第3章 協力者
コールドン侯爵である父は、前の人生の時のように自分が命令さえすれば、私が尻尾を振って大喜びして王都にやって来るものだと思っていたに違いない。
ところが一月経っても私がやって来ない。私はちゃんと体調が悪いと連絡しておいたのだが、それでも父親は焦って苛立っていたようだ。
第一王子殿下の婚約者や、側近候補を見繕うためのパーティーが近付いてきたからだ。
そこで父親は侯爵家付きの医者を態々(わざわざ)領地へ寄越してきた。
私はこのこともちゃんと予測していた。だから訪れた先生に私の計画を包み隠さず打ち明けた。そして協力を求めた。
何故そんなことをしたかというと、以前の人生において王都における私の味方は、唯一そのハッサン医師だけだったからだ。
先生はお祖父様の援助で医学校を卒業したため、お祖父様にとても感謝していた。そしてお祖父様から直々に、私のことをよろしくと頼まれていたのだ。
「先生、私は十一年もの間領地に追い払われていました。何故だかわかりますか?
それは私の顔の造りが不細工だからです」
「不細工なんてことは決してありませんよ。とても愛らしくて、しかも理知的なお顔をされていますよ」
「お祖父様に瓜二つでしょう?」
「ええ、良く似ていらっしゃいますね」
「ですから両親は私が嫌いなのです。怠け者で遊び人でいい加減で派手好きな父は、祖父に嫌われていたからです。
幼い頃から父が駄目人間だったので、祖父は父にしっかり者のご令嬢と婚約させました。しかし父は見栄えだけ良いあの母と浮気をして、そのご令嬢から婚約破棄をされてしまいました。
しかも彼らはその後すぐに子供まで作ってしまったのです。それで祖父母は仕方なく、息子と知性も教養もない上に貞操観念の無い、男爵家令嬢だった母との結婚を認めざるを得なくなりました。
その後祖父は元々、真面目で優秀だった叔父を後継者にしたかったようですが、叔父がそれを拒んだのだそうです。
叔父は父の性格をよく知っていたので、恨まれたら家族に何をされるかわからないと考えたのだと思います。
そこで祖父は仕方なく侯爵位は父に譲りましたが、もう一つの子爵位は叔父に譲りました。そうすれば父がたとえ没落しても、家名が残ると考えたのかもしれません。
その証拠に父には最低限の領地や財産しか譲りませんでした。どうせ食い潰されてしまうのが目に見えていたからでしょう。
それにそもそも婚約破棄をされた時に支払った慰謝料分は、遺産から差し引かなければなりませんでしたから。
もっとも両親はそんなことにも気付いてはいないでしょう。侯爵家の家計は全く気にもかけていませんから。あの二人は。
まあそれはとにかく、お祖父様と両親はとにかく仲が悪かったのです。ですからお祖父様似の私を、彼らは本当に疎ましかったのだと思います。
その上彼らは耽美主義者ですからね。私のような平凡顔の地味娘が自分の子だということが恥ずかしかったのでしょう」
「そんな馬鹿な。かわいいと思っていなければ私をここに寄越したり、そもそも貴女を呼び寄せようとはしないでしょう?」
「先生、両親はどうしても私を王都に呼び寄せたい訳があるから、先生を態々ここへ寄越したのです。
再来月、第一王子殿下の婚約者や側近候補を見繕うためのパーティーが開かれる予定なのです。
殿下と年の近い高位貴族の子供達は全員招待されるのです。ですからあの人達はどうしてもそこに私を参加させたいのです。
まあ、どこまで本気で私を殿下の婚約者にさせたいのかはわかりませんが。なにせ、私の容姿がこれですから。
でもそれはともかく、両親は別に私がかわいいから呼び寄せたいわけではないのです」
「・・・・・」
「十一年もの間領地へ追い払って、ほとんど会いにも来なかった両親や兄が、本気で私と暮らしたがっていると思いますか? 直筆の手紙を貰った覚えもないのですよ。
そんな人達の元で暮らして、私が本当に幸せになれると先生はお思いになるのですか?」
「それは……」
ハッサン先生は言い淀んだ。
ハッサン先生と父親はそもそも学園の同級生であり、先生は父の本性などお見通しだったのだ。
それに先生は愛妻家で子煩悩で、とても情の深い方だ。巻き戻る前のハッサン先生は、コールドン侯爵家の人間の私への対応にとても批判的だった。そのせいで先生が解雇されてしまったといっても過言ではない。
その後先生が王家の侍医になった時には、私は心底ホッとしたものだった。
そして先生は、王太子殿下の婚約者となった私が辛い王宮通いをしていた時、唯一支えて下さっていた方だった。
だからこそ私はハッサン先生の人柄を信じ、今回先生に協力を求めることにしたのだ。
巻き戻った人生においてもハッサン先生はやはり優秀な医師だった。そもそもお祖父様に恩義を感じてコールドン侯爵家のお抱え医師をしているだけで、うちでなくてもどの高位貴族のお抱え医師にだってなれる名医なのだ。
つまり何も父の言いなりになんてならなくてもいいのだ。そう、最終的には王家の侍医になれるくらい優秀なのだから。
「ハッサン先生、私は王都へ行きたくないのです。そして両親や兄とは暮らしたくないし、王城のパーティーにも絶対参加したくないのです」
「そうは言っても、貴女はまだ子供で、保護者無しにここでこのまま暮らすわけにはいかないでしょう?」
ハッサン先生が困った顔でこう仰ったので、私は今現在密かに実行しつつあるプランを伝えた。
すると先生は呆気に取られ、信じられない物を見るように私の顔を見つめた。
しかしその後、ほとほと困ったような顔をしながら、先生は結果的に私の願いを聞いてくれたのだった。
そう。ハッサン先生は数日後に王都に戻ると、父であるコールドン侯爵にこう報告してくれたのだ。
「ミモザお嬢様は、大旦那様が亡くなった後体調を崩されていたところに、更にたちの悪い流行病に罹ってしまったようです。
どうにか峠は越えましたが、人にうつす恐れがありますから、暫くは屋敷から出ない方がよいでしょう。
それと、後遺症が残る可能性があることだけは覚悟しておいて下さい」
と。
そしてそれからさらに一月程経って、いい加減病気も治ったはずなのに一向にやって来ない娘に腹を立てた両親は、ついに五日もかけて領地へとやって来た。
そして開口一番に父が放った言葉が先程の
「何故さっさと王都にやって来ないのだ! 何度も催促させおって」
という台詞だったのだ。
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