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「表彰台下の景色」

作者: karero

 ロードレース…それは自転車競技と呼ばれるスポーツである。


 皆さんは普段暮らしていて、細いタイヤをした変な形をした自転車が走っているのを見た事があるだろうか?この変な自転車こそがロードバイクと呼ばれる競技用自転車である。

 より速さを追求したこの自転車は、下り坂であれば時速100Kmを超すこともあり、アマチュアのレースでも平地であれば40Km以上での走行が可能な代物である。その自転車に跨りペダルをこぎ、真っ黒なアスファルトの道を駆け抜け、ゴールに一番早く辿り着く者…勝者を決めるスポーツ。それがロードレースである。


 ロードレースの勝者は常に一人だ。盛り上がる大会だと百人以上の人が出場し、その中の一番早く、そして一番運の良い人間だけが祝福される。

 時には自分の限界に近い速度に食らいつき、時には100Km以上の道のりを何時間もペダルをこぎ続け一番を目指す。そして時には…目の前で不慮の事故が起こり、それに巻き込まれ自分の体がアスファルトに叩きつけられる。時速40Kmを楽にだせる自転車から放り投げられるのだ。軽傷ではすまないことは容易に想像できるだろう。出血、骨折、運が悪ければ人が死ぬことだってある。過酷なスポーツだ。

 そんな実力が全てでないスポーツにおいて勝者は一人。表彰台は一般的には1位~3位までの場所が用意されるのが、選手たちは皆、2位以降がおまけだと誰もが理解している。1位以外は皆が敗者なのだ。勝者のみが檀上の上でガッツポーズをし、敗者はその下で壇上の上を見上げて悔し涙を流す。何人の人間が汗や涙、時には血を流し壇上の上を見上げたのだろうか。


 結果が全てだが努力が必ず報われる訳ではない。まるで人生の様なこのスポーツが私は嫌いだった。小学校の頃から親にやらされる形で始めた自転車競技を、高校の部活までやり続けた自分は、表彰台に上がることのが少なかった。檀上の下で、表彰台の上に登る勝者から目を逸らし、嫌いな練習に明け暮れていた。

 人の居ないところで努力もした。レースでは全力を出し切った。部活以上の練習をこなした。それでも結果は出なかった。元よりしんどいことが嫌いな私は、どこかで楽をしていたのだろうし、このスポーツには向いてなかったのだろう。そう感じていた私は、高校卒業と共にロードバイクを降りることにした。


 それからの生活は私にとって素晴らしいものだった。新しい生活、新しい娯楽。そしてなにより自分が目指すものに全力を捧げられる生き方。その全てが私の憧れていたものだった。…なのに何故かその流れていく景色はどれもくすんで見えていた。綺麗なはずの景色を私は綺麗だと感じることが出来なかったのだ。


 そんな順調で、間違いなく楽しい筈の生活を続け、数年したある日…私は夢を見た。その夢の中で私はロードバイクに乗っていた。周りの景色は高速で流れていき、目の前には見知らぬ人物が5人程同じように自転車に乗っていた。周りからは人々の歓声の声が聞こえる。自分から漏れる荒い呼吸が体の疲労によるものだと気づかされた。

 その瞬間私は理解した。自分はロードレースに出場し再びあのロードバイクに跨っているのだと。そう理解すれば自分の体は自然と動く。

 ゴールまでの距離を確認し、周りの状態を把握する。残り距離はわずか1キロ、次のコーナを曲がった後は少し直線が続き、ゴール目の前になれば、全員が足に力を入れ最後のラストスパートをかけることは間違いなかった。部活をやっていた頃からこのラストスパートが私は苦手だった。人より足の力がない私は、他の人よりも最高速度に到達するのが遅かったからである。そうなれば瞬間速度の遅い私が負けるのは当然のことだろう。ならば…。


 自分を含めた6人が最終コーナを曲がりきると、少し遠い場所にゴールが見えた。通常ならここから少しずつ速度をあげてゴール直前で全力を出すものだ。でないと早く全力を出し過ぎるとゴール直前で体力が無くなり失速する恐れがあるからだ。だが、私はそんなことも気にせずコーナを曲がり切りゴールが見えたその瞬間に、思いっきり足に力を入れペダルを踏み込んだ。

 こんな所で速度をあげないと思っていた前の5人は不意を突かれ判断が遅れる。その間に私はその5人を抜き去り先頭へと躍り出た。もう前を走る人は居ない。見えるのは周りの観客、流れる木々。そして目の前のゴールのみ。呼吸が荒く息苦しい、足が重い。その筈なのに全力を出している間に見えるその景色は、何よりも色鮮やかで美しかった。


 勿論後ろにいた5人もそう簡単にゴールを譲るわけがなかった。彼らも足に力を加え、前を走る私を追いかける。力の弱い私が出せる速度に彼らがついてこれない訳がなく、あっさり横に並ばれてしまった。だがそんなことは私の想定内だった。彼らが私のことを抜かそうとしたその瞬間、私はもう一段階速度を上げたのだ。

 確かに私は力が弱い。だが体力と根性だけは人一倍ある自信があった。だから、自分の有利な体力勝負に持っていくために仕掛けたのだ。誰も予想していなかった超ロングスパート。自分が唯一表彰台の頂上に辿り着いた時にした試合と同じように…。

 口から血が出そうなぐらい苦しかった。足はちぎれそうなぐらい痛かった。だが体力と意識だけは残っている。その残っているもの全てを出し切るように前に進む。周りの選手も私の加速に付いていこうと最後の力を振り絞る。全員が息を切らしながら、ただ一番早くゴールに辿り着こうと足を動かした。

 そして、その攻防に決着がつく…。目の前のゴールに車輪が入り…。


 私は目を覚ました。自身の顔を見ることが出来ないが、寝起きの私の顔はきっと楽しげにニタリと笑っていただろう。

 夢を見た私には一つ確信できることがあった。それは、あんなに苦しくあんなに嫌いだったロードレースを私は好きだったという事実だ。私が嫌いなのはしんどいことであるがそれ以上に、限界を出したロードレースでしか見ることが出来ない景色を私は好きだったのだろう。

 確かに私はロードバイクを降りてしまった。だが自転車は残っているし、機材は十分すぎるぐらい揃っている。ならばいつかまたあの舞台にロードバイクに乗って戻ろうじゃないか。

 そう決心した私は立ち上がり、見えもしない表彰台の上を眺めて笑うのだった。

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