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第38章 完敗


 ルイード様の敗北宣言を聞いても、暫くエドモント様は不信感を漂わせていた。

 そこでその後ルイード様は、敗北したと実感するまでのプロセスを態々(わざわざ)詳しく説明してくれた。

 

ルイード様は長らく、自分が巻き戻った人生を生きているのだと思っていた。ところが成長するにつれて、そうではなくて似て非なる別の世界に生まれ変わったのだと思うようになったという。なぜなら自分の記憶というか感覚に違和感を覚えることが多くなっていったからだという。

 そして、この人生には自分の想い人であるあのミモザ嬢はいない。やり直すことなどできないのだと、そこで絶望し、私のことは諦めたのだという。


ところが第一王子の誕生日パーティーで、コールドン侯爵令嬢を紹介されたルイード様は絶句したという。

 何故ならその令嬢は、かつて自分の愛していた女性を殺した悪女だったからだ。

 そしてその場で第一王子が倒れた時、ルイード様は巻き戻る前の記憶を鮮明に思い出したのだという。そして即座に現状を把握したらしい。誰かが意図的に動いて、以前とは違う流れを作っているに違いないと。


「おそらく第一王子も巻き戻った人生を生きているのだろうと僕は思った。だからこそコールドン侯爵令嬢を見て倒れたのだろうとね。

 しかしそれは同時に、王子が今回の騒動を自ら演出したわけではないことも証明したことになる。だから、最低でもあと一人巻き戻った人がいることがわかった。

 そしてそれが誰なのかも簡単に想像がついた。第一王子と婚約者の出逢う場面が台無しになったのだから、それは第一王子と婚約したくない、もしくはさせたくない人物だとね。

 となるとあの悪女ではないことは確実だ。態々(わざわざ)自分から不利になることはしない。

 するとあと考えられるのは、本物のミモザ嬢である可能性が高いと思った。もし彼女も巻き戻っていたのなら、今度は第一王子とは婚約したくないに決まっているから。

 だってそうだろう? 誰が好き好んであんな辛い人生をまた生きたいと思う?」


 凄い推察力だ。全くその通りだった。

 私はエドモンド様の婚約者だけには絶対になりたくなかったし、二度と逢いたくはなかった。だから、バーバラと入れ替わったのだ。


 ソファーが小刻みに揺れるので横を見ると、エドモンド様が顔色を悪くして震えていた。だから私は彼の両手を自分の手で包んだ。

 二度と関わりたくなかったけれど、結局貴方が諦めずに行動をしてくれたから、またこうして私達はやり直すことができたのよと思いを込めて。

 でも巻き戻ってもまた私がエドモンド様と婚約したことを、きっとルイード様は不思議に思ったことだろう。私たちがあの誕生日パーティーよりずっと以前から知り合っていたことを、ルイード様は知らなかったのだから。


 案の定ルイード様は苦笑いをした。

 

「先日、ずっと王宮の奥深くで療養生活をしていたはずの第一王子からの呼び出しを受けて、王宮を訪れた時は本当に驚きました。

 そこには過去の人生において、国王派討伐のために共に戦った前国王派の、若き改革派のメンバーが揃っていたからです。

 そしてそこへ、寝たきりだと思っていたエドモンド殿下がフランシス卿と共に颯爽と現れたのですから。病弱だという噂だったのに、肌艶も良く元気一杯に。

 

 みんなでこれからこの国をどうするか、どう改革するかで非常に盛り上がりましたよね。忘れていた熱い思いが蘇り、白熱した議論を交わして久しぶりに興奮しましたよ。

 エドモンド殿下はやはり自分と同じ過去というか、以前の記憶を持っているのだなあと改めて確信しました。

 殿下の提案を聞くだけで、詳細かつリアルな映像が頭に浮かんできたのですから。そう。それらは実際に一度体験したことで、かつてこの方法で成功した事例なのだとわかりました。

 

 そしてこの若き改革派の会合が終わった後で、エドモンド様に呼び止められましたよね。

 前国王陛下が我がカーネリアン公爵一家全員を招待したいと言っていると。

 祖父母どころか妹まで一緒にと言われたので何かあるのではとぼくは(いぶか)ると、殿下はコールドン子爵家の鉱泉露天風呂の話をしたので、やっと殿下の意図を汲み取りました。ああ、妹をあのレックスから救おうとしてくれているのだと。

 そしてそれと同時に僕は悟ったのです。殿下は既にミモザ嬢と接触を持たれていたのだと。正に妹のエメランタにとっては朗報でしたが、僕にとっては、自分の負けを宣言されたようなものでした」


とルイード様は言った。


「今自分が生きているこの世界は、前世とよく似た別の世界などではなく、本当に巻き戻ったやり直しの人生だったのだと気付いた時、何故自分はすぐに行動を起こさなかったのか。と、僕は以前と全く同じ後悔をする羽目になりました。

 以前と状況が違ったのは、意図的に誰かが変えたからだとわかってはいた。しかしそれはミモザ嬢だと思っていたのです。まさか彼女が動く前からエドモンド殿下が行動していたとは思いもしなかったのです。

 かつて自分がもっとも愛した女性もきっとどこかで生きているのだろう。ミモザという名ではなくなっていたとしても。

 そして彼女は殿下とは結ばれない人生を選んでいる。だから慌てないで彼女との接点を作っていこうだなんて、僕はのんきなことを考えていたのです。

 しかしこれまでの様々な事象を思い起こせば簡単にわかった筈なのです。大分以前から、巻き戻る前の人生とはずいぶんと変化していたことに。そしてそれはどうしてなのかを」


 確かに最初に行動を起こしたのはエドモンド様だったのだと私も思う。この国のあり方は私が気付いた時には既に変わっていたから。


 王宮に呼ばれた時に、エドモンド殿下がコールドン子爵領でこっそり療養をしていたと聞いて、ルイード様はおおよそのことを察したのだという。

 だから、エドモンド殿下がコールドン子爵令嬢と婚約式を挙げたと父親から聞かされた時には、妙に心が凪いでいたと言った。


「たとえこの人生が以前とは別の世界だったとしても、巻き戻った世界だったとしても、僕は自ら進んで何か行動を起こすべきだったのだと、僕はとても後悔しています。

 僕には人にはない知識と経験が既にあったのだから、ただ流されているべきではなかったのです。

 しかも過去において、追い込まれるまで何もしなかった受け身の自分を、あれ程までに憎んでいたというのに」

 

 こう言ってルイード様は切なげな顔をした。しかしそれは絶望しているというよりは、どこか吹っ切れたような感じがした。そしてそれを証明するかのように、彼はこう言葉を続けたのだった。

 

「ミモザ嬢、いやセーラ嬢のことは諦めました。()()()完敗です。エドモンド殿下に。

 ただし僕だって以前とは違うところを見せないと、せっかく巻き戻ってきた意味がありませんよね。そのことに今更ながら気付いたので、今回はすぐに復活できましたよ。

 だって、貴女を本当の意味でまだ失ったわけではないのですから。

 貴女を無くしたあの焦燥感はもう二度と味わいたくはないので、これからは積極的に貴女を助けるために動こうと思います。

 ですからこの国のことは私達仲間に任せて、殿下とセーラ嬢は隣国で頑張って下さいね」

 

 私はその言葉を聞いて胸が熱くなり、ただただ頭を下げた。ルイード様の思いに、とても軽々しい感謝の言葉など発することはできなかったから。そしてもちろん謝罪の言葉も。

 でも、その時エドモンド様がどんな表情をしていたのかは私にはわからなかった。

 

 

 ✽✽✽

 

 

 こうしてエドモンド様と私は、この国のことはお父様やフランお兄様、そしてルイード様やエメランタ様、多くのお仲間の皆様に託して、隣国へと旅立った。

 


 隣国においてエドモンド様は以前には学び切れなかった学問を学び、以前得た人間関係を更に深く強固なものにし、その上で新たな人脈も開拓していった。学園内ではアースレア王国第一王子として、一歩外に出れば素性がわからないように変装して偽名を使って。

 そして私もエドモンド様の伝手(つて)でどんどん交流の輪を広げていった。

 ただし私はエドモンド様の婚約者などと名乗るわけにはいかなかったので、久方ぶりに素顔を晒したエドモンド様とは対照的に女護衛騎士として変装した姿ではあったのだが。

 

 そう。今回エドモンド様は、療養を兼ねた留学という形をとった。いくら国王夫妻が子供に関心がなくても、さすがにこれ以上王宮に引きこもっている振りを続けるのは難しいだろうと。

 そして母国に二人の関係がわかると困るので、私は男爵家の令嬢で、エドモント様の護衛兼侍女兼留学生としてやって来たという設定になっていた。

 まあ、バーバラと入れ替わった当初の私の望み通りになったのだ。護衛対象は変わったが。

 そしてそのことは、私としても都合が良かった。殿下の婚約者だと知られてしまったら、それこそ巻き戻る前の人生の時のように、多くの女性から嫉妬され、反感を買い、酷い虐めを受けることになっただろうから。

 

 未だに(公には)婚約者のいないエドモンド様を狙うご令嬢は、当然ながらこの隣国にも大勢いたのだ。

 しかもそれは年数が経つごとに数が増えていった。何せ成長と共にエドモンド様は益々素敵になっていったのだから。

 身長は伸び続け、愛らしさが残っていた顔には、いつしか美しさに加えて青年らしい精悍さと憂いまで帯びるようになっていた。そのために、老若男女関係なく人々の心を引き付けていったのだ。

 そしてエドモンド様自身もご自分の容姿を上手に利用して、幅広い人材と交流を深めていた。これはまさしく演技指導のキャリーさんの教育の賜物だ。

 

 エドモンド様の侍従のボリスさんが必死になって、

 

「あれは演技ですからね、殿下の心はセーラ様一筋ですからね」

 

 と言ってくれる。私達の過去の経緯を聞いていたから、私を慮ってくれているのだろう。

 口には出さなくても護衛のウッディさんやモーリーさんも同じ目をしている。

 ありがとうございます。その気持ちだけでも十分に私は幸せです。前の人生ではそんな優しさをくれた人はあまりいなかったから。

 

 それに、毎日二人きりになった時、エドモンド様から必死な謝罪と熱烈な溺愛攻撃を受けているので疑う余地は一ミリもないのです。

 アイリスさんやキャリーさんもしっかりとエドモンド様を監視してくれていますしね。

 読んで下さってありがとうございました!

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