他人の幸拾いて、自分の幸落とす
チャリン。
駅のホームを、何かが転がった。
青年は思わず、音のした方を見やる。
銅色に輝く円形が、ホームの淵を転がり、パタリと倒れた。
十円玉だ。
近くにあった自販機から、男性が離れていく。
どうやら、彼が小銭を落としたらしい。
十円玉が落ちた場所は、青年のすぐ近く。
どうしようかと迷った時には、既に十円玉を拾い上げていた。
「すいません」
控えめな声で、小銭を落としたであろう男性に声を掛ける。
男性はすぐに気付き、「スイマセン」と少しぎこちない片言と共に、手を差し出してきた。
落としたのは彼で間違いないようだ。
差し出された手にそっと十円玉を置き、軽く頭を下げて元居た場所に戻る。
男性が落としたのは、たかが十円。
それでも、誰かの落とし物を拾い、ちゃんと届ける事に、青年はちっぽけな達成感を覚えた。
しばらくして、帰り方面の電車がホームに停まる。
少しいい気分に浸りながら、青年は電車に乗った。
いつもは自転車で通勤する青年だったが、この日は電車での帰り。
夜勤前に、友人の運転する車で遠出をしたのだ。
直接バイト先で降ろしてもらったので、帰りの手段が電車しか無い。
別に歩いて帰れない事も無いのだが、寝不足を抱える頭で、四キロ以上の道のりを無事に帰れるかどうか。
そう考えた時、帰る手段が電車しか無いのは、単に青年の経済的事情で、タクシーを使う事が出来ないからだ。
しかも、前日の遠出でかなり出費した。
お金を使って帰るなら、安く済ませたい。
そういう思いから、電車を使う事にしたのだ。
自宅の最寄り駅まで、十分ほど。
電車に揺られながら、携帯の充電量を気にして、ボーっと過ごす。
油断してたら寝落ちしそうだ。
いつもなら、電車内で動画を見たり、好きな曲を聴いたりで時間が潰せるのだが、遠出で携帯の充電を多く消費したので、あまり携帯を使いたくなかった。
電車で寝過ごすのを避ける為、何とか睡魔と対抗していると、ようやく最寄り駅に着いた。
電車を降りて、手帳型カバーに挟んでいたはずの切符を取り出そうと、携帯を出す。
「……あれ?」
挟んでいたはずの切符が見当たらない。
ポケットの中を探るも、出てこない。
財布の小銭スペースを見ても、結果は同じ。
どうやら落としたらしい。
そう結論付けて、ため息を吐きながら集札箱に運賃分の小銭を入れる。
無駄な出費が増えた気がして、少しだけ虚しくなった。
人の小銭は拾ったのに、自分の切符を落とすとは。
きっと、ちっぽけな事で優越感に浸った天罰なのだと思い、青年はもっと謙虚に生きようと思った。
そして、家に帰る前にコンビニに寄り、朝食を購入。
会計の際、財布を開けた青年の目に、とんでもないものが写る。
それは、電車の切符。
カード類を入れるポケットの間に、挟まっていたのだ。
コンビニを出た後、自分の間抜けさに青年は笑った。
寝不足で頭が回らず、切符をしまう場所をあちこち変えて、忘れてしまったらしい。
もう二度と、バイト前に遠出はしないと心に決めた日だった。