第45章 〜エドモンド王子視点(12)〜
エドモンドとセーラが、変装して隣国でどんなことをしていたのか、それがわかる話です。
僕は前国王の私的なサロンへ招き入れられた。ここは一見するとオープンな感じがするが、その実王宮の中でも一番機密が保たれている部屋だ。
そこで僕は留学の報告をした。その内容は既に手紙で詳しく前国王や前王妃である祖父母には伝えておいた。
おそらくチャーリーにも大事なことは伝わっていたのだろう。三人はそれを淡々と聞いていた。
ところが両親である国王と王妃は、初めて聞くことばかりで驚嘆していた。
そして僕が、セーラ嬢と神の前で誓約式を行ってから一緒に隣国へ留学していたと知った時は、二人揃って激怒した。
国王と王妃、いや両親にそんな重要なことを知らせず、勝手にそんなことをするなんて許せない。そして、子爵家の地味な令嬢との婚約など認めないと。
しかし例の隣国の国王への土産の顛末を知った両親は、顔面蒼白になった。
「隣国の国王陛下が酷くご立腹だったことは、父上もご存知ですよね。僕はあの場で抹殺されるのではないかと、本当に怯えましたよ。
父上も報復を恐れていたんじゃないのですか?」
「ああ。あの時は本当に戦争になるのではないかと真剣に考えた。そのことは確かにお前に感謝しているが、それとコールドン子爵令嬢との婚約の話は別だ」
父は苦虫を噛み潰したような顔で言った。しかし僕は違うと首を振った。
「いや、それがそうじゃないんです。実はあの件が争い事にまで発展しないで済んだのは、セーラ嬢のおかげだったんですよ」
僕はずっと言いたかった真実を両親に話した。
✽✽✽
約一年前に隣国の国王が我がアースレア王国を訪問された。そして彼が帰国する際に国王である父が、コールドン侯爵が準備した土産を陛下に自ら手渡したのだ。
それがコールドン侯爵領の施設で製造された頭皮薬と栄養ドリンクという名の強壮剤だった。
コールドン侯爵は幼なじみで優秀だった、かかりつけ医のハッサン先生を解雇した後、口だけ達者な怪しげな医者を雇い入れていた。
そして彼の口車に乗って新薬の製造を始めたのだ。
まあ、そのどちらの薬も目の付けどころは悪くはなかった。
強壮剤は男性にとってはいずれ誰しもが必要不可欠な物になるらしい。
そして、人を評価する際に美醜が大きな割合を占めている我が国においては、男女共に『髪は紳士淑女の命』だと思い込んでいる者達も多いと聞くし。
特に男性はどんなに容姿が整っていても、頭髪が薄いと、やはり……と思われてしまうらしい。
だからこそ多くの紳士がカツラを所有しているのだが、できるなら自分の毛の量が戻ったり、また生えてきたら嬉しいと思うに違いない。
だからその薬に本当に効果があるのならば、どんなに高価であろうと入手したい、と誰もが思うはずだ。
セーラが生み出したあのヒット商品の『ヴァイカントの雫』シリーズの薬用化粧品のように。
そしてコールドン侯爵の作った頭皮薬には確かに増毛効果があった。
しかし、それは万人向けではなかった。ある人達には確かに増毛効果が見られたのだが、一部の人には効果が出ないどころか、強い副作用が現れたのだ。
隣国の国王は、手土産にもらった栄養ドリンクを、自分には必要がないと、いつも忙しい思いをしている部下達に配った。そして頭皮薬だけを使い始めた。
隣国の国王から直々に手渡された薬だから、危険性はないだろうと判断したのだ。
国王の頭髪は確かに薄くはなっていたが、まだはげていたわけではなかったので、それほど薬を必要としていたわけではなかった。ただせっかく贈られたものだし、予防効果があるならばと、それほど効果には期待せず試しにみることにしたのだ。
ところがだ。
最初にその増毛薬をつけた時、少しピリピリするなとは感じた。そしてその後頭皮がカッと熱くなった。しかしそれは血行が良くなったからだと国王は思ったという。
そしてそれから数日後、王城である事件が起きた。
その日、王城の中庭では、近衛騎士の大規模演習が行われていた。それは偶数月に必ず行う恒例行事で、平常時でも油断しないように士気を高めるためのものだった。
ところがその日はいつにも増して騎士達は高揚し、今まで見たことのないような力強いパフォーマンスを繰り広げ、見物人を大いに興奮させていたという。
しかし、それを騎士科の友人達と見学していたセーラ嬢が、コンドミニアムに戻ってから僕にこう言ったのだ。
「あの方達は普通じゃなかったわ。まるで薬を飲まされてハイになっているみたいだったわ。この後その反動がこないといいけれど」
その言葉で僕は、一月前に父がこの国の国王に贈ったという栄養ドリンクのことを思い出した。まさか栄養ドリンクって本当は……
栄養ドリンクとは強壮剤の隠語だったに違いない。
しかし、父の思惑とは違いこの国の騎士達は真面目で、本来の目的のためにアレを飲んだのだろう。騎士としてのパフォーマンスを向上させるために。
僕は以前父から送られてきたその栄養剤をセーラに手渡した。
父は僕がまだ病弱だと思っていたから、我が国で人気だというその栄養剤を送ってきてくれたのだろう。普段子供になんて無関心だったのに珍しく。
しかし飲む必要もなかったので、ずっとしまっておいたものだ。
セーラ嬢はその成分表を見て真っ青になった。どうも毒ではないが、人によっては服用すると危険な副作用が出る恐れのある、そんな植物が含まれていたらしい。
もし多くの近衛騎士が体調を崩したら、いざという時の王城の警備は一体どうなるのだ!
そしてそんな事態を引き起こした我が国はどうなるのか!
僕達は密告者に偽装して、知り合いになった王都警備騎士団の副団長に会いに行った。そして例の栄養ドリンクの副作用についての情報を伝え、その対処法を伝授した。
「何故、そんなことを態々教えてくれるんだ。見返りはなんだ?」
「見返りなんて求めてはいないよ。あんた方は麻薬組織を潰してくれた。それに対する礼とでも言えばいいですかね。
昔この国の麻薬組織のせいで、俺は愛する恋人を失ったんだ。だからどうしても組織を潰したかった。しかし俺達だけじゃ到底無理だろう?
だからその情報をあんた方にリークしたんだが、正直本当に動いてくれるとは思わなかった。
今回はその時の礼だ。こんなつまんない事でこの国が危うくなったら寝覚めが悪いからな。
それと一つ付け加えるなら、隣国の国王は意図的にこの国に害を与えようとした訳じゃないと思う。あの薬は別に毒じゃないからな」
「だが、麻薬の一種なんだろう? あんなに気分を高揚させておいて、後で元々の体力まで奪ってしまうだなんて」
「いいえ、麻薬でもないと思いますよ。本当にただの強壮剤だと思います。ただ効能に個人差があって、効き目が強く出る人間がいるみたいですね。さっき成分表を確認しました。
まあ、治験が足りなかったんでしょう。国王はそれを知らず、側近が準備した土産物をただ手渡しただけのようですよ」
薬師に扮したセーラが僕のフォローをしてくれた。すると副団長はニヤッと笑った。
「お前ら、いつもやばいことに足突っ込んでるくせに、何平和主義者気取ってるんだよ。
まるで戦争にならないように両国をフォローしようとしてるみたいだぞ」
「そんな大層なこと考えちゃいませんよ。実のところ、隣国の国王がどうなろうと知ったこっちゃないんです。親友だからといってクズ男に騙され利用されているという、そんな噂まである愚王なんて。
だけど、戦争になって苦しむのは一般の庶民ですからね。上のやらかしでなんの関係もない人々が辛い想いをするのが嫌なだけです。
俺も以前戦時下で過ごした経験があるんでね」
「そうか……そうだよな。
わかった。戦争回避に向かって俺も動いてみるよ。じゃあ急ぐから、またな!」
王都警備騎士団の副団長がそう言って、路地裏の賑やかな食堂を出ようと腰を上げた。するとその時、彼に向かってセーラが小さな声でこう言った。
「隣国の国王が贈ったというその薬の製造元、何だか怪しそうですよ。
陛下へ贈られたというもう一つの薬の方も、使用しない方がいいかも知れませんよ」
と。
それを聞いた副団長は顔色を悪くし、急いで出て行ったのだった。
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