態度
『お客様が、お呼びです。お客様が、お呼びです』
受付の対応中だった青年の耳元に、スタッフコールのアナウンスが響く。
同じシフトのスタッフが休憩に行った直後で、フロアには青年一人。
直ぐにフロントを離れ、青年は下の階にあるフードカウンターへ向かった。
そこに待っていたのは、割と派手な見た目をした、男女数人のグループ。
どうやら、年始最後の休みを満喫しに来たらしい。
青年はフードカウンターに着くと、彼らが手に持っていた食券を受け取り、対応を開始した。
フロアスタッフが一人のタイミングで入った、フード対応。
思えばこの時から、少し悪い予感はしていた。
注文は、お酒が二種類と、大きめのホットドッグ、そして、期間限定メニューのセットが四つ。
手慣れた動作で商品を作っていき、提供の準備を進めていく。
セット内容の一つに、自部門では作れない物があり、他の部門に作成を依頼。
そこで一度アクシデントが起きた為、先に提供可能な品物をグループに提供した。
それから数秒後。
別グループの対応に掛かっていた青年の元に、先程フードを提供したグループの代表者が、怒った様子でやって来た。
「これどういう事?」
そう言いながら、青年の目の前に先程提供した期間限定商品が無造作に置かれた。
「あ、どうされましたか?」
青年がそう聞くと、代表者がため息を吐きながら答えた。
「どうかされましたかじゃないよ。マズいし、何この量?注文した商品じゃないじゃん」
そうは言われても、青年はマニュアル通りの作り方しか知らないし、注文された商品しか作っていない。
グループ内の人も何人か集まり、一同に不満な表情を浮かべていた。
「お金返して。こんなの要らない」
そう言われて、青年はお客様に頭を下げながら、上司を呼んだ。
その最中、代わりの商品を注文され、青年は慌てて対応を始める。
その後、上司に返金の対応を代わってもらい、その過程で他部門から届けられたセット商品が届いたので、それについての指示を仰ぐ。
上司とお客様の話し合いで、その商品は提供となった。
ところが、その商品も最早食べられたモノでは無かったらしく、彼らの不満は募るばかり。
別グループの注文も入り、対応に対応が重なっていく。
青年の豆腐メンタルが、悲鳴を上げ始めた。
返金の対応をしている最中に冷めてしまった商品をグループの中に一人に渡され、「ちゃんと温めてる?温度感じないでしょ?」と言われてしまう。
青年には、頭を下げる他なかった。
「返金は良いから、ちゃんとしたモノ作って食わせて」
そう言われて、青年は上司とお客様の視線を浴びながら、商品の作成にかかる。
その時、問題点が見つかった。
期間限定メニューに使う専用スパイスの容器が、詰まっていた。
それによりスパイスが充分に出ず、味が付いていなかったのだ。
お客様の指摘でそれに気付いた青年は、その詰まりを急いで取ろうとした。
「もういい。対応代わる」
上司からそう言われて、別グループの対応を進める。
何の不幸か、そのグループの注文の一つも、期間限定商品。
心がすり減った状態で、対応を進めていく。
上司に代わってもらったお陰で、最初のグループの対応はその後すぐに終わった。
何が責任感だ、自分はまだダメダメじゃないか。
頭の中で、一人自分を責める。
その後も、何かとトラブルが起こりながらも対応を進めていくと、最初のグループの人が戻ってきた。
セット内容の商品はまだかと、聞きに来た様子。
その商品は、他部門に作成してもらうもので、まだ届いていない。
謝罪しながらその旨を伝えると、そのお客様からこんな事を言われた。
「キミさ、あの態度はよくないよ」
「はい?」
一瞬、青年の頭がフリーズした。
こちら側にしか非が無いのは、百も承知。
故に、青年は態度を崩した覚えもない。
顔に出ていたのか?いや、思っても無い事が?そんな事あるのか?
困惑する青年に、お客様は呆れたように言う。
「さっきの人、キミの上司でしょ?怒られた後に不貞腐れた態度取るのは駄目でしょ。見てるコッチも気分悪いし、そこはちゃんとしなよ」
思ってもない事だった。
青年は、決して上司に対し、不貞腐れた態度を取ったつもりはない。
青年には、昔から怒られた時に、必要以上に気分を沈める悪癖があった。
誰からにせよ、怒られたりキツく注意や文句を受けたりすると、一気に元気がなくなり、口数も減る。
そういう姿が、ヘソを曲げたり不貞腐れていると思われることが、多々あるのだ。
その姿をお客様の前に晒し、尚且つ注意を受けた事が、心底情けなかった。
「申し訳ございません……精一杯やってはいるのですが……」
何とか言い訳をしようと、そんな事を言ってしまう。
「そんなのコッチからしたら知らないよ。もっと頑張った方が良いんじゃない?」
至極真っ当な言葉を受け、ちっぽけな自尊心が砕け散った。
あぁ、駄目だ。
去年色々な事を経験して、自分が少しだけ真っ当な人間になれた気で居た。
けど違う。
所詮は小、中、高と怠惰に生きて、怠けていた自分の物差しでしか測れていなかった。
自分はまだまだ、駄目駄目の駄目人間なんだ。
お客様の指摘に、青年は心底思い知らされた。
それから、再度他部門から届けられた商品を提供し、そのグループの対応は完了した。
泣きそうになるのを堪えながら、他グループの対応も済ませ、片付けに入っていると、その別グループがやって来る。
「なにこれ?コッチが頼んだものじゃないよね?どうなってるの?」
その言葉と共に差し出された商品は、やはり期間限定のもの。
マニュアルより分量多めに作成し、出来立てを提供しても、結果は変わらなかった。
別の上司に対応してもらい、今度は他部門に作成を依頼。
何とかその場は収まった。
何が正解で、どうするべきだったのか。
青年には、もう分からない。