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第22章 得手勝手  


   

 フランお兄様は図書係のクラスメイトに、エメランタ様の閲覧カードを見せて貰うことに成功した。

 従妹がエメランタ様のファンで、彼女の読んだ本を読みたがっているので愛読書を教えて欲しいと頼んだら、閲覧カードを見せてくれたのだ。

 

「あの方、小説は一切読まれなかったの。難しい専門書ばかりで題名は覚えていないから」

 

 そう言って。


 フランお兄様のことだから、てっきり笑顔で買収したのかと思っていたので、そうではなかったと知ってホッとしたことを今も覚えている。

 お兄様は容姿を武器にすることを嫌っていたから、嫌なことをさせてしまっていたのなら申し訳ないと思っていたのだ。自分で依頼しておきながら図々しいけれど。

 

 エメランタ様がよく手に取っていた本は、薬学書や医学書、野菜や果樹などに関する百科事典や図鑑ばかりだった。

 エメランタ様はもっと元気になりたくて、アレルギーを治す方法や滋養強壮の食べ物などを調べていたのかも知れない、とフランお兄様が言った。

 そして彼女が借りた本の皮膚病に関するページに、公爵家の紋章入りのメモが挟んであったという。

 おそらく、お日様アレルギーをどうにかしたいと考えていたのだろう。

 

「こうしてエメランタ嬢の望みを知ったお二人は、その望みを叶える手伝いをしようとすぐに行動を起こしたのです。

 フランシス卿は最初、コールドン侯爵領内に温泉が出るのではないかと何箇所かボーリングをするつもりだったそうですよ。一つ目で成功して鉱泉が湧き出たので、無闇に土地を掘り返す必要はなくなったそうですが。


 何故ボーリングをしようと思ったかというと、コールドン侯爵家の領内の渓谷には温泉が湧き出るところがいくつかあって、怪我をした野生動物が露天風呂によく浸かっている、そんな話を耳にしたのがきっかけだったそうですよ。

 山間部に温泉が出るのなら、麓にも湧き出るところがあるのではないかと考えたそうです。

 そしてフランシス卿は見事に鉱泉を掘り当てたのです。


 辺境のヘミルトン領は前侯爵が亡くなった後、現侯爵名義になったのですが、ほとんどほったらかしだったので、領民から国へ訴えが出ていました。

 しかも関所の仕事までいい加減にしたので、祖父((前国王))が激怒して、このまま放置するのなら領地を国で召し上げると告げたのです。さすがに((国王))も庇いきれませんでした。関所は国防の要ですからね。


 そこで侯爵は仕方なく、関所の責任者を辞任して弟のコールドン子爵に変更すると申し出たのです。しかし、ヘミルトン領の名義はそのままにして、使用権を弟に与えて、利益の一部を徴収することにしたのだから、全く虫のいい話です。大変なことは弟に丸投げするくせに、おいしいところだけは手放さないということですからね。


 でも、ご本人の前で話すのもなんですが、そんな理不尽な話を受け入れたのは偏に、ヘミルトン領の元の使用人や領民のためだったのでしょうね。その後執事のカーリーさんだけでなく他の使用人も再雇用して、彼らにヘミルトン領の管理を(ゆだ)ねましたからね」


 そうだったんだ。そのあたりの記憶はあやふやだ。先程アルフレッド様が言っていた通り、私の記憶は(いささ)か混沌としているみたいだった。

 でもカーリーさんをはじめとする私の大切な人々が再びここで働けていたと知って、少しだけ彼らに抱いていた罪悪感が減った気がした。

私は聖水を使った化粧品を作っていたのだから、ヘミルトン領には訪れていたはずだ。しかし、今その記憶がないのは、巻き戻る前の人生ではおそらく、彼らとはなるべく顔を合わせないようにしていたのだろう。

 

「まあ侯爵の話はともかく、コールドン子爵がこの地の使用権を持ったことで、フランシス卿は自由にボーリングすることができたわけです。

 そして最初にお試しだと掘って湧き出した泉が、温泉よりも寧ろ貴重な聖水だったのですから驚きですよね」

 

 

 そうだったんだ。鯉の養殖用の池を掘っている時に湧き出したんじゃなかったのね。

 いやだわ。私はフランお兄様の手柄を自分のものだと記憶していたわ。道理で掘り当てるのに三か月もかかったはずよね。恥ずかしい。

「そしてこの鉱泉の恵みは露天風呂だけではありませんでした。

なんとミモザ嬢はこの鉱泉の効能を調べて、独自製法の薬用化粧水とファンデーションを生み出してくれたのです。

 

 その化粧水のおかげでエメランタ嬢は、皮膚のアレルギー症状を抑えることができるようになったのです。

 しかもファンデーションを塗れば、そもそも症状が出にくくなった。おかげで彼女はそれを塗って自由に外へ出られるようになったんですよ」

 

「まあー!」

 

 お母様が歓喜の声を上げた。そしてこう言った。

 

「そんなファンデーションがあったら、もうシミやシワの心配もしないで済むわね。エメランタ様に限らず女性にとっては朗報だわ」

 

「へぇ~、あの湧き水って、以前の僕がボーリングした賜物だったんだね。しかも一発で見つけたなんて、何かとても不思議だ」

 

 フランお兄様は感心するように言った。本当に凄いですよね。

 そして私はお兄様に申し訳ない気持ちになってこう謝罪した。

 

「お兄様、今まで黙っていてごめんなさい。お兄様の成果を横取りするような真似をしてしまって」


 本当は今その事実を知ったのだが。

 するとフランお兄様は作りものではない、天使の微笑みを私に向けながら、ポンポンと私の頭上に軽く手を当てた。

 

「そんなことを気にすることはないよ。巻き戻る前の時よりも早くセーラが鉱泉を見つけたからこそ、エドモンド殿下が早く元気になれたのだから。

 そしてランディー坊やのお尻の(ただ)れや、カールおじさんの水虫も早く治すことができたんだからね」

 

 私が罪悪感を持たないようにと、(わざ)とアルフレッド様とカールおじさん達を並列にして言ったので、私は泣き笑いの表情を浮かべた。フランお兄様は本当に優しい方だ。

 

「それにしても、その化粧品の治験はどうやったんだい? 治験者を見つけるのは大変だったろう?」

  

「それは…」

 

 お兄様の質問に私は口ごもった。何故なら不敬過ぎて私の口からはとても言えなかったのだ。

 するとアルフレッド様がシラッとこう暴露した。

 

「それはもちろん、その薬をもっとも早く試したいと願っていた人物ですよ。決まっているじゃないですか」

 

「まさかそれって……」

 

「ええ、エメランタ嬢です。

 僕の友人がアレルギー治療薬を研究していると話したら、それなら自分が治験者になると自ら名乗り出てくれたのですよ。

 

 彼女は病弱でおとなしい性格だと思われがちですが、実は男っぽい性格で変なところで割と度胸があるのです。

 外の世界が怖いと屋敷に籠っているくせに、貴族の娘として社会のために何か貢献しなければいけないと考えているような令嬢なのです。

 だから、どんな副作用が出るかわからない薬を平民に試させる訳にはいかない、といって聞かなかったらしいのです。

 結局公爵家の皆さんにまで、


『娘がこう言い出したら人の意見などは聞かないので、娘が納得するようにしてくれ』


と言われてしまったのです。

 もっとも、自然由来の素材で作ってあるから、安全だろうと言っておいたからでしょうが。

 もちろんお二人の名前は伏せましたよ。さすがに邪推されると困るので」

 

「それはそうでしょうね」

 

「公女様が前国王派だったという先程の話が、これでようやく納得できましたよ」

 

 両親は納得して頷いたが、私はあの時、必死にエメランタ様を止めて欲しいとエドモンド殿下に訴えたのだ。まあ、結果オーライだったから良かったけれど。

 

「ミモザ嬢は天才だったよ。研究に研究を重ね、何度も失敗を繰り返しながらも、わずか四年で薬用化粧水と、薬用ファンデーションを作り上げたのだからね。

 しかも治験者にはほとんど副作用を出さずに。

 学園の勉強やお妃教育を受けながらの研究だったから、ミモザ嬢は本当に大変だったと思う」


 アルフレッド様が慈愛の籠もった目で私を見つめたので、私の顔はカッと熱くなった。

 思い返せば確かに大変だった。時間がいくらあっても足りず、万年寝不足状態だった。

 そんな風に私に余裕がなかったせいで、地味娘は余計不細工になっていたのかも知れない。

 そんなことをふと思った時、アルフレッド様が一変して顔を強張らせ、憎々しげにこう言った。

 

「ミモザ嬢一人にエメランタ嬢への贖罪を押し付けておきながら、コールドン侯爵一家は、ミモザ嬢の生み出した成果を奪い取った。しかも、侯爵家の凋落の原因はミモザ嬢の社交不足のせいだと甚だしい思い違いをしたのだ。

 そして己を省みることないまま貴族社会での権勢を取り戻そうとして、国家転覆を画策したと受け取られかねない重罪を犯した。

 なんと考え無しの国王を騙して薬の運び屋に仕立てた挙げ句、それを僕ら王族に使用したのだから。 

 

 恐らく彼らは、父と僕とでは違う薬を嗅がせたのだろう。

 ミモザ嬢の記憶には齟齬が生じているみたいだが、僕とミモザ嬢の婚約を破棄すると宣言したのは、僕ではなくて父の国王だったのだ。

 

 ミモザ嬢は突然の婚約破棄にショックを受けて、泣きながら人目のつかない裏階段へと続く扉から出て行ってしまった。そして階段を降りようとして転落死した……と発表された。

 

 しかし真実は違った。ミモザはバーバラの息のかかった侍女に殺されたんだ。

 

『ミモザは第一王子を不幸にしている。第一王子が本当に愛しているのはバーバラなのにそれをミモザが邪魔をしているのだ。第一王子の幸せを考えるのなら邪魔者を消せ!』

 

 とバーバラに唆されて、その侍女はミモザのことを背後から突き落としたんだ。

 

 その侍女はコールドン侯爵と同じ耽美主義者で、しかも僕の妄信的な狂信者だった……」

 

 エドモンド様は顔を苦しそうに歪めて嗚咽しながら、消え入りそうな声でそう言ったのだった。

 読んで下さってありがとうございました!

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