第39章 変化〜エドモンド王子視点(8)〜
隣国に留学してまもなく約四年になる。二月後には僕とセーラは十七の誕生日を迎える。そろそろ機は熟した。帰国の準備を始めようと思っている。
いや、周りの者達はとっくにその準備を始めているな。その証拠にセーラなどはあちらこちらの本屋を回って、騎士に関する本をいつにも増して買いまくっている。チャーリーへの土産だろう。
セーラはこの国に来た当初から、騎士の出て来る絵本を見つけては、忙しい勉強の合間にチャーリーのためにそれを翻訳していた。そして月に一度母国へ報告に帰る影達に、手紙と共にそれを託していた。
国費で留学させてもらっている僕は、これまできちんと定期的に、城へ公の報告書を送っていた。そしてそれと同時に家族にも手紙を書いていた。
しかしその内容は誰かに中身を読まれても差し支えのないものばかりだった。
私的な手紙は影に直接手渡してもらっていた。もちろん向こうからの手紙も。
僕達は両親や国王派の使用人のいる王宮を信用していなかったのだ。
セーラの家族への手紙も同様だ。セーラは学園には通わず、コールドン領で家庭教師について勉強をしながら、護衛騎士になる訓練をしているということになっている。
そして親類の集まりなどに出なくてはならない時は、王家の影がセーラに変装して身代わりを務めてくれていた。
今回は前回とは違って四年も留学することができた。しかも一度目の経験があったので、こちらでは想像以上の収穫があった。
政治や経済だけでなく、防衛や医療関係者とまで人脈が広がった。しかしこれは主にセーラのおかげでもあった。
セーラの専門は医療や美容関係だったのだが、一応僕の護衛となったので、真面目な彼女は隣国の騎士訓練にも積極的に参加していた。
そして図書館や書店にも足繁く通い、騎士関連本以外にも、国防のための戦略や戦術、兵站、衛生学の専門書を求めた。
彼女は優しい女性だ。大切な人を守りたいと武芸に励んできたのであって、誰かと争いたいわけではない。もちろん戦争には大反対だ。
しかしいくらこちらが外交による平和的解決を望んでも、一方的に攻め込まれたらどうしようもない。
我が国は地理的に特殊なので、難攻不落とは言われているが、それだって完全だとは言い切れない。
『備えあれば憂い無しよ』が、以前の彼女の持論だったな。
ミモザはコールドン侯爵領内にある関所とそこを守る辺境騎士隊の改善をいつも提言していた。
しかし、彼女の父親だった侯爵は彼女の話に全く耳を傾けないどころか、彼女をいつも叱責していた。
「女のくせに余計なことに口を出すな。お前は社交場でただ愛想を振り撒いていればいいんだ。お前が生意気過ぎるから王太子殿下に相手にされないんだ。
ただでさえ容姿が劣るのだから、せめて可愛げを見せろ。少しは従姉のバーバラを見倣え」
ふざけるな!
高貴で愛らしい僕の女神であるミモザに対してなんてことをぬかすのだ。見かけだけの愚かで卑しい毒婦バーバラと比較されるだけでもおぞましいわ。
今回彼女の両親になったコールドン子爵は、あの兄夫婦とは正反対の立派で尊敬に値する人物だった。
セーラが書いた論文をちゃんと検討して、我が国に当てはまると思ったところはどんどん取り入れてくれた。
領民や辺境騎士隊の負担を軽くするためにあらゆる点を見直して、少数でも効力を発揮できるようにきちんと計算して、新しい辺境騎士団に組み替えた。
また、嫡男のフランシス卿と共に騎士を守る装備や治療設備の拡充、及び人材育成にも力を注いでくれたのだった。
そしてこれにはカーネリアン公爵家のエメランタ嬢の協力も大きかった。
というのもエメランタ嬢は、元コールドン侯爵領で現在コールドン子爵領の鉱泉露天風呂による療用生活で、すっかり健康体になっていた。
そして反国王派側に付いてくれた。というよりもはや立派な主要メンバーになって積極的に活動してくれていたのだ。
前の世界では主に情報の入手やその分析で大活躍してくれていたエメランタ嬢だったが、今それは当然セーラ嬢がやってくれているので、今の世界の彼女は、医療体制や設備の充実、人員養成で活躍している。
それはやはり、幼い頃から病弱で辛い思いをしてきたので、元々そちらの方面に関心があったのだろう。
それに例の化粧品でお日様アレルギーを防ぐことができるようになり、自由に動くことができるようになったので、エメランタ嬢はすっかり活動的になっていた。
前の世界の時は、僕の二年の留学が終わりを迎える直前にようやく伝手が見つかり、ようやく化粧品や薬の材料を我が国に輸入することが可能になった。
そしてそこからセーラ嬢の医薬品や美容液の研究を開始したのだ。
しかし今回は当然前回のノウハウがあったので、半年ほどでその原材料を取り扱う業者と懇意になることができた。しかも隣国の貿易担当部署の上層部にも伝手ができたので、以前よりスムーズに事が進んだ。
セーラ嬢は長期休みが始まると、すぐにその材料と共に一度こっそりとコールドン子爵領に戻った。
そして隣国から持ってきた材料と鉱泉を原料として、例の肌質を整える化粧水と日焼け防止用ファンデーションと肌荒れの軟膏をあっという間に作り上げた。
出来上がった商品は今回もまたエメランタ嬢が治験したのだが、当然ながら問題など何も出なかった。
この医療用化粧品のおかげで、エメランタ嬢は自由に外を闊歩することができるようになった。
このことにカーネリアン公爵家全員が歓喜し、コールドン子爵家やセーラ嬢、それから原材料を調達した僕に深く感動し感謝をした。
そして公爵家はその謝意を形で示してくれた。コールドン子爵領内に、この化粧品工場を立ち上げることを提案し、公爵家がその支援をしてくれたのだ。資金の融通とか、国の認可をとるための手助けだとかを。
そのおかげで、あれよあれよと言う間にこの健康化粧品の事業展開が進んだ。
そしてまあわかってはいたことだが、この化粧品やクリームは高額にも関わらず爆発的に売れた。老若男女誰でも欲しがったのだ。
ところが資源の枯渇を防ぐために、生産量を抑えていたせいで、この商品はあまり市場には出回らなかった。
それ故にたとえ貴族であろうとそもそも品がないのだから、簡単には商品が手に入らなかった。
だからこそ付加価値が付いて、余計に皆欲しがったのだろう。
しかし実のところ、金のある貴族だからこそ、その化粧品が手に入らなかったのだという真実を彼らは知らなかった。
というのも、この商品は生みの親の意向で、生産量の四割が市井の医療機関に安価で卸されていたのだ。しかも受診しに来た患者にだけ処方するように契約した上で。
貴族にはお抱えの医師がいて、必要な時には彼らを呼びつけるので、自ら出向くことはない。
それ故、本当に必要としている者達の手だけに手頃な値段で届くようになっていたのだ。これはハッサン先生のアドバイスによるものだった。
もちろん商品名は違っていた。そうしないと貴族に奪われて、本当に必要としている市井の人々の手には届かなくなるからだ。
この薬が出回ったことで、水仕事によるあかぎれで悩むご婦人や、オムツかぶれで泣く赤ん坊、床ずれで苦しむ病人や老人は大分楽になったらしい。
セーラの代理責任者になったエメランタ嬢も、彼女のその考えに賛同して、積極的に協力してくれたようだ。兄上のルイード卿と共に。
そしてこの化粧品の成功で得た利益を利用して、エメランタ嬢はセーラと手を組んで、商品の種類を増やしたり、医療体制や設備の充実、人員養成のための施設を作っていったのだった。
このように僕とセーラが隣国で頑張っていた四年間、母国にいた仲間達もそれぞれ頑張ってくれていた。本当にありがたいことだ。
国を守ること、国を変えること、それは一人の人間だけでは絶対に成し得ないのだから。
読んで下さってありがとうございました!




