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第18章 真実


 巻き戻る前の人生。

 あのパーティーの日の出来事が私の脳裏に蘇り、悲しみと怒りの感情が久しぶりに湧き上がった。

 その憎いはずの相手に抱き締められて、私は必死にそこから逃れようと藻掻いた。

 しかも『僕は一度も貴女を裏切ったことはない』と囁かれてますます頭に血が上った。

 

 しかし次の言葉に私の怒りは急激にクールダウンした。

 

「貴女の記憶は(いささ)か混沌としているようだ。貴女に婚約破棄を告げたのは僕ではなく、父だ」

 

 父って国王陛下のこと? 確かに王妃陛下だけじゃなく、国王陛下にも私は好かれてはいなかったけれど……

 

「僕はバーバラと腕を組んでいたのではなく、無理矢理腕を掴まれていたんだ。

 それに貴女を冷たい目で見下ろしていたんじゃなくて、麻薬のせいで僕は言葉や感情を抑えこまれていたんだ……」

 

 麻薬ですって。

 それじゃ、あの時のエドモンド様は正常じゃなかったということなの?

 それなのに私はそんなエドモンド様の状態に気付きもせずに、ただ泣いて自分だけ逃げ帰ってしまったということなの?

 

 

 そもそもあの後一体どうなったの?

 私は? 

 エドモンド様は?

 全く記憶にないし、まるでわからない。

 どうして今迄そのことを考えなかったのかしら。どうして私はそれを疑問に思わなかったのだろう。

 

 

 急に大人しくなった私を、アルフレッド様((エドモンド殿下))が今度は力を緩めて優しく抱き締め直してくれた。

 

「あの当時王宮には、コールドン侯爵の配下の国王派の者が紛れ込んでいたんだ。それをわかっていて(わざ)と泳がせて奴らの様子を窺っていたんだよ。

 僕はやつらの動きをきちんと把握して、十分な注意を払っていたつもりだった。

 ところが、就寝中に部屋の扉の隙間から、麻薬の煙を注入されてしまったんだよ。

 

 君も知っている通り、毒なら僕には耐性があったのだが、使用されたのはコールドン侯爵が隣国バーストン王国の闇ルートから入手した麻薬の類だったらしい。

 頭の中はしっかりしているのに、神経が麻痺して、体の感覚が全て無くなってしまったんだ。そしてまるで操り人形のように、バーバラの思い通りに動かされていたんだよ」

 

 あの両親の人間性には多々問題があるとは思っていたが、まさか密輸をしたり、王太子に麻薬を嗅がすなどという暴挙に出ていたとは!

 たとえ巻き戻る前の過去のことだったとしても、その罪深い行為に目眩がした。私はその大罪人の娘だったのだ。

 それなのに被害者ぶって嘆き悲しんでいたなんて、私はなんて恥知らずだったのだろう。巻き戻る前も、やり直しのこの世界でも。

 

 自分の愚かさに居た堪れなくなって、全身の力が抜けた。しかし地面に倒れ込む寸前の私を、膝立ちをしたアルフレッド様が両腕で支えてくれた。

 

「申し訳ありませんでした。貴方を信じられなくて。そして私の家族がとんでもない過ちをしでかして、どんなお詫びをしたらいいのかわかりません」

 

「貴女は何も悪くない。

 あの頃の僕は、国王派の情報を得るためだからと、バーバラからの接触を拒まなかった。

そしてあいつらの犯罪を一気に暴くために躍起になっていた。

 そのせいで、たった一人で周囲の悪意に立ち向かっていた貴女を、全く慮ることができなかった。

 あと少しでやつらを捕まえられると、そればかり焦っていたんだ。そして取り返しのつかない過ちを犯してしまった。

 本当にすまなかった」

 

 そうアルフレッド様が謝った。でも何故彼が謝るのかがわからなかった。だって私を追い詰めたのも、彼を陥れたのも、全員私の身内だったのだから。

 私が力無くそう指摘すると、アルフレッド様がそれは違うと言った。

 

「あの者達は生まれて間もない赤ん坊のミモザを捨てたのだ。だから貴女はあの者達とは赤の他人だ。

 貴女を育ててくれたのは前侯爵夫妻や領地の人達だったのだろう? だからやつらとは無関係だ」


「けれども間違いなく、私にはあの人達と同じ汚れた血が流れています。世間から見れば私は大罪人の娘です。ですから元々私は、王太子殿下の婚約者には相応しくなかったということです」

 

「それなら僕も同じだよ。両親も君の父親と一緒に罪を犯していたのだからね。

 考えてもごらんよ。隣国の麻薬なんてそう簡単にこの国に持ち込める訳がない。

 巻き戻る前の時も、今世同様コールドン侯爵ではなくて、子爵が関所の責任者だったのだから。

 つまり、麻薬を持ち込めたのは、他国において治外法権が認められている者で、なおかつこの国の関所を通らなくて済む限られた人間だ。そんな人間がこの国にどれだけいると思う?」

 

 アルフレッド様の言葉に、ある恐ろしい考えが頭に浮かんで、私は身震いをした。



 *



我がアースレス王国は、大陸の南の半島に位置している。しかも周囲を全て絶壁に囲まれているために、周りがせっかく海だというのに港がない。

 そして唯一隣国と接しているという場所が、我が国の最北部に位置するコールドン家のヘミルトン領なのだ。

 それ故に、国境に設けられている関所を代々管理することになったのだ。

 この関所では密入国や密輸が行われないように厳しく検問している。

 言い換えれば、そこの役人が違法行為に手を貸せば、簡単に危険な薬などが国内に入ってきてしまうのだ。

 

 祖父であるコールドン侯爵は、次男アンドリューが結婚した際に所有していたもう一つの子爵位を彼に与えた。そして王都近郊の領地ではなく、ヘミルトン領近くのラットン領を譲った。

 それは、いずれ跡を継ぐ嫡男マックスが、関所の仕事を放棄するであろうことを見越していたためだろう。


ヘミルトン領内には国唯一の関所があり、領主はその場所を守るために辺境騎士隊を組織運営しなければならい。

 ところが、そんなこの国にとって防衛の要になる重要な役目を、嫡男には任せられないと祖父は判断していたのだろう。何せ魅惑的で誘惑の多い官職であるために、相当自制心の強い者でないと汚職まみれになってしまうからだ。

 しかもそれに加えて人をまとめ上げる統率力があり、知力と胆力を兼ね備えた人物でないと務まらない。


 しかし、いきなり次男にその役職を譲れば、人格に問題ありの嫡男が気分を害して、弟に嫌がらせをするかもしれないと考えたのだろう。

 そして祖父の予想通り、都会で華やかに着飾って暮らすことが好きな男に、辺境の地で土まみれになって、騎士と共に体を鍛えるなんてことが、嫡男にできるはずがなかった。

 多少の経緯の違いはあれど、巻き戻る前もやり直しのこの世界でも、侯爵位に就いた嫡男は関所のある先祖代々の土地であるヘミルトン領を、最終的には弟に譲ってしまった。

 いや、不良債権とばかりに押し付けたのだった。


 

 叔父((現在の父))のアンドリュー=コールドン子爵は、決して優等生などではなかったが、彼も父親同様に強靭な体格を持つだけではなく、頭脳明晰で誇り高い人間だ。不正を見逃すことなど絶対にあり得ない。巻き戻る前も、やり直しの今も。

 そう考えると、やはり外交ルートからその麻薬が国内に持ち込まれた、と考えるのが妥当だろう。

 


つまりそんな真似ができるのは王族か外交官か大使、それこそ数が限られている。彼らの中の誰かが関与していなければ、密輸なんて絶対にできない。


 しかし巻き戻る前の当時の外務大臣は、この国の三大公爵家の一つカーネリアン公爵様だった。

王家とも関係が深く、公明正大な人格者として名高いご立派な方だ。

 その上優秀な外交の専門家として国内外でも評価が高かった。

 そしてその様な方がトップに立つこの国の外交官達は皆、国を守るという意識がとても高い集団らしい。

『武器を持たない騎士軍団』だと。

 そもそも外務大臣以下外務省の職員は、家柄無視の実力派のエリート集団で、しかも人間性を最重要視して採用されていると聞いている。彼らが犯罪に関与しているとは到底思えない。


 そうなると考えられるのは信じたくはないけれど……。

私は驚愕しながらアルフレッド様を見た。

 アルフレッド様は今迄のような頼りなげな様子ではなく、力強い目をして、全く動揺した様子を見せることなく私を見つめていた。

 

「君にもわかっただろう? 密輸を誰がしていたのかを。

 君と僕は全く同じ立場なんだよ。

 

 あの頃の僕は、絶対に不正を暴くのだと、影達や前王族派の貴族達の協力を得ながら奔走していたんだ。

 そうしてあともう少しでその罪を暴けるところまで来ていたのに、あいつらの罠に落ちてしまったんだ。

 

 あの時の僕の最大の失敗は、貴女に協力を求めなかったことだ。

 貴女はいつだって僕の隣にいてくれた。打ち明けていれば、きっとどんなに辛くて危険なことでも、僕と共に戦ってくれただろう。

 だけど、僕は貴女を愛し過ぎていて、貴女を危険に巻き込みたくなかった。そしていくら嫌いな人間だとしても、実の親兄弟を破滅させる手伝いを貴女にはさせたくなかった。

 

 しかし所詮それは僕の独りよがりだった。そのせいで僕は貴女を絶望のどん底に落とし、失意のまま一人で逝かせてしまった・・・」

 

 アルフレッド様の悲愴感溢れる顔を目にして、私は覚えていない自分の最期を察したのだった。

 (注意)

 セーラはようやくアルフレッドがエドモンド王子だと知りますが、少しの間彼をアルフレッドと呼びます!



 読んで下さってありがとうございました!

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