第46章 秘匿された事件〜エドモンド王子視点(13)〜
王都警備騎士団の副団長は、直ぐ様近衛騎士団の副団長へ、僕達から得た情報を伝えてくれた。
その後急ぎ調査したところ、近衛騎士の半数がこの栄養ドリンクという名の強壮剤を飲んでいたそうだ。
そしてその中の三割の騎士が未だに興奮状態にあることがわかり、その者達にはすぐにセーラのアドバイス通り安定剤が処方された。そして三日間の静養が命じられた。
それから近衛騎士の不足を補うために、違う部署から騎士達を回すように指示が出されたので、なんとか危機を回避することができたみたいだった。
そしてようやく一段落した後、王都警備騎士団の副団長は、自分の上司や近衛騎士団長と共に、今回の騒動の顛末を国王に説明しようと王宮に出向いたらしい。
もう一つの薬についても早く忠告しなければと思いながら。
ところがその時僕らは知らなかったが、時すでに遅しだったのだ。
しかし、その後隣国は動かなかった。
調査した結果、やはりアースレア国王からの贈り物には毒性がなかったからだろう。そう。近衛騎士や国王にたまたま副作用が出ただけだったからだ。
本来ならその副作用の件は、製造元に連絡して注意喚起をしてやる方が良いのだろうが、そこまでしてやる義理はないと、国王は判断したようだ。
それは一種の意趣返しだったと思う。いずれ己の国の中で副作用に苦しむ者が出てくれば何か対策をとるだろうと。
しかしまあ僕としては、なんの罪もない自国民に地獄のような苦しみを与えたくはなかったので、祖父にこの件を伝えて、強壮剤の方だけは問答無用で販売中止にしてもらった。
ただし頭皮薬の方は、その時点でその副作用のことを知らなかったので、調査をした方がいいと注意喚起しただけだった。
隣国の国王は騒動後も臣下の前では冷静さを保っていたようだが、腹の中では相当怒り狂っていたのだろう。
だからそれから半年後、今度は自国にアースレア王国の国王が訪問してきた時、態々留学中の僕まで呼び付けて、あの国王は無言のまま、激しい憎しみの目をこちらに向けてきた。
そして突然自ら自分のカツラを取り外し、それを僕達に見せつけた。
その瞬間僕ら親子が命の危機を感じたの当然のことだろう。国王の頭は、見事なバーコードになっていたのだから。
僕は国王との謁見の後、呆然とする父親のことなどは無視して、すぐにセーラ嬢の元に急いだ。そして国王陛下の状態を説明した。
それから『ヴァイカントの雫』薬用化粧品シリーズの中の頭皮薬を手にして、再び国王との謁見を求めたのだった。
僕とセーラが事細かく説明した後もまだ訝しがる国王に、調べて貰えれば『ヴァイカントの雫』の効果、評判はすぐに本当のことだとわかると思います、と僕達は必死に伝えた。
すると国王はそんな素晴らしい商品があるのなら、何故別の商品を自分に手渡したのだ!と睨んだ。
その当然の疑問に、僕は恥を忍んで父親とコールドン侯爵の関係を語ったのだった。
そして、父の訪問から二か月後、再び王宮に呼び出された僕は、以前とは違い、満面の笑みを浮かべた国王に歓待された。
国王の髪は以前よりふさふさしていた。しかも烏の濡羽色の髪は艶があって煌やいていた。あれはカツラじゃないなとすぐにわかった。
「君の言葉を素直に信じれば良かったよ。いや、副作用が出た時にカツラなどで隠さずにいたら、君達がすぐに気付いて対処してくれて、三か月も汗疹で痒い思いをしなくてすんだのにな。
まあ、その汗疹もあの頭皮薬で治ったのだがな」
「本当にご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」
僕は再び頭を下げた。懐の大きな方で本当に良かった。
「いやいや。怪我の功名だよな。一度失った髪が再生したかと思ったら、以前よりフサフサしてきたんだからな。
あの『ヴァイカントの雫』という名の頭皮薬をもう少しわけてもらえないだろうか」
「はい、もちろんでございます」
「家臣どもが私の髪を見て羨ましがるので分けてやろうと思うのだ」
国王の言葉に、僕は恐れながらと言葉を発した。
「申し訳ありませんが、他の方にお譲りするためと言うのなら、その頭皮薬はお譲りできません」
「何故だ?」
国王が目を剥いたが怖くはない。
「その品は医薬品と同じく医師や薬師の処方箋がなければ売ったり譲ったりできないのです」
「だが、私には処方無しだったではないか! あの時侍医などはいなかったぞ」
「しかし、あの場には私専属の薬師がいたんです。そして陛下には『ヴァイカントの雫』が必要だと判断したんです。汗疹も酷かったですし」
「なに?」
「私の護衛騎士はこちらの国で正式な薬師の資格を取りました」
「君の護衛騎士は確か兵站学や衛生学の画期的な論文を発表していたな」
「はい。彼女は私の護衛騎士で薬師で『ヴァイカントの雫』の開発者で、そして私の命より大切な婚約者です」
「!!!」
✽✽✽
僕が話し終えると、祖父が両親に言った。
「お前達が即位十周年記念イベントだ、パーティーだと呑気なことをしていられるのは、全てエドモンドとコールドン子爵令嬢のおかげだということだ。
二人がいなければ、お前は間抜けな臣下に利用された愚かな王だと、近隣諸国に知れ渡るところだったのだぞ。
いや、そんな甘いもんじゃないな。たとえ毒ではなかったとしても王宮並びに王城を守る近衛騎士を、たとえ数日であろうと使いものにならなくしたのだ。
これを侵略行為だと見なされて、お前の退位を要求されても文句が言えないくらいのことをしたんだぞ。
もし戦になって負けでもしていたら、お前は責任を取らされて、良くて幽閉悪くすれば処刑されただろう。
それでなくても、お前は隣国の王に大恥をかかせて恨みを買っていたのだから、公開処刑にされただろうな。
それを隣国の王がエドモンドの顔を立てて堪えて下さったのだ」
「エドモンドの顔を立てるとはどういう意味ですか?」
「次期国王になるエドモンドの父親が、愚かな真似をして失脚して幽閉や処刑されたら、やはり汚点だろう?
だからエドモンドの名誉のために、お前が自ら退位するならば、前回の失態を不問に付すと、手紙を下さったのだよ」
「エドモンドはそこまで隣国の王に認められているのですか……」
父は呆然としてこう呟いた。確かにこの前のことでは父は僕に多少は感謝していたのだろうが、所詮僕や弟のことなんて関心がないから何も知らないのだ。
悪人ではないが、自分のことにしか関心のない子供のような人だ。
前の人生では父が悪人だと思っていたから、クーデターを起こして王位から引きずり下ろして幽閉した。
しかし、できれば悪事に手を染めさせたくはない、そう言ったセーラの願いがあったからこそ、コールドン侯爵と距離を取るように仕向けたのだ。
まあ、これは賭けだったのだ。僕自身はそれほど期待はしていなかったのだ。
しかし、王宮の花壇がケーシンの可憐で鮮やかな真っ赤な花に覆われているのを見た時、祖父の手紙に書いてあった通り、コールドン侯爵とは手を切ったのだということがわかった。
もしまだ繋がっていたら、父は王宮の花壇にこのケーシンの種など蒔かずに、コールドン侯爵に手渡していただろうから。
さすがに呑気な父も、他人から手渡されたものを簡単に信じてはいけないと悟ったのだろう。
帰国した父は、変装した僕に手渡された植物の種を調べさせたという。
そしてその上で王宮の花壇にそれを蒔かせたのだという。この植物は花も種も門外不出という掟を態々作ってまで。
そこまでしてもケーシンの花は父の心に何か影響を与えたのだろうか。
「エドモンド一人ではなく、セーラ嬢込みってところかな。
二人が結婚をして王位に就いたなら、友好条約を締結しようと、言ってきてるからな」
祖父のこの言葉に父は信じられないという顔をした。
「何故あの地味で爵位の低い娘をそんなに評価しているんですか?」
「お前はさっきのエドモンドの話を聞いていなかったのか?
隣国は、我が国最大の難点である国境問題も共に解決してくれると申し出てくれている」
「どういうことですか?」
「関所周辺の魔物を協力して退治してくれるというのだよ。
我が国との貿易が増えたら、国境の安全は両国の問題だからと。
あちらはセーラ嬢の開発する商品に大いに興味があるようだからね」
祖父の言葉に両親は瞠目した。
「お前が愚王だと呼ばれるのは、王として必要な人材の本質を見抜く力がないことだ。
お前にとって重要なのは目に見える容器だけだ。そして大切な中身の方を寧ろ蔑ろにしている。美しい包装紙だけを大切にして、肝心の中身を疎かにしているのだ。
セーラ嬢はエドモンドの苦しい時大変な時に側にいて、一緒に苦しみ、共に助け合ってきてくれた。
しかしお前が見かけで選んだ妻は、お前が苦しい時に支えてくれたのか? 助けてくれたのか?
聞くまでもなかったな。もしお前の妻が助け船を出してくれていたのなら、今お前がこんな状況になることはなかっただろうからな」
祖父の言葉に両親は項垂れた。そして暫く間を空けた後で、小さな声でこう呟いた。
「明日のパーティーでエドモンドを王太子に指名します。そしてエドモンドが成人になる一年後、セーラ嬢との成婚と同時に王位を継承させることを発表します」
と。
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