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第37章 思いがけない告白


 コールドン子爵領に戻る道すがら、エドモンド様はずっと私に謝罪し続けたので、私こそ恐縮してしまって、どうしたらいいのかわからずにオドオドと慌てふためいてしまった。

 何故殿下が私に謝罪をするのか、それがさっぱりわからなかったからだ。

謝るのは私でしょう。エドモンド様にあんな不敬な発言をしたバーバラは子爵家の身内であり、子爵家の屋敷内で起きたことなのだから。

 

 昨日バーバラが帰った後でフランお兄様と必死に頭を下げていたら、そこへ両親が帰宅して、事情を知った両親まで加わってみんなで謝罪しまくった。

 その時エドモンド様は全く気にしないと笑って、話はこれでおしまいだと言ってくれたのに、何故今日になってその話をぶり返すの? 

 しかもどうしてエドモンド様の方が謝るのかがどうしても理解できなかった。

 

 困惑している私に、馬車に同席していた殿下の影で侍女のキャリーさんが、さすがに見かねたようでこう教えてくれた。

 

「殿下はセーラ様を守れなかったことを謝っておられるのでしょう。あんな()()()に貴女を侮辱されたのに庇うこともできなかったのですから。

 それは私達一同も同じ気持ちです。張り倒したい気持ちを抑えるのが大変でした」

 

「まあ。でも私達は変装していて、バーバラに正体を隠していたのですから仕方のないことですわ。そもそも彼女は使用人どころか、侯爵令嬢だった私のことだって、見下し貶すことが普通だったのですから今更ですわ。

彼女にとって美しくないものには価値がないようですから。エドモンド様や皆様には嫌な思いをさせてしまい、大変失礼で申し訳なく思うのですが。

 それにあんな程度の意地悪なんて大したことではありませんわ。

 王城では日常的に泥水を飲まされたり、ヒールで踏み付けられたり蹴られたりしていましたよ。それに、池の中に突き落とされたり、水をかけられたわけでもないのですから、悪口や嫌味なんて些細なことですわ」

 

 私は心から気にしていないのだと発言したつもりだったのに、その言葉に何故かエドモンド殿下やキャリーさんが青褪め俯いてしまったのだった。

 

 

 学生であるフランお兄様だけを王都に残し、私達がようやく辺境の地に戻ると、想像を遥かに上回る忙しい日々が待っていた。

 それはこの地にエメランタ=カーネリアン公爵令嬢を迎え入れるための準備と、私達が留学するための準備が重なったためだ。

 

 そして帰郷して一週間後、早速エメランタ嬢、そしてなんと彼女の兄であるルイード=カーネリアン公爵令息まで付き添いとしてやってきた。態々(わざわざ)学園を休学してまで。

 卒業のための単位は全て取得済みなので、休んでもなんら問題がないらしい。

 

「本当に過保護で困ってしまいます」

 

 とエメランタ様は恥ずかしそうに頬を染めた。しかしルイード様が妹君に付き添ってきたのには、おそらく別の理由もあるからだろうと私達は思っていた。確かに過保護でシスコンなのは間違いないのだろうが。

 

 そしてその考えは正しかった。

 エメランタ様が到着して早々露天風呂に入浴している間に、ルイード公子様がエドモンド様と私に、自分は巻き戻りの人生を生きているのだと告白してきたのだ。

 やはり。私達は驚きもせずに頷いた。

 

 

 自分が巻き戻りの人生を送っているとルイード様がはっきりと自覚したのは、一年ほど前だったそうだ。

 幼い頃から何をやっても既視感があって戸惑うことばかりだったという。そしていつしか漠然と、自分は人生をもう一度やり直しているのではないか…と疑念を抱くようになったらしい。

 しかし成長するに従って自分の周りは以前とほとんど変わらないのに、それ以外の社会の様子が思っていたものとは少しずつ違ってきていると、ルイード様はなんとなく感じるようになった。

 

 まず病弱で七歳の頃からずっと王宮の奥深くで静養していたはず…と感じる第一王子が、十一歳になっても普通に表に姿を現していたこと。

 以前は存在していた…と思われる側妃がいないこと。

 第一王子暗殺未遂の犯人として、国王派の貴族の半分が早々に排除されたこと。

そこで彼は思ったらしい。これはやり直しをしているのではなく、単に酷似した世界に生まれ変わっただけなのではないかと。


 ところが、第一王子の側近候補として王子の十二歳の誕生日パーティーに招待された時に、ルイード様は巻き戻る前の記憶を鮮明に思い出したのだという。そしてこれは酷似した人生などではなく、やはり巻き戻った世界だったのだと確信できたのだという。

 しかしそれならば、本来ならすっかり元気になられたはずの第一王子が、そのパーティーでコールドン侯爵令嬢のミモザ嬢と知り合って婚約するはずだった。それなのにどうして殿下が突然倒れ、パーティーが中止になったのかわからず混乱したという。 

 しかもコールドン侯爵令嬢であるミモザ嬢は記憶の中の彼女とはかなりかけ離れていた。あれはミモザ嬢などではなくあの悪女バーバラだ。何故こんなことに?


 やっぱりおかしい。それを誰かが意図的に動いて、以前とは違う流れを作っているに違いないと思ったという。

 そしてその時、これは自分にもチャンスがあるかもと思った、とルイード様が仰った。


「チャンスとは?」

 

 話の途中でエドモンド様が尋ねた。するとルイード様は珍しく笑みを浮かべると、とんでもないことを言い出した。

 

「いえね、この巻き戻った世界では、エドモンド殿下とミモザ嬢の婚約はまだ成立していない。いや、まだ知り合ってもいないことがわかって、今回は自分もミモザ嬢の婚約者に立候補できるな、と思ったのですよ」

 

「なに!」

 

 エドモンド様が音を立てて椅子から立ち上がった。美しい素顔とは違って愛らしいアルフレッド様仕様に変装していた殿下の顔が、怒りで赤くなっていた。

 しかしルイード様は平然としていた。そして私の瞳をじっと見つめたまま言葉を続けた。

 

「以前の僕はミモザ嬢をお慕いしていたのです。妹のために色々と尽力して下さっていた心優しくて優秀な貴女に。 

 社交界においていつも辛そうになさっている貴女を、どうにか慰めお助けしたいといつも考えていました。

 

 しかし、貴女は王太子殿下の婚約者でしたので、僕が近付けばそれこそどんな噂が流れて、貴女をさらに窮地に陥れてしまうかわかりません。

 ですからあの当時僕にできることといえば、貴女に仇なす輩を密かに排除することくらいしかありませんでした。

 しかし大掛かりにそれを実行する直前に、貴女は大勢の人の前で王太子殿下との婚約を破棄された挙げ句、無惨な最期を迎えてしまいました。

 僕は自分の力の無さに打ちのめされました。最初は王太子殿下を憎みました。婚約者でありながら貴女を守れず、一人であんな所で死なせたことを。

 

 でも殿下が悪女バーバラに毒を嗅がされて操られていたことや、奴らを追い詰めるための準備を既に整えられていたと聞いて、責めるのは止めて協力することにしました。

 我が公爵家も国王派の悪事の証拠を大方揃えていたようだったので、その方がスムーズに事が進むと判断したのです。

 あと少し、あと少しで貴女を救うことができたのにと、あの時の悔しさ虚しさはとても言葉には言い表せません。まあ、それは王太子殿下も同じだったのでしょうが」

 

 思いもかけないルイード公子様の告白に、私はただただ驚くばかりだった。

 当時の公子様はエメランタ様のことで私が謝罪すべき相手であり、しかも王家に繋がる高貴な方という認識だったので、無闇に近付いてよい相手ではなかったからだ。いくら侯爵家の娘で王太子殿下の婚約者だったとしても。

 

 そんな方が私を陰で気遣ってくれて、しかも実際に守ってくれていたなんて知らなかった。そして全くそのことに気付けなかったことを本当に申し訳なく思った。

 あの頃の自分は誰にも愛されない、不必要な人間だと思い込んでいた。だから人の優しさや思いやりに無頓着だったのね。本当に私は愚かだったわ。

 

 とはいえルイード公子様は、作り笑顔が当たり前の社交界においてニコリともしなかったので、『氷の貴公子』と呼ばれていたのだ。

 確かに王城では度々会話を交わしてはいた。

しかし兄レックスの失態の件もあり、私は公子様が恐ろしくてまともに顔を見ることもできなかったのだから、そもそも気付くわけがなかったとも言えるが。

 

「ミモザを愛していたから貴方は、彼らにあんなに厳しい断罪を下したのですね。当時の僕はルイード卿がエメランタ嬢のことで怒っていたからだと認識していたのですが」

 

 エドモンド様がこう呟いた。

 

「もちろん妹のことでも許せないとは思っていましたよ。でもそれだけじゃなかったのです。

 周りの者達は僕がシスコンだから婚約者を持っていなかったと思っていたようですが、それは違います。いずれ僕がミモザ嬢を支えようと思っていたから、あえて婚約者を決めなかっただけなのですよ。

 だって、ろくに会話も交わさない王太子殿下とミモザ嬢が、そのまま結婚されるとは思えなかったので。」

 

 それってつまり……

 わたしが再び動揺してあたふたとしていると、ソファの隣に座っていたエドモンド様がルイード様から隠すように、いきなり私を抱きしめてこう言った。

 

「たとえ公子といえ、それ以上のことを言うことは許さない。不敬だぞ。彼女は僕の婚約者だ!」

 

 すると、少し笑いを含んだルイード様の声が聞こえてきた。

 

「ええ。わかっています。でも、先程の話はやり直し前の話ですから、不敬には当たらないでしょう?

 それに、お二人が宣誓式を挙げられると知った時点で僕は敗北したと自覚しましたから、殿下から無理矢理セーラ嬢を奪うなんてことはしません。どうか安心して下さい」

 

 私を抱き締めていたエドモンド様の腕の力が、それを聞いてフッと和らいだのだった。

 

 読んで下さってありがとうございました!

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