第15章 後悔〜エドモンド王子視点〜
ミモザがアルフレッドであった僕を好きでいてくれただなんて思いもしなかった。僕は毒を何度も飲まされたせいで虚弱体質になり、年がら年中風邪をひいているような情けない奴だったから。
そしていつもミモザに守られ助けられてばかりいる、みっともない男の子だったから。
僕は正真正銘の王子だったけれど、ミモザが大切にしていた絵本の中の王子とはかけ離れていた。だから、がっかりされるのが嫌で本当のことが言えなかったし、好きだとも口にできなかった。
ミモザの理想の王子になれたら、その時に正体を明かそうと思っていた。
そして隣国へ留学してからの僕は、死に物狂いで勉強や武道に励んだ。二年間と期日が決められていたから、少しでも多くの知識と人脈を得たいと。
多忙過ぎたせいで、僕はミモザに手紙も出せなかった。
いや、それは言い訳だな。手紙を出して、もし返事が返ってこなかったらと考えると怖くなって、出せなかっただけだ。それに、僕は周りの人間を信じていなかった。影でさえも。
だから、ミモザの身の安全のためにも彼女とは関係を持たないようにしていたのだ。
そして二年後に帰国した時、そこで初めてぼくは、お世話になったコールドン侯爵が一年半前に亡くなっていたことを知ったのだ。その一年前に夫人が亡くなったばかりだというのに。
ミモザは親代わりだった祖父母を立て続けに亡くし、さぞかし辛かったことだろう。
手紙のやり取りだけでもしていたら、少しは励ますことができただろうと僕は酷く後悔した。
今考えれば、その後ろめたさがあったから、婚約してからも僕はアルフレッドの正体を告げられなかったのかもしれない。
その後ミモザは、成長するにつれてますます魅力的になっていった。
淑女の鑑と呼ばれていた前コールドン侯爵夫人に育てられただけあって、ミモザは幼い頃から躾の行き届いた淑女だった。
それに加えて王宮で祖母である王太后からお妃教育を受けるようになると、ますます彼女は未来の王妃へと磨きがかかっていったのだ。
その上歴史、経済、政治、語学だけでなく、医学や薬学まで幅広い教養と知識を習得し、この国きっての教師陣を唸らせるほどになった。
母である現王妃のできの悪さに頭を痛めていた祖母や教師達は、ミモザにこの国の未来を期待していた。
しかし、光が強ければ影も濃くなることを僕達は失念していたのだ。
母である王妃はミモザに嫉妬をした。自分は姑である王太后に褒められたことがなかったのに、ミモザのことはまるで実の娘を慈しむような目で見ている。それが腹立たしくて堪らなかったようだ。
しかし王太后は決して現王妃を見下したり貶したりはしなかった。ただ褒めることをしなかっただけだ。
それはそうだろう。怠け者で勉強嫌いな嫁を甘やかすわけにはいかないし、嘘をついてまで褒める必要はないのだから。子供じゃあるまいし。
母が自慢に思っている美貌やファッションを褒めれば、彼女も少しは満足したかもしれない。
しかし彼女の美貌には知的な美しさがなかったし、ファッションもただただ華美で贅沢なだけで品性に欠けていた。
王太后として、祖母はお世辞にもそんな偽りを口にすることはできなかった。
その結果母は、次第に姑のお気に入りのミモザを目の敵にするようになっていった。
そして周りからも唯一同意が得られるだろうと考えたのが、ミモザの容姿のことだった。
母は王太子となった僕の婚約者であるミモザを、至る所で貶し、辱める発言をするようになっていった。
ミモザは僕にとって気品と慈愛と教養に溢れた、最高の美であった。しかしそれは母にとっては王妃としての必須条件ではなかったようだ。そして王妃に媚びへつらう貴族の多くがそれに従った。
そしてその中にはなんとミモザの両親のコールドン侯爵夫妻も入っていた。
娘が将来の王太子と目されるようになった第一王子の婚約者に選ばれた時は、あれ程大喜びしていたくせに、その娘が国王夫妻にはよく思われていないとわかると、掌返しをして娘に冷たく接し、自ら率先して人前で貶すようになったのだ。
僕がいくら抗議をしても、
「今の娘では殿下に相応しくはありません。ですから殿下に相応しくなるように、私達は親として注意をしているだけです」
と言われてしまい手の施しようがなかった。
このままではミモザの心の休まるところがない。王宮の中に彼女の部屋を設けようとも思ったが、ミモザにこう言われてしまった。
「両親に好かれていないのは生まれた時からで、酷い扱いをされても今更何とも思いません。けれども、王妃陛下にこれ以上嫌われるのはさすがに辛いです。
王太后陛下の側で色々と教えて頂きたい思いはありますが、できるだけ王妃陛下を刺激したくはありません」
ミモザが家族に愛されずにずっと辛い思いをしてきたことは誰よりも僕は知っていた。七歳の時からの付き合いなのだから。
彼女は何よりも家族の愛を欲していたに違いない。
だから僕の祖父母である前国王夫妻や僕の両親である国王夫妻にも誠意を持って接してきたのだ。
しかし、祖父母からの信頼は得られたが、両親からは信頼どころか敵認定をされてしまった。
それは自分達とは違って、両親から認められたミモザに対する嫉妬であり、息子を取られたという嫉妬もあったのだろう。
これ以上母を刺激しないために、僕は面と向かってミモザを庇うことができなくなった。
それは歯痒く腹立たしいことだったが、それでもミモザのためだと思ってグッと堪えていた。
しかし実の両親だけではなく、これから家族になる筈の義理の両親からも愛されない……それがミモザにとってどんなに辛く悲しかったことか。
僕はわかっているつもりになっていただけで、本当はわかっていなかったのかもしれない。
あんな両親なんて僕にはどうでも良い存在だった。だから、
「僕と二人で幸せな家族を作っていこう。僕は君さえいればいい」
そうはっきりとミモザに伝えておけば良かった。何度も何度も。
それこそ「もう聞き飽きたわ」……とうんざりされるくらいに。
しかし、結婚していない僕達が二人きりでいる機会はほとんどなかった。影や護衛や侍従、侍女達が絶えず側にいたからだ。巻き戻る前の僕には、今持っているあの特殊能力はなかった。
だから、誰が敵で誰が味方なのか判断ができなかった。そのため、業務上の話以外迂闊にミモザと話ができなかった。手紙も誰に盗み読みされてしまうかわからないし。
唯一僕にできたことといえば、視線で彼女に思いを伝えることくらいだった。
でも、それだけでは不十分だったのだろう。だからあの日、ミモザは簡単に僕の心変わりを信じ、バーバラの言葉を鵜呑みにした。
もっと僕がミモザへ愛の言葉を注いでいれば、彼女はいとも簡単にやつらの罠に落ちることはなかっただろう。
全て僕の責任だ。
「あのアルフレッドは僕だ。七歳の時からずっと君を想っていた。君だけを愛している。過去も今も未来も」
そう告げていればよかった。
そしてあの日あれ程後悔したのに、僕はまた同じ過ちを犯すところだった。
かつて失意のうちにミモザを死なせてしまったという罪悪感で、僕は臆病になっていたのだ。
だけどそろそろ僕も、セーラのようにまた前に向かって進まなくては。
子爵に背中を押された僕は、遅まきながら彼女に全てを話す決心したのだった。
読んで下さってありがとうございました!