お父様と私も複雑な気持ちになって俯いた。
どんなに心を尽くしても通じない相手を想うことは苦しい。それが縁の切れない身内ならなおさらだ。
それでも切り捨てなければいけない。国のため、国民のため、そして愛する人を守るためには……
そして私達がどうにか気持ちを奮い立たせた頃、馬車は王宮にたどり着いた。
そして扉が外から開けられると、そこにはなんとエドモンド様が立っていた。しかも先ほどのルイード様に負けていないほど満面の笑みを浮かべて。
見慣れているはずなのに、その美しいご尊顔に私は立ち上がりながらクラッとしてしまった。
「屋敷まで迎えに行けなくてすまなかった」
「いいえ。お忙しい中、このようなところまでお迎えに来て下さってありがとうございます。嬉しいです、殿下」
私はエドモンド様の手を取って馬車から下りた。すると、両親の前だというのにギュッと強く抱き締められた。そして耳元で、
「一月ぶりに会えて嬉しいよ、セーラ嬢」
と言われた。だから少し恥ずかしかったけれど、私もですと答えた。しかしお父様の咳払いが聞こえたので、私は慌てて体を離したのだった。
「普段の国王主催の夜会はね、下位の者から順番に名前を呼ばれて入場するんだ。
でも今日は違うんだ。到着した順に入場して構わないんだ。だから、もう入場しよう。友人達に早く君を紹介したいからね」
馬車止めから王城の大広間のある建物へ向かう道すがら、エドモンド様からこう言われて私はすぐにピンときた。
普段の入場の仕方だと、エドモンド様が私をエスコートして入場するのは難しい。だって王族は最後に登場するものだから。でも、順番が決められていないのならそれも可能だろう。
エドモンド様と共にパーティー会場である大広間に入ると、そこには既にそこそこ人がいて、しかも中央に固まっていた。
おそらくこのところ噂の中心だった話題の人物達の周りを、皆が囲んでいるのだろう。
「お似合いだわ。悔しいけれど」
「なんてお綺麗な方々なんでしょう。目が眩むわ。悲しいけれど」
「信じたくなかったけれど、これで諦めがつくわ。ええ、ええ、仕方ないですわ」
周りから聞こえてくる声はみな肯定的なようだったのでホッと胸を撫で下ろした。
まあ、あの方々を見て異議を唱えることのできる人って、よほどの自信家か愚か者くらいよね。そんな人間なんて一人くらいしか思い付かないけど。
私がそう思った時、その人溜まりの中から私の名を呼ぶ者がいた。
「セーラ、皆に君を紹介するからこちらに来なさい」
フランお兄様の言葉に周りの人々が一斉に私達を見た。そして絶句し、ざわついていた大広間が一瞬にして静かになった。
エドモンド様にエスコートされてフランお兄様達の側まで近づくと、お兄様は極上の笑みを浮かべてこう言った。
「皆様、こちらにいるのが私の妹のセーラ=コールドンです。長らく隣国へ留学しておりましたので、今日が社交界デビューとなります。何卒よろしくお願いいたします。
それから、彼女は『ヴァイカントの雫』の開発者であり責任者でもあることをお伝えしておきます」
「「「エーッ!!!」」」
大広間の中に驚きの声が上がった。それはフランお兄様の妹が私のような地味な令嬢だったからなのか、それとも『ヴァイカントの雫』の開発者がこんな小娘だとわかったからなのか。
そもそもその声はほとんどご令嬢方から上がったもので、何故かご令息方は平然と微笑んでいた。
そしてその彼らが次々と発言し出した。
「エドモンド殿下、この度は無事留学から帰国されたことを心よりお喜び申し上げます」
「首位の成績でご卒業されるとはさすがエドモンド殿下。我が国の誇りです」
「隣国の国王陛下とも懇意になさっていて、間もなく友好通商条約も締結されるとお聞きしました。
これによって今後ますます両国の交易は盛んになることでしょう。
これは全て殿下の功績です」
「それに『ヴァイカントの雫』は、隣国にしかない原材料がないと作れないそうですが、それを輸入できるようになったのは殿下のおかげだと聞いています。
あんな素晴らしい商品を生み出して頂いて、本当にありがとうございました」
「いや、あれは……」
「わかっております。『ヴァイカントの雫』は、殿下と殿下の最愛の婚約者であるコールドン子爵令嬢との合作。愛の結晶ですよね」
「「愛の結晶?!」」
私とエドモンド様はその恥ずかしい台詞に同時に驚きの声を上げたが、周りの悲鳴というか叫び声というか騒音に紛れて誰にも聞こえなかったことだろう。
そりゃあ六年ぶりだもの、私をエスコートしてくれている男性が、エドモンド様だなんて気づかないわよね。普通……
王宮の奥深くでずっと引きこもっていたと思っていた第一王子が、いつの間にか隣国へ留学していた。
そして卒業して戻ってきたら、こんなにも見目麗しくて美丈夫だった。しかもその上、頭脳明晰で有能な青年となっていたのだ。
ところがそんな王子が既に婚約していて、その相手がこんな地味な子爵令嬢だなんて、そりゃ誰でも驚くよね。
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