表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/59

第10章 回想〜アルフレッド視点〜


 十二歳の誕生日の日に倒れた僕は、アンドリュー=コールドン子爵所有のヘミルトン領で療養することになった。

 そこは少し前までコールドン侯爵が領主だったが、領主の死後跡を継いだ新侯爵は、弟の子爵にその領地を譲ったのだという。

 もしそうでなかったら、いくら祖父の指示だったとしても、僕は絶対に療養先にその場所を選ばなかっただろう。前侯爵と次男の子爵には好意を持っていたが、嫡子である現侯爵のことは大嫌いだったから。

 

 そう。アルフレッドとは偽名で、僕の本当の名はエドモンド。

 このアースレア王国の第一王子で、暗殺されなければいずれ王太子になる筈だ。

 


 幼い頃から国王である両親は、僕とコールドン侯爵家のミモザ嬢を婚約させようとしていたが、僕はまだ彼女とは接触したくなかった。留学前にミモザ嬢と婚約しては、彼女をまた守る事ができずに再び不幸にしてしまうと思ったからだ。

 だからこそ僕は(わざ)と病人になった振りをして、王宮の奥深くに籠るという設定を作っていたのだ。そうすれば王太子は五つ下の弟チャーリーがなると誰もがが思うだろうと。

 そしていくら耽美(たんび)主義者で偏狂的な両親であっても、さすがに五つも年上のミモザ嬢を弟の婚約者にすることはないだろうと思ったのだ。チャーリーが成人する時には、ミモザ嬢はとうに適齢期を過ぎてしまうのだから。

 確かに王位継承権を持つ男子は弟以外にもあと二人いる。

しかしいくら意欲満々でも祖父の弟ではさすがに無理がある(二年後に亡くなるはずだ)し、一つ年下の従弟のことは叔父が継承を拒むだろう。従弟のトーマは国王というか、そもそも王族には向いていないからだ。


 しかし、ミモザを誰かに取られるということだけはどうしても嫌だった。だからたとえいやでも、僕は自分の十二歳の誕生日パーティーを開催しなければならなかった。

 そこで僕はミモザ嬢に一目惚れをしたと近付き、婚約を申し込むつもりだったのだ。元々両親とコールドン侯爵は僕達を婚約させるつもりでいたのだから、問題はないだろうと。

 ミモザはいきなりの話に驚くだろうが、婚約して一緒に留学しようと誘えば彼女も応じてくれるに違いないと思っていた。巻き戻る前の彼女は知識欲旺盛で、勉強が大好きだったから。

 二人で卒業するまであちらの学園にいれば、彼女が辛い思いをする期間を少しは減らせるはずだ。それに、もし先進的国家の学園を優秀な成績で卒業できたなら箔がついて、彼女が見下されることもなくなるかも、と僕は希望的観測をしていた。


 しかしそれは机上の空論に終わった。

 何故なら、なんと僕はその誕生日パーティーで、目的を達成させることもなく、途中で倒れてしまったからだ。芝居などではなく本当に。

パーティー会場で僕の目の前に現れたのは、巻き戻る前に僕の婚約者だったミモザではなかったのだ。そして彼女の代わりにコールドン侯爵令嬢だと名乗ったのは、(まさ)に僕の愛していたミモザを死に追いやった張本人、コールドン子爵令嬢のバーバラだった・・・・・


 意識が戻ってからも暫く僕の頭は混乱していた。

自分は人生を巻き戻ったのだとずっと思っていたが、実際は単に似て非なる世界に生まれ変わっただけなのか?

巻き戻る前の経験を利用して、僕を暗殺しようとしていた国王派の奴らを半数以上失脚させたつもりだったのだが、あれは偶然の賜物だったのか?

だとすれば、もう二度と愛するミモザには逢えないのか?

 僕はショックで本当の病人のようになってしまった。

 

 そんな僕は王城でミモザの霊を見るようになった。

 ミモザが命を落とした場所の近くを通りかかる度に、ミモザが姿を現すようになったのだ。彼女は怒りも憎しみもない、ただ悲しそうな顔で僕を見ていた。

 そしてある日、彼女はとうとうこう口をきいたのだ。


「どうして誰も私を愛してはくれなかったの?」


「愛していた。僕は君をずっと愛していた。君だけを!」


「嘘よ、そんなの。私はいつも一人だった。

 そして()()()()()貴方は、私が辛い時、傍にいてくれなかった」


 そう言って彼女は消えてしまった。

 ()()? それはどういう意味なの?


 それ以降僕は益々塞ぎ込むようになった。そんな僕を前国王である祖父が心配し、コールドン子爵の領地での療養を命じたのだった。

そして訪れた先で僕は、子爵から彼の娘であるセーラという名のご令嬢を紹介されて驚嘆した。確かにもしかしたら……と微かに期待はしていたのだが。

 


 眼の前で美しいお辞儀をしたセーラという名の子爵令嬢は、紛れもなく以前はコールドン侯爵令嬢だったミモザ本人だった。 

今の世界ではミモザとバーバラが入れ替わっていたのだ。それが偶然なのか、それとも作為的にそうなったのかはわからないが。

いや、その答えはすぐにわかった。何故なら、セーラ嬢の正式な名前がバーバラ=セーラ=コールドンだと判明したからだ。

 普通セカンドネームで自己紹介などはしない。きっと彼女はバーバラというファーストネームを使いたくなくて、それでセカンドネームを使っているのだろう。

 巻き戻る前のミモザは、日常的にバーバラから酷い苛めを受け、最後は婚約者の座まで奪われたのだから。

 

 僕だってあの女をミモザと呼ぶのなんて絶対に嫌だった。あんなに綺麗で可愛い名前をあの悪魔に向かって呼ぶなんて。

 

 おそらくミモザも、僕同様に巻き戻ってやり直しをしていたのだな。そして、あんな辛い思いを二度としないために、何らかの手段を用いてバーバラと入れ替わったのだろう。 頭のいい彼女のことだから。

 

 

 ✽

 

 

 巻き戻る前の人生では、僕はコールドン侯爵領内の大商人の別荘で療養生活を送っていた。その時は今の自分より幼い七歳の時だった。

 そしてそこで僕は、両親と離れて祖父であるコールドン侯爵の元で暮らしていたミモザと出逢ったのだ。

 

 ミモザはかわいくて優しくてとても頭の良い少女だった。

 体の弱い僕が楽しく過ごせるようにと、色々と工夫をしてくれた。そして成長するにつれて自分で勉強をして、僕の体に良いということを教えてくれて、共にやってくれるようになった。

 一緒に散歩をしたり、乾布摩擦をしたり、体操をしたり、大きな声で歌を歌ったり。

 無理強いされた訳ではなかったが、彼女と一緒にやることは何でも楽しかった。

 

 あの頃はまだ聖水と名付けられた鉱泉は湧き出てはいなかった。それでも二年も経つと、僕はほとんど熱を出すこともなくなり、咳き込んだり倒れたりすることもなくなった。

 どうやらハッサン先生の指導の元で侍女が作った、この地特有の薬草からしぼったジュースを飲んでいるうちに、体の中に溜まっていた毒素が抜けたらしい。

 そして気付かぬうちに、ミモザよりずっと低かった僕の背が、いつのまにか彼女を追い越していたのだった。

 

 それでもミモザはいつまで経っても心配そうに僕を見るので、僕はもうすっかり元気なのだからそんな顔をしないでと彼女に告げた。

 ところがミモザは眉間にシワを寄せ、僕を睨むようにこう言ったのだ。

 

「そんなに顔色が悪いのに、心配するなと言われても無理です。

確かにハッサン先生は大分健康になってきていると仰っていました。でも先生だって、顔色が何故あんなにも悪いのかと心配されていましたよ」

 

 しまった!

 

 とその時僕は焦った。健康になったのだから、メイキャップもそれなりに健康的に見えるように少しずつ変えて行くべきだったと。

 そう。僕は変装していたのだ。第一王子エドモンドだとわからないように。

 

 王族にとって体調不良だなんてわかったらそれこそ命取りだ。誰に足元をすくわれるかわからない。だから幼少期から変装やメイキャップの練習を欠かしたことはない。それなのにこんなミスをするとは。

 僕付きの影で変装や化粧の指導係であるキャリーとアイリスは修行をし直すのでお暇を!なんて言い出すから、あの後大変だった。

僕は慌てて僕専属メイド((影))のアイリスにメイキャップの変更を指示したのだった。



 貴族にとって化粧は男女共に鎧同然だ。つまり戦闘服みたいなもの。人に弱みを見せずに強気な自分を演出するためのものだ。

僕の親などは何故かそれをはき違えて、後継者選びの基準が容姿の美しさだと本気で思っていそうで正直怖かったが。

 

 そう。現国王夫妻は、統治者として名高かった祖父とは違い、中継ぎの飾り物に過ぎないのだ。本人達にその自覚はないのだろうが。祖父は形式上引退しただけなのだ。

 まさか王太子を飛ばして孫を国王にするわけにはいかなかった。だから祖父は早めに引退して、孫に継承させるための地ならしをする時間を(ほっ)したのだ。

 つまりやむを得ない特別措置だったらしい。

 それにまあ、両親も見目の良い僕を後継者にすること自体には、別に不満ではなさそうだった。

 

 しかし、高位貴族達は違う。僕では現国王のように自分達の傀儡にはなりそうもない。

だからまだ幼い弟をいつか担ぎ上げるために、今のうちに自分達の操り人形にしておこうと画策していた輩がいたのだ。

 

 そしてそんな連中に僕は何度も命を狙われていた。そしてついに致死量の毒を飲まされて僕が意識をなくしたことで、祖父はやむを得ず僕を王宮から出すことを決断したのだった。

 もちろん、僕の身代わりに影武者を立てて、僕は離宮の奥で療養しているのだという(てい)を装ってはいたが。

 

 前国王は彼の最も信頼できるコールドン前侯爵に、孫のための養生先を提供して欲しいと依頼をしたらしい。

 当時のコールドン侯爵は前国王である祖父の幼馴染で、もっとも信頼できる親友であったからだ。

 そして侯爵はそれを受け入れてくれたのだ。その結果、病気療養という名目で僕は、コールドン侯爵家のヘミルトン領内にあるとある商人の別荘で、療養生活をすることになったのだ。

 

 

 僕の正体は侯爵の家族や別荘の持ち主にさえ秘密にされた。そして僕は少々訳有りの高位貴族の息子で、密かに療養するためにやって来たという設定になっていた。まあ、満更嘘でもなかったし。

 何せ家督争いに巻き込まれて毒を飲まされ、体調不良になったことは事実だったのだから。

 普通の子供なら死んでいてもおかしくない致死量の毒だったらしいから、奴らは本気で僕を殺そうとしたのだろう。

 だけど僕は、幼い頃から毒を飲まされて耐性がついていたので死ななかった。というより僕はその日のうちに意識が戻っていて、それほど重篤にはならなかった。

 

 しかし、流石にこれ以上危険な目には遭わせられないと祖父が判断してくれたのだ。

 弟のことは心配だったが、僕が死にかけて王宮から出られないとなれば、王太子は弟に決まったと周りからは思われるだろう。だから弟にまで手を出されることは無いだろうと祖父に言われた。

 


 青緑の瞳の色は変えられなかったが、金髪を黒く染め、ドーランを塗り、眉や黒子(ほくろ)やソバカスを描いた。もちろんメイクが得意な影であるメイドのアイリスがやってくれた。

 しかし同じ化粧をすることに拘り過ぎてしい、健康になれば顔色が変わることを失念していた。

 その後遅きに(しつ)していたが、少しずつ明るい化粧に変えていったのだ。

 


 あああ、今回もまた同じ失敗をするなんて、なんて僕は愚かなのだろう。

 だけどこんなにも早く自分が回復するとは正直思ってもみなかったのだ。聖水の威力は本当に半端ないな。

 まあ本当はわかっていた筈なのだが。

何故なら巻き戻る前の人生では、ミモザが聖水で様々な医薬品や薬用化粧品を作っていたからだ。そしてそれらの商品は、どれも皆抜群の効き目だったのだから。特に皮膚病には。

 

 だけどミモザは、その医薬品のことで後悔もしていた。元々彼女は医者にもかかれない平民のために、それらの商品を開発したのだ。それなのに、父親であるコールドン侯爵がその商品開発の権利を取り上げて、貴族相手だけに高値で販売していたからだ。

 

 巻き戻った世界で、今回この聖水のことに箝口令が敷かれたのはそういうことなのだろう。

 このヘミルトン領は既に子爵のもので、兄の侯爵には何の権利もない。とはいえ、何せ真っ当な理屈の通る人じゃないから心配なのだろう。

 まあそれはともかく、聖水パワー効果は本当に凄かったのだった。

   

 読んで下さってありがとうございました!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ