第12章 再利用
コールドン子爵が治めているヘミルトン領とラットン領は、王都と比べるとかなり寒冷の地である。あまり雪は降らないが国境の山から吹き降りる強風で、外出はするにはなかなか辛いものがある。
それ故に領内には暖房グッズが色々と出回っていた。
そして今年も週末の朝に、辺境の地に木枯らし一号が吹いた。週明けに別棟にお迎えに行くと、アルフレッド様は少し咳が出るというので、私は広い敷地内を一人で散歩することにした。
一人ということもあって、私は普段は立ち入らない小道を歩いてみた。すると納屋の裏手に置かれていた背凭れのないベンチのような台の上に、使用済みの熱石がずらりと天日干しされてあるのが目に入った。
「ねぇ、熱石を干しているの?」
私が尋ねると、
「使用済みの熱石を再利用するためですよ」
執事カーリーさんの長女のエリスさんがそう教えてくれた。彼女はここ共同住宅(元コールドン侯爵家の屋敷)の住人であり、現コールドン子爵家の侍女見習いでもある。
彼女は私の四つ年上の幼馴染で姉のような存在だ。
「再利用? 熱石は一度お湯を沸かすのに使ったら、もうただの石でしょ?」
私が不思議に思ってそう呟くと、エリスさんはフフッと笑って、干してあった熱石を手に取って私の掌の上に置いた。するとそれはポカポカと温かかった。
「夏の間は気付かないでしょうが、使用した後でも熱石の温かさはひと月ほどが続くんですよ。
ですから、この熱石は物を保温するのに最適なんです。
例えばパンをこの上に置いておけば、暫くは焼き立てのように柔らかいままなんですよ。それに、冬にパントリーにこれを多めに置いておいて、たまにそれを交換するだけで食料品を凍らさずに済むんです。
ああそれから、この熱石を筒状の布袋に入れて、そこに足を乗せれば足温器にもなるので、冷え性の女性には大助かりなんですよ」
エリスさんの言葉に私は喫驚した。私の目にはただの使用済みの不用品に見えていた物が、不用品どころかお金を出してでも欲しくなるような物だったなんて驚きだった。
エリスさんの話によると、熱石の再利用は領民の皆さんがずっと昔からしていたことらしい。
知らなかった。不覚!
恵まれた生活をしていると、創意工夫する力が身に付かないのだと初めて私は悟ったのだった。
そして自己反省しながらもふとこう思った。外を出歩く時にこの熱石を洋服の中…そうポケットの中にでも入れておけば、少しは寒さを防げるのではないかしらと。そうすれば真冬でも今まで通り散歩ができるのではないかと。
でも熱石をそのまま持つのは嵩張るし邪魔だわ。もっとコンパクトにならないかしら……そう思った瞬間、何故か先週の誕生日にアルフレッド様からプレゼントされた可愛らしいサシェが頭に浮かんだ。
これだわ!
私は数個の熱石を手に持って従者のバルクオムさんの元へ行った。
「ねぇ、バルクオムさん、この石を砕いて細かくしてもらえないかしら。できるだけ粉状になるくらいに」
筋骨隆々の大男のバルクオムさんは、不思議そうな顔をしたがすぐに了承してくれた。
私は納屋にあった一番小さな麻袋の中に熱石を入れると庭園の岩の上に置いた。
「ではお願いします」
私の合図と共にバルクオムさんは大きめの金鎚で麻袋を数回打ち付けた。どうも使用済みの熱石は案外脆いらしく、思っていたより簡単に砕けたようで、麻袋はすぐに平らになった。
そして私がその麻袋に触れてみると、予想通りまだ熱を帯びていた。しかも熱過ぎない程度に。
これはいいわ。
「ありがとう、バルクオムさん。後でまた熱石を持ってくるから、同じように砕いてもらってもいいかしら?」
私がそうお願いすると、バルクオムさんは、
「お安い御用ですよ」
と言ってくれたのだった。
巻き戻る前、アルフレッド様の誕生日は私より二月ほど早かった。ところが何故か今回は、私より半月ほど生まれが遅かった。
そしてついこの前の十三歳の誕生日に、私はアルフレッド様から薔薇の香りがする可愛らしいサシェを贈られた。だからアルフレッド様の誕生日には私も贈り物しようとあれこれ思案していたのだが、なかなか良い物を見つけられずにいた。
巻き戻る前と同じ物を贈れば悩む必要はない。どの贈り物も喜んでくれていたから。
しかし今回はそれらの品々を贈りたくはなかった。何故なら前回の品はどれも皆、いつも貴方の側に置いて下さいね!と自己主張するものばかりだったからだ。
刺繍を刺したハンカチや、万年筆や辞書や詩集、手作りクッキーや、薔薇のお茶など……
今思うと貴方が大好きですと告白しているような物ばかりで恥ずかしい。
表面上アルフレッド様は喜んでいたけれど、内心は迷惑だったのだろう。私みたいな可愛くもない女の子からそんな重い贈り物をされて。
その証に食べ物は一応美味しかったと言ってはいたが、ハンカチや万年筆を使っているところは見たことがなかったのだ。
今さら気付いても仕方ないけれど、過去の反省は生かさないと駄目よね。
ということで、今回私は重くない実用品を贈ろうと考えていたのだが、なかなか良い物を思い付かなかった。しかしようやくいいアイデアを思いついき、久し振りに私はワクワクしてしまった。
これまで私が皆に示してきた知識や知恵は、そのほとんど全てが過去の私が身に付けていたものだった。
しかし、さっき思い付いたアイデアは、巻き戻った後で初めて自分が生み出したものだ。これでようやく新しい一歩が踏み出せた、そんな気がした。
私はただ過去のやり直しをしているわけじゃなくて、ちゃんと前進しているのだと。
そしてこれはとても簡単に作れるから、家族や使用人の皆さんにもプレゼントしよう、と私はそう思ったのだった。
そしてそれから間もなくして、アルフレッド様の誕生パーティーが、屋敷内のダイニングルームで開かれた。
お祝いに参加者したのは我が子爵家と、この共同住宅に住むメンバーだった。
あまり大袈裟にしないで欲しいというアルフレッド様からの申し出により、パーティーといっても、料理長が腕をふるったいつもより少し豪華なディナー、そしてプレゼントを渡す程度のものだった。
最初ははにかんで遠慮がちだったアルフレッド様だったが、料理長のジビエ料理に舌鼓を打ち、私の両親や兄からプレゼントを貰うととても嬉しそうだった。
そして最後に私が綺麗な包装紙に包んだ小さなプレゼントを手渡した。
「開けてもいい?」
珍しく少し照れた笑みを浮かべたアルフレッド様にこう聞かれたので、もちろんですと私は答えた。
すると彼は破かないようにと慎重に包装紙を解いた。そして出てきたネル生地の包みを見て目を見開いた。
「セーラ嬢、これは何かな? サシェ?」
「いいえ、違います。でもアルフレッド様から頂いたサシェからヒントを得て作ってみました。バルクオムさんとの合作です。
それは使い捨ての携帯カイロです。使い捨てといっても一月はもつと思いますし、中の石粉を入れ替えれば何度でも使えますよ。これはなんと、熱石の再利用なのです。
これからは寒さが厳しくなっていきますが、それを懐に忍ばせておけば温かいし、お散歩も続けられますよ」
「使い捨てのカイロ……」
アルフレッド様が呆然としてこう呟いたので、気に入らなかったのかなと少し心配になった。
私的には喜んでもらえると思っていたのだが、再利用品はやはり失礼だったかしら。
恐らく高位貴族のアルフレッド様のことだから、金属性の立派なカイロを持っているのだろう。だけどあれは重いし嵩張る。それに触れている場所が熱くなり過ぎると思うのだけれど。
ここの使用人の皆さんや、アルフレッド様のお付きの方々には、古着を解いて作った袋に熱石の粉を入れるつもり。
だけどアルフレッド様だけには、 肌触りが良くて温かみのある高級なネル生地で作ったんだけどなあ、一応。
謝るべきかどうか私が悩んでいると、アルフレッド様は怒るというよりちょっと悲しそうな顔をしてこう言った。
「軽くて温かくてとてもいいカイロだね。お湯を沸かした後もこんな使い方があるなんて、熱石って凄いね。本当に便利なプレゼントをありがとう」
と。
読んで下さってありがとうございました。