第17章 告白〜エドモンド王子視点(2)〜
「貴女が僕を嫌っていることはわかっている。僕は貴女に許されないほど酷いことをした。
貴女が前とは違う人生をやり直したいと願っていることもわかっている。貴女があのバーバラと入れ替わったことに気付いた時から。
それでも、貴女に逢いたい気持ちをどうしても抑え切れなかった。
エドモンドとしては会えなくても、アルフレッドとしてなら側にいられるんじゃないかって」
僕の独白にセーラは呆然としていた。
セーラにあまりショックを与えないように順序立てて話をしようと、昨晩寝ずに筋立てを考えた筈なのに、そんなものは何処かへ吹き飛んでしまっていた。
もう訳がわからなくなって、ただセーラへの思いをぶつけた。
「巻き戻る前の時、僕は七歳でこの地に療養にやって来たよね。貴女はまだ幼かったのに完璧なカーテシーを披露して僕を迎えてくれた。その後緊張が解けたのか、お日様みたいに輝く笑顔を見せてくれたんだ。その瞬間に僕は貴女を好きになった。一目ぼれで初恋だった。
でも、僕は貴女の憧れの王子とはまるで違う、弱虫で病弱でガリ・ヤセ・チビだったから、好きだって言えなかった。
貴女に相応しい王子になったら告白しようと思っていたんだ。
だから体だけ先に健康体になって隣国への留学が決まった時も、好きだとか待っていて欲しいとかそんな無責任なことは言えなかった。
だって僕はまだ、貴女の理想の王子にはなっていなかったから」
僕がここまで夢中で喋ると、セーラが必死に僕の話を打ち切ろうと両手を胸元で前後させた。
「ち、ちょっと待って下さい!
理想の王子様って何のことですか? 私は絵本の中の王子様になんて理想も憧れも持ったことはありませんよ」
「えっ! そうなの?」
驚いてセーラを見つめると、彼女はコクコクと頷いた。それを聞いてぼくは脱力してヘタヘタとその場に座り込んでしまった。一体何のために僕は今まで……
「そもそも、アルフレッド様はエドモンド殿下なのですか!」
セーラはさっきからずっと目を見開いたままだ。
「うん」
「うんって……
確かに瞳の色は同じ青緑色ですが、髪の色もお肌の感じも、匂いも違いますよ。それに喋り方も」
「王子だとばれないように変装して演技をしていたんだよ。祖父の命令で。僕は絶えず命を狙われていたから。
いつも僕の側にいてくれる者達はね、僕が生まれた時に祖父が付けてくれた影なんだよ。
彼らの変装と演技力はとても素晴らしくてね、僕は物心がついた頃から、彼らから色々と指導を受けているんだ。
変装や演技もそうだ。だから君が僕の正体に気付かなかったとしても当然なんだ。
でもね、どちらかというと僕は、王子エドモンドより、偽貴族令息のアルフレッドの方が地に近いというか、自然体だったと思うよ。もちろん、前のアルフレッドのことだけれど。
今回、つまり今のアルフレッドに扮している僕がオドオドしていたのは、貴女が怖かったからじゃない。申し訳なくて、正面から貴女を見る勇気がなかったからなんだ」
「それでは本当にアルフレッド様はエドモンド殿下で、しかも私と同じように巻き戻って、また同じ人生をやり直しているのですね……」
セーラもヘナヘナと座り込んだ。
僕も座り込んだまま彼女の目を見つめた。
「そうだよ、ミモザ……」
『ミモザ』と、彼女の本当の名で呼び掛けると、彼女は涙をポロポロと溢したのだった。
「私は巻き戻る前の人生で、同じ人を好きになって、同じ人に二度も失恋したということなのですね」
「それは違う。さっきも言った通りにアルフレッドだった僕は貴女を好きだったんだ。帰国したらちゃんと思いを告げるつもりでいたんだ」
「でもエドモンド殿下の十二歳の誕生日パーティーの時、貴方はまるで初めて逢ったような振りをしたわ。
そして一目惚れをしたと、突然侯爵家にいらして婚約を申し込まれましたよね?」
セーラは涙を溢し、疑わしそうにこう言った。彼女が疑念に思うのは当然だ。昨夜もコールドン子爵にその理由を聞かれた。
「本当に帰国したらすぐにコールドン侯爵家の領地へ、貴女に逢いに行くつもりだったんだ。
そしてそこで自分の正体を明かし、騙していたことを謝罪して、貴女への思いを伝えようと思っていたんだ。
ところが、侯爵は僕が留学した半年後に既に亡くなられていて、その後貴女も王都のご両親の元へ行ったと知った。
しかも、実の家族の元に帰ったというのに、そこで貴女がずっと辛い思いをしていたことを知ったのだ。
僕は酷く後悔した。僕が貴女と手紙のやり取りさえしていたら、貴女が辛い思いをしていた時にすぐに慰めて相談に乗ることができたのにって。
たとえすぐには帰国できなかったとしても。
だけど、僕と関係を持つことで貴女が、何か危険なことに巻き込まれるのではないかと僕は恐れたんだ。だからあえて連絡先を伝えなかった。
だけどそのせいで薄情な人間だと思われて、僕は貴女に嫌われているかもしれない。そう思ったらとても怖くて、ますます正体を明かせなくなった。
だからアルフレッドのことを隠して、新たに貴方と知り合った振りをしたんだ。
だけど巻き戻った今、同じ過ちを繰り返したくはなくて、今度こそアルフレッドでいるうちに貴女に告白したいと思っていたんだ。
それなのに、さっきも言ったけれど、なかなか勇気が出なくてこんなに時間がかかってしまった。
でも、まさか貴女がアルフレッドのことを好きで、泣く泣くエドモンドである僕の婚約者になったとは思ってもみなかった。
本当にすまなかった」
僕が深々と頭を下げると、セーラは酷くオロオロと焦った様子でこう呟いたのだった。
「どうしてそれを?」
「昨夜子爵からお聞きしたよ」
セーラの顔が真っ赤に染まった。それを愛しいと僕は思った。
僕は彼女を抱き締めたい衝動に襲われたがそれをグッと堪えた。今の自分にはまだその資格がないから。
「確かに婚約をした当初、私はアルフレッド様への思いを完全に消し去ることはできていませんでした。
だって王都での辛い毎日の中で私を支えてくれたのは、領地にいた頃の幸せな思い出で、その中にはいつもアルフレッド様がいらしたから。
でも、共に学び同じ時間を過ごすうちに、エドモンド様を尊敬しお慕いするようになりました。
私は貴方の隣にずっといられる存在になりたいと願い、必死に努力しました。そのことは貴方もご存知だったでしょう?
それなのに貴方は、一度も私を好きだとは仰ってはくれなかった。私は何度も言葉や手紙でお伝えしたのに」
「貴女の気持ちはわかっていた。だがあの環境の中で貴方を守るためには、母達にあまり仲の良いところを見せるわけにはいかなかった。
だけど貴女への思いは見つめ合うことで伝わっていると思っていたんだ。僕の貴女への熱い思いは、侯爵家へ婚約の申し込みをしに行った時にきちんと貴女に告げていたし。
まさか覚えていないの?」
「えっ?」
「『一目惚れをした。貴女を愛している。貴女とでなければ僕は絶対に誰とも婚約しない』と目を合わせて言っただろう?
一世一代の告白だったし、貴女も頷いてくれたよね?」
僕がそう言うと、セーラは両手で口元を覆った。
「あれはお母様の作り話ではなかったの?
てっきりお母様が私を未来の王太子妃にしたくて、話を盛ったのかと思ってた……」
「はっ?」
「私、王城で初めてエドモンド様にお会いしたあの時、王子様のあまりの美しさ、そして愛らしさにうっとりとしていたのです。
そしてその後で殿下が侯爵家にいらした時も、私はまだぼーっとしていて何をお話ししたのか、まるで記憶がなかったのです……」
「えっ?」
予想だにしないセーラの言葉に僕は絶句してしまった。僕の愛の言葉は彼女には一度たりとも伝わってはいなかったらしい。そんな……
「けれど、結局殿下は私に婚約破棄をつきつけたじゃないですか!
バーバラと腕を組んで私を冷たい目で見下ろしていたじゃないですか!
私を愛していたなんてウソばっかり!」
突然感情が昂ぶらせたセーラは、悲鳴のような叫び声を上げた。
今度こそ僕は躊躇うことなく、セーラを強く抱き締めながら、必死に自分の激情を抑え込んで囁いた。
「貴女を愛してる。ずっとずっと愛していた。僕は一度も貴女を裏切ったことはない」
と。
読んで下さってありがとうございました!