本文23 嘆き〜エドモンド王子視点(3)〜
ミモザの死の真相を告げると、ダイニングの中は重苦しい雰囲気に包まれた。
僕自身もセーラ同様巻き戻ってやり直しの人生を生きていることを、昨夜僕はコールドン子爵には告白していた。そしてミモザの最期の様子についても。
だから夫人もご子息も承知している筈だ。自分の実の娘のバーバラが、姪であり今は溺愛しているセーラを陥れただけでなく、彼女を殺したその首謀者なのだと。
そんなことを突然知らされて、さぞかし驚き嘆き悲しんだことだろう。
ここにいる者達は僕を含めて、皆ミモザを殺した加害者の関係者だ。たとえ直接関わっていなかったのだとしても決して無関係ではない。
もちろんこのことは先程散歩中にセーラにも全て話した。この話をするのを躊躇ったせいで、僕は一年近く正体を明かせなかったと言ってもいいだろう。
ところが彼女はそれを聞いて一瞬驚いた顔はしたが、意外なことに感情を乱すことはなかった。ただ、少し考え込みはしたが。
正直なところ僕には、セーラがこの事実をどう受け止めたのかはわからなかった。
そして今もセーラは黙ったまま何も語ろうとはしない。そこで僕は再び言葉を続けた。
「体から薬が完全に抜けて僕が正常に戻ったのは、ミモザが亡くなってから二日後のことでした。
その時には既にコールドン子爵やフランシス卿、そしてカーネリアン公爵とご子息のルイード卿がすぐ様動いてくれていたので、国王派の連中は既に捕縛されていました。
僕に使用した麻薬は隣国で手に入れた物らしいのですが、一時的に人を狂わせ服従させる効力があるというのが謳い文句だったようです。
だから麻薬を使用してもばれない、と奴らは思ったのでしょうね。
しかし、実際は体の自由が奪われていただけで、僕の頭は正常で記憶も残っていたのです。
そして父の国王には言葉を話させる必要があったから、僕とは違う麻薬を嗅がせていたのでしょう。
そしておそらくどちらの麻薬も、きちんと治験などはされていなかったのでしょうね。奴らが予想していなかった副作用が出たのです。
奴らは国王に僕とミモザの婚約破棄を宣言させた後で、次に僕とバーバラの婚約を国王の名で発表させようと計画していたらしいのです。
ところが国王が告げたのは、何と国王自身とバーバラとの婚約表明だったのですよ」
「「「エッ?」」」
「どうやら国王は自分が王太子だと思い込んでいたようなのです。だから隣にいた王妃を妻とは認識せず、側にいた若くて美しいバーバラに一目惚れしたのです。
それで妻である王妃が切れてパニック状態になってしまい、パーティー会場は大混乱になったのです。
でも怪我の功名とでもいうのでしょうか。このことで、父が正常ではないことが誰の目にも明らかになったのです。
すぐさま祖父である前国王の命で近衛隊が動いて、その場でバーバラを含めたコールドン侯爵家の四人が捕縛されました。そして僕と父は治療棟に隔離されたのです。
僕はミモザ嬢のことが心配で後を追いたかったけれど、口もきけず、自分の意志で体を動かすことができなかった。
あの夜会当日、バーバラは既に侯爵家の養女になっていたので、子爵家の方にはお咎めがなく、その後の国王派の一掃にも活躍してもらうことができました。
皮肉なことですが、それが唯一侯爵家に感謝するところですかね。今回の入れ替わりの件もそうですが」
この情報は初めてだったので、みんな唖然としていた。
それにしても、あまりにも間抜けな結末だった。しかし、奴らのその杜撰で愚かな計画が、僕を絶望のドン底に陥れたのだ。
僕は自分の半身をもぎ取られ、片肺片翼で生きていかなければならなくなったのだから。
「ミモザ嬢の葬儀は、ミモザ嬢が亡くなってから一年後、国王派を一掃し終えてから執り行われたんだ。慌ただしい中で形だけの別れをしたくなかったから。
ミモザ嬢とはゆっくりとお別れをしたかった。
葬儀中、皆が涙を流していたが、特にエメランタ嬢はずっと号泣していた。何故あの夜会に自分は出席しなかったのかと、彼女は酷く後悔していたのです。
例の皮膚治療薬や化粧品が完成した後、研究者に感謝をしたいからどうしても会わせて欲しいとエメランタ嬢に懇願され、僕は彼女にミモザ嬢とフランシス卿を紹介しました。
真相を知った彼女は泣きながら二人に感謝していましたよ。そしてそれからは、僕やエメランタ嬢の兄のルイード卿を含めて五人で交流するようになったのです。
ミモザ嬢とエメランタ嬢が親しい友人になったのはあっという間でしたね。
二人はとても聡明で物事に対する探究心が共に強く、一見すると儚げだが芯が強いところがよく似ていました。
ミモザ嬢がエメランタ嬢を心配していたように、エメランタ嬢もミモザ嬢が社交界において辛い境遇にいることを聞いていたようで、なんとか力になりたいと思っていたらしいのです。
だから友人としてエメランタ嬢は、ミモザ嬢を守りたいと考えるようになっていたのです。
しかしそれは容易なことではなかった。エメランタ嬢は長年引き籠もっていたので、社交場どころか屋敷から出るのも一苦労する有様だったので。
そしてそんな時にあの事件が起きたのです。
だからエメランタ嬢の後悔の念は、計り知れない程大きかった。
たとえ何もできなかったとしてもあのパーティーの日に自分が側にいたら、せめてミモザ嬢を孤立無援状態にはしなくてすんだ。そして侍女に殺されるのを防げたのではないかと。
しかし、エメランタ嬢はそれまで決して何もしなかったわけじゃないのです。
確かに屋敷から外へは出られなかったけれど、隣国にいる文通相手とのやり取りや、多くの文献を読み漁ることで、国王派を一掃するための情報を収集してくれていたのです。
そのおかげで事件直後、素早く奴らの不正の証拠を集めて逮捕することができたのです。
エメランタ嬢はできる限りのことをやってくれていたのです。それでもそんなことは彼女にとって何の慰めにもならなかった」
エメランタ嬢は唯一無二の親友をなくしてしまったのだから。
そんな大切な人をたった一人で逝かせてしまったのだから。
そしてその想いは僕と同じだった……
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