第42章 帰国と再会
そしてとうとう私達は留学を終えて母国へ帰国した。
コールドン子爵領にある税関を通って領内に入ると、以前帰省した時よりさらに人が増えて活気づいていた。
私と違って四年振りのエドモンド様は、話には聞いていてもやっぱり実際に目で見た感じが違ったらしく、すっかり変貌した領内の様子に大きく目を見開いていた。
私達はまず旧コールドン侯爵領の屋敷へ向かって、懐かしい面々と再会した。
私の母親代わりのマーシャさん、父親代わりの執事のカーリーさんと奥さん、祖母代わりの侍女頭のアリエッタさん……みんな変わりなく元気そうで本当に良かった。
でも、大人にとっての四年はあまり変化がないが、子供の四年は違う。
カーリーさんのオムツをしていた末っ子坊やはかなりの腕白坊主になっていて元気に庭園内を駆け回っていた。まあ、偶にこっそり帰国していたので、その成長過程は見ていたけれど。
それにしても、ランディー坊やはわずか五歳で既に叔父さんになっていた。
彼の一番上の姉で、私にとっても姉同然の侍女見習いだったエリスさんが、今では立派な侍女になっていた。
しかもお父様の従者のバルクオムさんと結婚して、かわいい女の子のお母さんになっていた。
「ツルツルプクプクしていてなんてかわいいのかしら」
私は父親のバルクオムさん似の、丸々と元気で愛らしい赤ん坊をあやしながら言った。
すると以前より増々美しくなったエリスさんがニッコリと笑って言った。
「それもこれもみんなセーラお嬢様やエメランタ公女様のおかげです。
鉱泉露天風呂に入って、クリームを塗ったら、おむつかぶれにはならないし、いつもツルツルです。
でも、会う人ごとに娘が頬擦りされるのがちょっと。バルクオムが凄く不機嫌になるので」
いつも無口で無表情だったバルクオムさんが娘さんのことで焼きもちを焼くなんて。しかもまだ赤ちゃんなのに。あまりにも意外で驚いてしまった。
あれ、ニキビでブツブツだったバルクオムの肌もスッキリしていた。
二人が結婚したと聞いた時は美女と野獣だなと思っていたのだが、案外お似合いの素敵な夫婦に見えた。
この鉱泉のことは未だに秘密だ。私達は二日間ここに滞在し、久しぶりにゆっくりと露天風呂に入り、化粧品工場などの施設を見学した後で、コールドン子爵家に帰った。
そこで私達は両親や兄だけでなく、カーネリアン公爵家のご兄妹からも歓待された。
フランお兄様の婚約者のエメランタ様は既にここで暮らしている。だから彼女がいらっしゃるのは当然なのだが、王都にいるはずのルイード様まで何故ここに?と私が疑問に思う間もなく、ルイード様がキャリーさんに抱きついた。
あまりの信じられない光景に私が驚嘆していると、エメランタ様が
「やったわ! セーラ様を驚かすことに成功したわ!
お兄様とキャリー様は婚約されたのよ」
と歓声を上げた。すると、周りからも笑い声が湧き上がった。エドモンド様を見ると、やはりニコニコに笑っていた。
えーっ!
私は驚き過ぎて声も出ず、心の中で叫び声を上げた。いつの間にそんなことになっていたの? 知らなかったわ。
「どうしてみんな教えてくれなかったの?」
「普通気付くだろう?」
異口同音みんながそう言った。
「エーメ(エメランタ)からルイード様の話を聞いてすぐにピンときたわ。キャリー様の側にいて気付かない貴女の方がおかしいわ」
お母様の言葉にルイード様は薄っすらと笑みを浮かべてこう言った。
「まあ、それがセーラ嬢ですから。人の心の機微には聡いのに、恋愛に関してはその感度が異常に鈍くなりますからね」
確かにそうですね。過去において私は、アルフレッド様やエドモンド様、そしてルイード様の思いにも全く気付けていませんでしたものね。
するとエドモンド様が、ガクンと肩を落とした私の腰を引き寄せて、私の耳元でこう囁いたのだ。
「セーラ嬢、君はそのままでいいんだよ。君が人の好意にすぐに気が付いたら、君の関心がいちいちそちらに向いてしまうだろう?
そんなことになったら、とてもじゃないが僕の心が休まらなくなるからね。心配で心配で身が持たない」
留学中、あちらの国の同級生達と会話をしている私を見る度に、やきもきして大変だったとエドモンド様は言われて、私は呆れてしまった。
ただでさえ地味顔なのに、さらにアイリスさんの指導のもとで目立たないモブ顔の変装していた私。
人に顔と名前を覚えてもらえるか、友人ができるかと本気で悩んでいたくらいなのだ。
そんな私を好きになる男の方なんているわけないじゃないですか。
私こそ相変わらずエドモンド様がもてまくっていたので、こちらこそやきもきしていたというのに。
それはエドモンド様の義務、改革のために必要なことだと頭では理解していた。
それでも、頭と心は別ものなのだ。そしていくら過去に同じような経験をしていたとしても、今度は過去とは違って両想いなのだとわかっていたとしても、やはり辛いものは辛い。悲しいものは悲しい。嫌なものは嫌だったのだ。
それでももちろんエドモンド様を困らせたくは無かったので、気にしない振りは貫いてはいたけれど。
その日の晩餐はとても和やかで賑やか、そして眩しかった。
エドモンド様を筆頭にお父様とお母様、フランお兄様とエメランタ様、ルイード卿とキャリーさん、いいえキャリーナ様。
キャリーさんの素顔は、少々あくが強いけれど絶世の美女だった。しかも伯爵令嬢で、私より格上の方だった。そんな方に私は……恐縮していると、彼女はいつものように表情を変えずにこう言った。
「セーラ様はエドモンド殿下の婚約者ですから、私よりご身分は上でございます。その上元々侯爵令嬢だったではありませんか。
それに最初からセーラ様はいくら呼び捨てにして欲しいとお願いしてもさん付けでしたし、私を下に見ることはありませんでしたよ。気になさることはありません。
そうそう。今後もさん付けでよろしくお願いします」
「はい。わかりました。キャリーさんの時はそうしますね。正体がわかるといけないでしょうし」
私がホッとしてこう言った。するとキャリーナ様は珍しく少し顔を綻ばせながらこう言ったのだった。
「この姿の時もキャリーナさんと呼んで下さい。そうでなければキャリーナお姉様なんてどうでしょう。今更他人行儀な呼び方は悲しいですわ」
そう言われてしまうと私もそれに従わざるを得なくなってしまった。
しかしキャリーナさんは少しハードルが高いので、キャリーナお姉様と呼ぼうと、私は心の中で思った。
それにしても顔面偏差値が異常に高過ぎる。こんなことならアイリスさんに例の美人メイクをしてもらうんだったわ。
私がそう思った時、どうやらその思いは私の口から出ていたようで、隣の席に座っていたエドモンド様にこう言われてしまった。
「僕はどんなセーラ嬢も好きだけど、素顔の貴女が一番好きだっていつも言ってるよね。それを忘れないでね」
と。エドモンド様は笑っているけど、目は怒っていた。その証拠に最後にこう付け加えられた。
「いい加減わかってよね」
と。はい、ごめんなさい。
でも、コンプレックスというものはそう簡単になくならないのですよ。
やり直し前と合わせると、三十年も地味だ地味だと人様から言われ続けてきたのですからね……
読んで下さってありがとうございました!




