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第31章 変装


 結局私はあの超美人顔から、特徴のない顔にメイクし直された。しかし目立たない顔を作りながらも、アイリスさんは私の鼻の左側に大きめの黒子(ほくろ)を付けた。

 アイリスさん曰く、顔の中でどこか一箇所だけ目立つところがあると、そこだけに注意がいって、顔全体の印象が有耶無耶になるそうだ。

 だからいざその顔を思い出そうとしても、特徴のある黒子(ほくろ)くらいしか記憶に残らなくなるらしい。

 

 つまり仮に私がこの格好で、王宮に入り込んで悪さをして逃げ出したとしても、居もしない鼻の左側に大きめの黒子(ほくろ)がある侍女が捜査対象となるわけだ。

 だから、変装を解けば私が犯人として追われることは無い……ということらしい。私は貴族令嬢であり、顔に黒子(ほくろ)もないのだから。

 

 あの美しすぎるエドモンド殿下の顔も、アルフレッド様の時よりずっと平凡顔になっていた。

 それでも顔の造形そのものは変わらないので、やっぱりよく見れば整った顔をしているのがわかる。

 ただし、髪と同じ焦げ茶色の眉毛がとても太いので、そこが記憶に残るだろうと思った。

 

「これが僕の扮装の中で一番ポピュラーなものなんだ。あと五つほどパターンがある。

それと服装を組み合わせれば結構色々なバリエーションになるよね。それに匂いとかも変えればもっと幅が広がるしね」

 

 凄い!

 私は目眩がした。エドモンド殿下に変装されたら、到底私には見分けられそうにもない。

 だって、変装した上に演技までされたらわかるわけがない。

 

 でも、と私は思った。あの真実を告げられる直前、私はアルフレッド様をエドモンド殿下に似ていると一瞬思ったのだ。どうしてかしら。あんなに完璧に変装されていたのに。

 暫く考えて、ようやく私は思い出した。

 

 そう、あの時アルフレッド様は泣きそうな顔をして、右の手でクシャリと側頭部の髪の毛を掴んだのだ。それはかつてのエドモンド殿下の癖だった。だからアレッ?と思ったのだ。

 私がそのことを告げると、演技指導のキャリーさんが少し眉を吊り上げてこう言ったのだった。

 

「殿下! まだまだですね。どんな状況下でも素を出さないようにしなければ命取りになりますよ。これからはもっと精進致しましょうね」

 

 するといつもは大人びているエドモンド殿下がシュンとして、「はい」と小さく返事をしたのだった。

 

 

 

 私は三日前のことを思い出しながら、エドモンド殿下とチャーリー殿下の仲睦まじい姿を見ていた。

 最初は兄だと気付かなかったのに、作られていない声で話しかけられると、侍従の正体を見破っていた。エドモンド殿下は王宮内にいる時から、時折変装して行動していたのかもしれないと私は思った。

 

 やがてエドモンド殿下はソファーの隣に置いておいた箱を持ち上げて、その中から本を一冊取り出すと、それをチャーリー殿下に手渡した。

 

「わぁー、これ騎士のお話の本だね。兄さまからのプレゼントですか?」

 

 チャーリー殿下が目をキラキラさせながら尋ねた。しかしエドモンド殿下は首を横に振ってこう答えた。

 

「これはね、僕ではなくてセーラ嬢から君への贈り物だよ。君が騎士になりたいという話をしたんだ。すると、我が国ではまだ知られていない、隣国の騎士について描かれた絵本があるからと言って、その絵本を訳してくれたんだ」

 

 エドモンド殿下が私を見て優しく微笑んだ。

 

「セーラじょう?」

 

「私どもの娘です。エドモンド殿下のお世話をさせて頂いていました」

 

 キョトンとしたチャーリー殿下にお父様が説明した。すると、チャーリー殿下はパァーッと顔を輝かせてこう言ったのだ。

 

「もしかしてセーラじょうは兄さまの恋人ですか?」

 

 恋人? まだ幼い殿下の口から驚くような言葉が飛び出したので、私があたふたしていると、エドモンド殿下は慌てることもなく、

 

「そうだよ。いずれは君の姉さまになる人だよ」

 

 と、それこそとんでもない発言をした。

 

「殿下、なんてことを……」

 

「姉さま? 嬉しいな。今は変装されているみたいだけど、コールドンししゃくのごれいじょうならさぞかしお美しいのでしょうね」

 

 チャーリー殿下の無邪気なこの発言に、両親と私は絶句し、兄と護衛として側にいてくれた影のウッディさんにモーリーさんは無表情を貫いた。

 ただし天然の入ったエドモンド殿下だけがニコニコしながらこう言った。

 

「もちろんだよ。セーラ嬢はとても美しくて、しかもかわいらしいんだ」

 

 だから、私は間髪入れずに横からこう口を挟んだのだった。

 

「チャーリー殿下、ご期待に添えずに申し訳ないのですが、私は亡くなった祖父似で、兄とは違い両親にはあまり似てはいないのです。

 変装前の素顔も、今と大して違いはありませんの」

 

 期待を大きくしてしまって、後で素顔を見てがっかりされたら、立ち上がれないほどのショックを受けそうだ。だから最初から期待値を下げておかなければ、と私は咄嗟に思ったのだ。

 確か、チャーリー殿下は生前の祖父、前コールドン侯爵の顔を知っているはずだから。

 

 ところがチャーリー殿下は、相変わらずニコニコしながら驚くようなことを言ったのだった。

 

「セーラじょう。けんそんしなくてもいいんだよ。セーラじょうが美しいということはわかっているから。

 僕も兄さまほどじゃないけれど、どんなに化粧をしたり変装をしてもその人の素顔が見えるんだ」

 

 どこまで本当のことかわからず、私は仕方なく誤魔化し笑いをするしかなかった。

 

 

 みんなでお茶を飲んだ後、私は巻き戻る前によくしていたように、膝の上にチャーリー殿下を乗せて、私が翻訳した隣国の騎士の本の読み聞かせをした。

 殿下は嬉しそうに絵本を見ながら、時折私に質問をしてきたので、私はそれに丁寧に答えながら読み進めた。

 一度読み終わると、チャーリー殿下は一人でまた熱心に絵本を読み始めた。どうやら気に入ってくれたようで嬉しくなった。

 留学したらもっと色々な騎士の本を探してチャーリー殿下にプレゼントしよう、そう私が考えていると、エドモンド殿下が私の耳元でこう囁いた。

 

「ずいぶんと騎士について詳しいんだね? 確かに以前から君はお姫様と騎士の絵本が好きだったけれど」

 

「エドモンド殿下は何か勘違いされているようですが、私はあの絵本に出てくるお姫様の方に憧れていたんですよ。綺麗なだけでなくて優しくて芯が強いところが。

 それに、私が騎士に詳しいのは、実は巻き戻る前にチャーリー殿下に教わったからなんです。

 いつも王室図書館で一緒に読書をしていましたから」

 

 私がこう言うと、エドモンド殿下は少し複雑な顔をした。もしかしたら嫉妬をしているのかもしれない。あの当時、私はエドモンド殿下といるよりずっとチャーリー殿下と過ごす時間の方が長かったから。

 

 チャーリー殿下は私にとっては実の弟のような大切な存在だった。だから、巻き戻ったこの世界でも、以前のような関係になれたらと切に願った。

 

 そして暫しほんわかした時間を過ごしていた時に、前国王陛下ご夫妻が現れたのだ。

 

「よく来てくれたね、コールドン子爵、夫人。それと、フランシス卿にセーラ嬢。

 孫を元気にして連れ帰ってくれてありがとう」

 

「私からもお礼を言わせて。皆さん、本当にありがとう。私達の宝エドモンドの輝きを再び取り戻してくれて。いいえ、以前より何倍も素敵にしてくれて。

 エドモンド、本当に元気になったわね。それにこの一年で、ずいぶんと背も伸びたのではなくて?」

 

 さすがだ。お二人は一目ですぐにエドモンド殿下のことがお分かりになったようだ。

 

 

 エドモンド殿下が前国王陛下と近況について話をしているうちに、チャーリー殿下がコクリコクリとし始めた。部屋へ戻るように王太后陛下に促されたが、必死に目を擦って眠気を払おうとした。

 やっと会えた兄ともっと話をしたいのだろう。そこでエドモンド殿下がこう言って宥めた。

 

「チャーリー、兄様は数日王宮にいるつもりだから、また明日お話しできるよ。だから今日はもうお休み」

 

「本当? 朝に会える?」

 

「会えるとも。約束するよ」

 

 エドモンド殿下がそう約束して弟のふっくらした頬にキスをすると、チャーリー殿下は安心したようにニッコリされて、そのままコテッと眠りについてしまった。

 そしてそのまま侍女に抱っこされて部屋から出て行った。

 

 かわいらしい。なんてかわいい寝顔なのかしら。ずっと見ていたいわと私が殿下の出て行った扉の方を見つめていたら、突然「ミ(・)モ(・)ザ(・)()」と陛下に声を掛けられた。

 私は思わず硬直した。

 そしてまるでギギギと音がするのではないかという動きで、時間をかけて前陛下の方に顔を向けたのだった。

 

 

 読んで下さってありがとうございました!

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