第40章 話題の二人〜エドモンド王子視点(9)〜
僕達が留学していたこの四年間、社交界は相変わらずで、政治や経済問題よりも、色恋話や美容やファッション、他人の噂話で色々盛り上がっていたみたいだ。
しかしその中でもっとも人々を驚かせたのは、半年前、これまで浮いた噂一つなかった貴公子が突然二人揃って婚約発表をしたことらしい。
まず一組目のカップルは、コールドン子爵家の嫡男フランシス卿とカーネリアン公爵家のエメランタ嬢。
エメランタ嬢を知る者は少数だったが、あの超美形のルイード卿に瓜二つだということは有名だった。
しかし実際に目にした公女の眩いばかりに光を放つ美しさに、みんなは一斉に見惚れたそうだ。まあ、想像がつくな。
この二人の婚約は、その身分の違いもあって、社交界を相当に騒然とさせたらしい。
まあ、この二人は元の世界でも夫婦にはなっていたのだが、その時は国王派討伐作戦の中で苦楽を共にした同志のような関係で、甘酸っぱい雰囲気などあまり感じられなかった。
しかし現世では、互いに手を取り合って明るい未来に向けて切磋琢磨する中で、自然に生まれた恋愛感情を、二人で大切に育てた結果の婚約だったようだ。
「見ていてこちらが照れてしまうほど二人は幸せそうだ」
と、兄のルイード卿が言っていた。彼は以前の二人の結婚には些か不本意だったようだが、今回は諸手を挙げて賛成している。本当に良かったと僕も心から思う。
そう言えば彼らのせいでそれまで何かと話題の中心になっていた、コールドン侯爵家のミモザ(バーバラ)とやはり同じ国王派のバラッド侯爵家の嫡男との婚約は、すっかり霞んでしまい、彼女は怒り狂っていたと聞く。
しかもその時、その彼女の兄であるレックス=コールドン侯爵令息がとんでもないことを仕出かした。
なんと彼は、婚約者のフランシス卿にエスコートされて、王城のパーティーに参加したエメランタ嬢に一見惚れをした。
そして信じられないような行動を取ったらしい。それは半年経った今でも未だに話題に上っているみたいだ。
そのレックスの騒動の顛末は、その場にいたフランシス卿からの詳細な手紙で知った。
レックス=コールドンは王城のホールでエメランタ嬢を一目見た瞬間、その隣にいるフランシス卿など目に入らないかのように、ツカツカと彼女の前まで向かった。
そして彼女の前で跪き、熱の籠もった目で見つめるとこう言ったそうだ。
「おお、地上に降り立った黄金色に光り輝く女神よ!
ようやくお会いできました。今日この日に貴女に出逢うために私は生まれてきたのです。
私は貴女の運命の相手であるレックス=コールドンです。どうかこの手をお取り下さい」
と。そして彼はいきなりエメランタ嬢の手を取って、強引にそこに口付けをしたらしい。
いくら侯爵家の嫡男であろうと、国王主催のパーティーで婚約者にエスコートされたご令嬢に交際を申し込んだのだ。しかも、王族の血を引く公爵家のご令嬢にだ。
結局のところエメランタ嬢は、時と場所、そして周りの状況がどんなに変わっても、レックス=コールドンに一目惚れされる運命だったらしい。
ただし今回は王城の大広間の衆人環視の中。正直なことを言うと、それはこちらにとっては却って都合が良いことだった。
前回のエメランタ嬢は、図書室で彼に出逢って執拗に絡まれた。
そこは元々あまり人目のつかない場所だったし、巻き込まれるのを恐れた生徒達は、レックスが現れるといつもさっさとその場を離れてしまった。
どうしても図書館で調べ物をしたかった彼女は、怖い思いをしながらも逃げ出さずにずいぶんと耐えていたようだが、ある日無理矢理、太陽が輝く中庭へと連れ出されてしまった……
しかし今回は頼りになる婚約者や、切れ者の兄、威厳溢れる父親が周りに揃っていたのだ。
「何故そんな場所で愛の告白などしたのでしょう。いくら愛は盲目と言っても、貴族たるものパーティーに参加される方々を把握していなかったなんて信じられないわ。
いいえ、行ってからでもいいから何故周りの状況を見渡さなかったのかしら。
あの人、前の人生の時より劣化してるわ」
実の兄の失敗談を知ったセーラは唖然としていたが、僕は驚くより納得してしまった。
当たり前のことだが、今のコールドン侯爵家にはセーラ嬢がいないのだから、前の世界よりコールドン侯爵家の人々の質がさらに下っているのだ。だって彼らにまともに忠言する者が皆無なのだから。
その上あの悪女バーバラが加わったのだから加速度的に悪化している。
執事や侍女頭が逃げ出したという噂も聞いているから、領地経営や屋敷の管理も既に上手くいってないのではないだろうか。
何度も弟の子爵家に金を無心しているらしいし。当然アンドリュー=コールドン子爵はそれを拒否しているようだが。
「盗人に追い銭になる無駄なことはしません」
と子爵は言っていた。お金を融資してそれが財政立て直しに使われるのならば考えないでもない。
しかしどうせ夫人や娘の下品で高額なドレスや宝飾品購入に充てられるのだろう。そして侯爵の贅沢な美術品や息子の遊興費に。
それでは、汗水垂らして働いている自分の領民に申し訳が立たない、と。
結局レックスは、エメランタ嬢の父君カーネリアン公爵と兄上のルイード卿、そして大伯父に当たる前国王、つまり僕の祖父の怒りを買って、即近衛兵に両手を掴まれて大広間からつまみ出されたそうだ。
さすがに僕の父親である国王も、多くの王侯貴族がいる中で繰り広げられた醜聞に眉をひそめ、友人であるコールドン侯爵に向かって言ったそうだ。
「今後君の息子を二度と城には上げるな! 破廉恥過ぎる。さすが血は争えないな!」
こっちの方はさすがの僕も驚いた。どうやって両親をコールドン侯爵家と引き離そうかと思案していたところだったからだ。
いや、正直無理なんじゃないかと半ば諦めかけていたんだ。似た者同士で気が合っていたからな。夫婦揃って。
だけどさすがに王族、『切れても絹切れ』だったようで、一応息子としてはホッとした。まだ油断はできないが。
あっ、そうそう。
世間を驚かせたもう一人の貴公子とは、この話にも出てきた人物だ。
しかも四年前に僕の婚約者であるセーラ嬢を好きだったと告白して、僕を不安地獄に陥れた張本人、カーネリアン公爵家のルイード卿。そして彼のお相手は、なんと僕の影を務めるキャリー嬢だ。
僕の伝達係としてカーネリアン公爵家へ何度も訪れていた仕事熱心で優秀な彼女に、ルイード卿は次第に惹かれていって、ある日とうとうその想いを告げたらしい。
しかしずっとキャリーはそれを断っていたそうだ。彼女は公私混同は絶対にしないのだ。だから自分は仕事で公子と接触しているだけだとはっきり拒絶したそうだ。
そこでルイード卿から僕のところへ、キャリーとの交際を認めて欲しい、いや応援して欲しいと手紙が届いた。
それで初めてルイード卿がキャリーに思いを寄せていることを知ったのだが、それは私にとって朗報だった。
何せ彼は男の僕が見ても完璧な男だった。家柄、育ち、容姿、頭脳、才能、性格と。
そんな男にセーラが取られてしまうのではないかと絶えず不安で、帰国するのが怖かったくらいだ。
それに、キャリーが素晴らしい女性であることは僕が一番よく知っている。そろそろ彼女も自分の幸せを考えてもいい頃だと思っていたところだったのだ。
しかし、忠義心の強い彼女にそんなことを言っても頷かないとわかっていた。
だからこれは良いタイミングだと思った僕は、こう彼女に言ったんだ。
「ねぇ、キャリー。カーネリアン公子はこれから先僕が国を統治していく上で、フランシス卿同様に片腕になってくれる重要な人物になると思うんだ」
「はい。まさしくその通りだと存じます」
「だろう? だけど、彼が迎え入れる奥方次第で彼がどちらを向くかわからないだろう?
だから、彼にはこちら側の家のご令嬢と縁を結んでもらいたいんだよ」
「確かにそれは良い考えですね」
キャリーは神妙な顔付きで頷いた。う~ん。嫉妬とか焦りとか動揺は見受けられないな。まあ、人に演技指導してる側なんだから、感情を表すわけはないのだが。
「それでね、是非とも君がカーネリアン公子と結婚してくれたら助かるなあ、って思っているんだよ」
「・・・・・」
キャリーは顔色一つ変えなかったがさすがに無言だった。そして暫くしてからこう尋ねてきた。
「それはご命令でしょうか?」
「うーん。半分は命令かな。でも、後の半分は親友としてというか、弟分としてのお願いかな、キャリーナ伯爵令嬢」
ぼくが彼女の真名を呼ぶと、さすがのキャリーも今度は瞠目した。そしてすぐさま奥歯を噛み締めようとしたので、僕は自分の右手の指を彼女の口に突っ込んだ。
「僕の目の前で自害なんてしないでね。トラウマで一生夜眠れなくなっちゃうから。
僕ね、とうの昔から、君達影全員の本名も素顔もみんな知ってるんだよ。だから、今更君が自害しても意味がないんだ。わかった?」
僕がこう言うとキャリーはコクコクと頷いたのだった。
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