第29章 願い
「早速ですが、最悪を回避するためにすべきことは一体なんなのでしょうか?」
とお父様が尋ねると、エドモンド殿下はこう答えた。
「色々とありますが、子爵にしかできないことがあります。それはお察しだと思いますが、この国唯一の関所の徹底した管理です。密入国者や密輸は絶対に見逃してはいけません。
もちろん、巻き戻る前の世界でも子爵はきちんとそれをやり遂げてくれましたよ。
まあ皮肉にもその結果、コールドン侯爵は税関をすり抜けることを諦めて、父である国王を唆して、外交特権を利用して密輸を繰り返すことになったのですが。
でも今回はその手口を使えないように、既に宰相や外務大臣に指示してありますから、それで抜け穴はなくなります」
「カーネリアン公爵と宰相閣下が、近頃親密になさっていたのはその件のためだったのですね。私も仲間に加えて下されば良かったのに」
「あまり人目に付かないようにと考えたのではないですか? あの二人が一緒にいても何も不思議ではありませんが、そこに辺境の要である子爵まで加わると、色々と国王派に邪推されそうですしね」
「なるほど。
しかし、密輸ができなくなると、今度は国内で麻薬を栽培しようとする輩が出てきそうですから、そちらも注意を払うように、農林大臣に注意喚起することをお勧めします」
「なるほど、確かにそうですね。それは気付きませんでした。アドバイスありがとうございます。
それと、子爵家の皆様にはあともう二つほどお願いがあります。
まず一つ目ですが、僕が留学した後、エメランタ嬢の面倒をこちらで見て頂けないでしょうか。
再び子爵の執務室を奪うことになって大変申し訳ないのですが」
「カーネリアン公爵家のご令嬢をですか?
何故こちらへ? 大分お元気になられて、間もなく学園に入学されると公爵様から伺っておりますが」
「ええ。公爵はそのおつもりでしょう。しかし、ご子息のルイード卿がそれに反対しているのですよ。
体調が回復しても、体質が変わったわけではないと。それで最近親子喧嘩が絶えないのだそうです。
『甘やかし過ぎだ……』
『いやいやむしろ無用心過ぎだ……』
いつも冷静沈着なルイード卿がこのことに関してはやたらムキになって、なかなか折れないので公爵も困っているようなのです」
その話を聞いて私の胸はドキンと大きく鼓動した。
「それってもしかして……」
「ええ。僕もセーラ嬢と同じことを考えています。もしや彼も巻き戻りをしていて、前の記憶があるのではないかと」
エドモンド殿下は、私が思い浮かべたことをすぐに察してくれた。
「もしそうだったとしたら、公子様がエメランタ様の入学を反対されるのも当然でしょうね。
裁判の時のお怒りのご様子をお聞きしても、エメランタ様を思うお気持ちがかなり強いことは想像できますもの」
「本人には自覚はないのでしょうが、彼はかなりのシスコンですね。
いつも鉄面皮なのでわかりづらいですが」
「でも、あのレックスお兄様がエメランタ様にしたことを公子様が覚えていらっしゃるのなら、その親類であるこのコールドン子爵家に、大切な妹を託すとは思えないのですが」
「彼は酷いシスコンですがどんな状況においても、正しく物事を判断できる人です。
侯爵家と子爵家が既に関係を断っているという情報は入手していると思いますよ。
それに元の人生の記憶があるのなら尚更、コールドン子爵家とカーネリアン公爵家が手を携えて戦ったことを覚えているはずですから、貴方方に悪感情などは持っていないでしょう。
まあフランシス卿とエメランタ嬢のことを思えば、多少の葛藤はするかとは思うけれど……」
「えっ、僕とエメランタ嬢ってどういう意味ですか?」
とフランお兄様が驚いて尋ねたが、エドモンド殿下は苦笑いをしてスルーすると話を続けた。
「いくらカーネリアン公爵家がエメランタ嬢を守ろうとしても、同じ学園にいる以上レックスとの接触を完全になくすことはできない。ルイード卿は入れ違いで卒業してしまうし。
飛び級の卒業なんてしたくないと彼は主張していたが、教えることはもう何もないと、教師達から追い出されてしまったのですよ。
だからこそ彼は強硬に妹の入学に反対しているのでしょうね。でも、まさか本当のことは言えないから、それで困っているのではないかな」
「それで我が領地に療養目的でエメランタ嬢を保護するようにと?」
「ええ。僕の元気になったこの姿を見せれば、口で説明せずとも凄い説得力になると思うのですよ」
「確かにそうですね。ここの空気と食事と鉱泉で、もっとお元気になれるでしょう。
それにエメランタ嬢のアレルギー症状を抑える化粧品や薬をセーラがお渡しすれば、さらにお元気になられるでしょうしね」
お兄様がこう言ったので、慌てて私はそれを訂正した。
「お兄様、私がお薬を作るのはもっとずっと先になりますよ」
「何故? 君はそれらを以前作っているのだから、製法は既にわかっているんじゃないのか?」
「もちろん製法は覚えています。けれど、必要な材料の中には隣国でしか手に入らないものもあるのです。そしてそれを輸入することは、現在のこの社会情勢下では難しいと思うのです。
それは巻き戻る前の世界でも同じだった。でもそれを、エドモンド殿下が留学先で多くの方々と繋がりを持たれたことで、ようやく実現させたのです」
本当にエドモンド殿下は凄い方なのだ。僅か十歳で留学して、たった二年でそれを実現させたのだから。
「そうか、それは残念だな」
「でも、こちらで過ごすことはエメランタ嬢にとって、健康だけでなく大きなメリットがあると思うのです。
このコールドン子爵領は我がアースレア王国の中でも、隣国を含め他国の情報が一番最初に入ってくる場所ですよね。それ故に他国の情報通も多いと聞いています。
だから、知識欲旺盛なエメランタ嬢が隣国のことも学びたいのなら、王都の学園よりこの地で学んだ方が有意義だと思うのですよ」
「なるほど。先程、元の世界においてエメランタ嬢は引きこもりながらも、隣国とのパイプを作っていたとおっしゃっていましたよね。
それはそもそも、殿下の人脈によるものだったのではないですか?」
お父様がようやく納得したというように頷いた。
「ええ。ですから今回も僕は隣国へ留学するつもりなのです。一度経験したことなので、もっとスムーズに学ぶことができるでしょう。
とはいえ、以前は学びや人脈作りが不足していたせいで、隣国からの麻薬密輸を阻止できなかったという悔しい思いがあります。
ですから、今回は留学する年齢を繰り下げたのです。以前は幼過ぎて限界があったので」
エドモンド殿下はここまで話した後で一度口を閉じた。そして私の方に顔を向けて再び口を開いた。
「しかし目的を達成させるためには、僕一人ではやはり色々と難しいと思うのです。ですから二つ目のお願いです。
どうか僕のパートナーとして一緒に留学して、僕を助けてくれないでしょうか。お願いします、セーラ嬢。いいえ、ミモザ……」
エドモンド殿下は私の両手を取り、真剣な眼差しで真っ直ぐ私を見つめながらこう言った。
巻き戻る前の『一緒に……』という上辺だけの言葉ではなく、本当に私の助けを求めているのがわかった。
「自分の心に素直になりなさい。そして過去の失敗や不幸になんか負けないで」
お母様が私の耳元で囁いた。私はそれに大きく頷くと、エドモンド殿下にこう告げた。
「わかりました。貴方の護衛騎士兼パートナーとして、共に隣国へ行かせて頂きます」
と。するとエドモンド殿下はホッとして嬉しそうな顔をしながらも、一筋涙をこぼした。そして私の両頬にも涙が流れ落ちたのだった。
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