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第34章 誓約式


 結局私達は最初の予定を大幅に延長して、十日ほど王都に滞在した。

 というのも、神殿の前で行う誓約式に着用する衣装を作るのに時間がかかったからである。

 誓約式を行う際には男女ともに白い衣装を身に付けなければならないらしい。

 

 女性はデビュタントに着用したドレスで構わないのだが、私は現在十三歳なので当然まだ持っていなかった。

 そこでドレスを新調することになったのだが、四、五年後にデビュタントを迎えた時にはもう着られなくなっているだろうと考えると、私は勿体なく思った。

 というのも、今の私はとてもスレンダーな体型なのだが、この後縦横に成長して、地味な顔には似合わないボン・キュッ・ボンの体型になることがわかっているからだ。

  

 そして体型が変わるというのは、それはエドモンド殿下にも言えることだった。

 今現在の殿下は私とそう変わらない身長なのだが、この後まるで雨後の竹の子のようにニョキニョキと背が伸びて、彼を見上げる度に私の首が痛くなるほど大きくなるのだ。あの頃のエドモンド殿下は、成長痛で膝が痛い痛いといつも言っていた。

 学園を卒業する頃もまだ伸びていたが、最終的にどれほど大きくなっていたのかしら。


「僕は着痩せするタイプだけど、鍛錬を重ねてちゃんと筋肉は付けてあるから、ミモザくらい楽に抱き上げられるよ。

 結婚式の時は君を抱き上げながらバルコニーに立って、国民に君を披露するからね」

 

 縦ばかり伸びて痩せ気味に見えたエドモンド殿下は、かつてそう言って笑っていた。

 お姫様抱っこ……結局それは夢で終わってしまった。そんなことを思い出して、私の胸がまた少し痛んだのだった。

 

 

 王都にいたその十日間、お父様達は王都の屋敷に帰ったけれど、エドモンド殿下と私は王宮で過ごした。エドモンド殿下はチャーリー殿下の侍従、私は王太后陛下のメイドとして。

 チャーリー殿下はそれはもう大喜びだった。以前王都にいた頃でさえ、忙しい兄とはなかなか一緒にいられなかったからだ。

 そして国王派の貴族達がご機嫌伺いに来た時は、邪魔された腹立たしさを隠しつつ、別の意味で(わざ)と子供じみた無邪気な演技をして相手を困らせ油断させていた。

 

 王家の皆様の演技力って凄いわ。きっとこれは王族にとって相当重要なスキルなのだわ。

 つまりそのスキルを持っていないから、現在の国王陛下や王弟殿下のところのトーマ殿下は国王として不適格なのね。(まあ、もちろんそれだけではないことくらいわかっているけれど……)

 

 巻き戻る前にはそんな大切なことにも気付かなかった。本当に駄目な婚約者だったのね私は。

 これからはアイリスさんやキャリーさんに厳しく指導をしてもらわないといけないわ。

 お母様の侍女風化粧と、王太后陛下のメイド風化粧のし方はどうにか覚えたけれど、もっと色々変装できるようにしないと。

 

 私は王宮で大好きな王太后陛下の身の回りの世話をさせて頂きながら、その合間に新たな化粧(シスター風)をアイリスさんに習い、夜はチャーリー殿下と騎士談義をしながら親交を深めた。

 同じ忙しさでも元の人生とは違って、とても楽しく有意義な時間だった。

 

 それはエドモンド殿下も同じだったようで、療養生活に入る前から親交を深めていた方々と久し振りに直接会って、更に仲を深めることができたらしい。

 そして今後の計画についても、大分具体的な指示を出すことができたようだ。

 しかもそれはフランお兄様だけではなく、カーネリアン公爵令息のルイード様が後押しをしてくれたおかげもあったようだ。

 

 どうもエドモンド殿下がエメランタ様のために、()()()提案(・・)をなさったことに、ルイード様がいたく感謝して、以前よりも積極的に協力してくれるようになったのだそうだ。

 そう、()()()提案(・・)とは……

 

 

 実はエドモンド殿下は王宮に戻った翌日、前国王陛下ご夫妻に、コールドン子爵領となった辺境の地が、いかに素晴らしい療養地であったかを力説したのだ。

 特に私が造らせた聖水の露天風呂を熱烈に褒めたので、隣で聞いていた私が恥ずかしくなるほどだった。

 

 お二人はそれを感心して頷きながら聞いていた。

 

「今目の前にいる貴方を見れば、その効果は間違いないわね。

 それに、赤子のオムツ爛れや、あかぎれ、ニキビ、肌荒れにも効くなんてすばらしいわ」

 

「脱毛や水虫にも効くなんて、男にとっては夢のような風呂だな」

 

「ねぇ、そんなにお肌に良い温泉なら、カーネリアン公爵家のエメランタ嬢にも効果が出るのではないかしら」

 

 王太后陛下がこう仰った時には、やったぁ!と私達は小躍りしたくなるのを必死で堪えた。そして、

 

「それはいいかもね」

 

 前国王陛下もそれに同意されたので、エドモンド殿下はそこにすかさず口を挟んだ。

 自分もそう思う。是非コールドン子爵領の辺境地を療養先として推薦したいと。

 それにご令嬢が他国のことに興味があるのなら、王都の学園に入学するよりも、彼の地で隣国人の家庭教師から学んだ方がためになると。

 そこで急遽、王太后陛下がカーネリアン公爵一家を王宮に招待したのだ。

 

 もちろんその場にはエドモンド殿下がチャーリー殿下の侍従、私が王太后陛下のメイドとして、王宮のサロンの隅に控えていた。


「久し振りにお兄様とお義姉様にお会いできて嬉しいわ。お元気そうで何よりですわ」

 

 前国王陛下の妹であるカーネリアン前公爵夫人が満面の笑みを浮かべて言った。陛下そっくりの金髪碧眼のとても美しい方だ。

 

「そう遠くにいるわけでもないのだから、もっと頻繁に逢いに来ればいいではないか」

 

「そうしたいのはやまやまですが、息子達に爵位を譲ってようやくあの人達((甥夫婦))の顔を見なくて済むようになったのに、態々(わざわざ)王城にまで来て顔を合わすことはないでしょう?

 今は他国の王家の結婚式に参列していてこの王城にはいないから登城したのよ」

 

 そのお気持ちわかります。あの方々がいないから私も今この王宮に留まっていられます。

 巻き戻る前にされたあれやこれやがトラウマになっていて、顔を合わせたら私はとてもメイドの振りなどはしていられそうにありませんから。

 

 

「ところで、エメランタ嬢、近頃体調はどうだね?」

 

「ご心配をおかけしております、陛下。でもおかげさまで大分元気になってまいりました。どうにか学園にも入学できそうです」

 

 エメランタ様が頬を染め、本当に嬉しそうにそう言うと、公爵夫妻と前公爵夫妻も笑顔になった。しかしルイード様だけが渋い顔をしていた。

 

「実はな、これはまだ内密の話なのだが、コールドン子爵家の辺境領に鉱泉が湧き出したのだ。子爵はそれを利用して露天風呂を造ったのだが、それが健康にとても良いらしいのだ。

 特に皮膚病には良く効くらしくてな。赤子のオムツ爛れや、あかぎれ、ニキビ、肌荒れもすぐに効果が現れるそうだ。

 子爵家の使用人で実証済だから間違いなさそうだぞ」

 

 さすがに、前国王陛下は脱毛や水虫にも効くなんてことは説明しなかった。

 その話を聞いたエメランタ様とルイード様は瞳を輝かせた。お二人のその神々しさに思わず私はクラっとしてしまった。

 

「陛下、私がそのコールドン子爵様の領地へ行かせてもらうことは可能でしょうか。私、是非ともそちらの露天風呂に浸かってみたいのですが」

 

「もちろんだとも。子爵は私の親友の息子だ。私が頼めば可能だろう」

 

「本当ですか!」

 

「本当ですとも。子爵は私の親友の息子でもありますからね」

 

 王太后様ったら陛下と競っていらっしゃるわ。いいえ、後押しをして下さっているのね。嬉しいわ。

 

「是非お願いします」

 

 エメランタ様が頭を下げた。

 始めのうち公爵夫妻は、遠い国境の地に娘を療養に出すことを躊躇っていたが、お子様方の強い希望で押し切られてしまった。前公爵夫妻も孫側に付いてしまったので。

 

「あそこではお前の好きな隣国の生の文化にも触れられるぞ。王都の学園に通うより、よほど勉強になる」

 

 ルイード様の言葉に長期滞在を勧める響きが含まれていたので、ご両親はギョッとされていたが、エメランタ様はその言葉を聞いて更に瞳を輝かせた。

ああ、昔から隣国や諸外国の文化に興味を持たれていたなあと、その姿を見て私は思った。

 それにしても、ルイード様の言動を見ると、やはりどうしても彼もまた巻き戻りの人生を生きているのだとしか考えられなかった。

何故ならそうでも考えないと、公爵令息が大切な妹を辺境の地に留まらせようと、積極的に勧めたりするはずがないもの。

 きっと帰宅したらまた親子喧嘩になるのだろう、そんなことを思いながらも、エメランタ様があの愚兄と遭遇せずに済みそうになったので、私は心の底から安堵したのだった。

 



 

 読んで下さってありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ルイード公爵令息だと、ルイード公爵家の令息という意味になりますよ。ルイードが家名になっちゃいます。
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