第21話 しろちゃんのブラッディバレンタイン(前後編)
【前編】
業務スーパーへの買い出しの帰り道、しろちゃんがふと目をやったその先には公園のベンチでガチ凹み中の外国人の姿が。それはかすかな記憶を辿るに夢の中であったような気がするあのブライアンの姿であった。
しろちゃん「あの、どこかで会ったような気がするんだけどさ?あなた、なんか今にも誰かを殺しそうな顔してるね?」
ブライアン「うん?俺もお前のようなチンチクリンとどこかであったような気がするがよく覚えてないな」
しろちゃん「自分の名前は、しろちゃんだよ。あなた、なんか色々あってこの公園に辿り着いたんだろうけど、もう浮世の柵なんてぜーんぶ忘れちまいなよ」
ブライアン「難しいですね」
そういうとブライアンは初バイトでいきなり怒られた人のような悲しそうな顔をして、特に聞いてもないのに自分語りをしだした。
【回想シーン】
健康診断でバリウム検査をしたところそこの技師があまりに可愛くてタイプだったので、胃のほうよりも筋肉のほうをみてほしいとさり気なくアピールしたり、逆さまになってるときに片手でもいけますと暗にアピールしたり、体を向こう側に向かせてという指示に顔だけ必死に技師のほうへ向けた結果、超キモがられたので凹んだということらしい。
【回想終わり】
ブライアン「こんなんじゃ我が生涯悔いしか残らない」
しろちゃん「馬鹿だなぁ、そんなことくらいでいちいち悔やむくらいなら遺伝子も残さないほうが良さそうだけどね。ま、キモいアピールしちゃったんだからしゃあねーよな」
しろちゃんはもうすぐバレンタインということもあり女性の口説き方というものをブライアンに教えることにした。もちろん半分暇だったからで、半分からかうつもりだったというのは言うまでもなく。
しろちゃん「あのさー、まず女性を見かけたら追っちゃだめ、むしろ逃げないとダメだよ」
ブライアン「え、そうなの!?」
しろちゃん「5メートル、いや10メートル位まで近づいたら危険ゾーンだね。あと逃げるときは背中を見せないこと、背中を見せたら反射的に追いかけてくるのが野生動物」
ブライアン「まるで猛獣を相手にする感じなんだが?いや、どちらかといえば追いかけて来てほしいんだけど?」
しろちゃん「だからそれはなついてからの話。じゃないとかえって危険だって言ってるの。画面の向こう側で見るぶんにはクマでもエイリアンでも可愛いもんだけど、いきなり鉢合わせしたらヤバいのと同じだよ。あと、女性はお金が好きだから筋肉を見せるなら金色にでもなればモテるんじゃない?」
ブライアン「ラスベガスの金粉筋肉ショーじゃないか(笑)ふざけてないで、もうちょっとちゃんとしたアドバイスをしてくれよ」
しろちゃん「そそ、その笑顔が大事というか。結局、人と人とのコミュニケーションてのは笑顔がまず第一だからね。秒で職務質問されそうな酷い顔なんかしてたら、たとえうまくいくような場合でもダメになるってことを私は言いたかったんだよ」
しろちゃんはそういうとエコバッグから包みを取り出し、中から一塊のレンガチョコレートをブライアンに渡した。
しろちゃん「これやるよ、チョコレート。家でチョコファウンテンをやろうとおもって買ったやつがたくさんあるから、あんたに1つあげる。まだ早いけどバレンタインに1個も貰えないなんてことなくなって良かっただろ?」
ブライアン「お前、口は悪いけど本当は良いやつだな」
しかしブライアンはその塊のチョコレートをかじろうとしたが歯が全然たたなかったのでした。
しろちゃん「そりゃ無理だろ!(笑)家に帰って溶かすなり削るなりして食べなよ。てか、お腹すいてるんだったらコレでもくっとけよ?」
しろちゃんはそういうとチョコレートで手が塞がってるブライアンに恵方巻の太巻き寿司を一本まるごと口にくわえさせた。
しろちゃん「今日は節分だから、ちゃんと恵方の方角を向いて食べるんだよ?。違う、そっちじゃねぇよ、今年の恵方はこっち(グイッ)じゃあ、自分はそろそろ帰るから気を落とさずに頑張って生きるんだぞ♪」
しろちゃんはケラケラ笑いながらその場を後にした。あとには両手が溶けかけのチョコレートでベトベトになりながら恵方巻きをくわえ、さらに首をいきなりねじられたことにより喉をつまらせて気絶したブライアンの異様な姿があったとさ。めでたしめでたし。
【後編】
あんこ「めでたしめでたし、じゃないわよ!なんで、しろちゃんが知らない外国人のおっさんと公園でイチャイチャしてるのよ!?」
はい、この話には実は続きがございまして。そこに偶然、公園の前を通りかかった自称しろちゃんの保護者のあんこさんは前編の二人のいきさつなど知る由もなく。以下、あんこさん視点での出来事をお楽しみください。
あんこ「あら?あれは、しろちゃんじゃない?えっ、なんで公園のベンチに座って男性とお喋りしてるのよ?」
それは、しろちゃんがエコバッグからレンガのようなチョコレートの塊を出してブライアンに手渡していたところでした。
あんこ「あぁ、もうすぐバレンタインよね。でもなぜ、しろちゃんは塊のチョコレートを素手で手渡ししてるのよ?。汚いでしょ、さすがに。もっと女の子らしくラッピングするなり他にあるでしょ、普通のあげかたが」
しろちゃんがブライアンをからかってるだけの様子が、あんこさんにはモジモジしながら渡しているように映っていたのであった。
あんこ「てか男の方もなぜ塊のチョコレートを貰って、いくら嬉しいからといっていきなりかじりついとるねん!奥ゆかしいにもほどがあるわよ、あの二人」
普通のカップルではありえないような異様な光景でも、あんこさんには初々しいデートに見えるので誤解するのも仕方ない。
あんこ「しろちゃん、今度は巻き寿司を取り出したわ!?えっ、まさかア~ンて巻き寿司をまるごとそのままいくつもり?そして顔を自分の方に向けた?ひょっとして巻き寿司でポッキーゲームでもやるつもりなの?どこでそんなこと覚えたのか知らないけど、こんな公園という公衆の面前でやるには大胆すぎるわよ!」
あんこさんがひとりヤキモキしてるのをよそに、しろちゃんはその後アッサリ何事も無かったかのように笑いながらサッサとその場を去っていったのであった。
あんこ「どゆことー!?全く理解不能の行動なんですけど?今どきの若者の恋愛事情ってこんな感じが普通なの?」
あんこさんは恐る恐る愛娘(自称)のお相手の姿をよく確かめるために、背後からその男の座るベンチに近づいた。するとそこには恵方巻で喉をつまらせ白目をむいて気絶しているブライアンの姿が。
あんこ「これ息とまってるんじゃない?しろちゃんはいったい何がしたかったの?てか、この様子を見られて一番不味いのは私なんじゃなくて?」
あんこさんがオドオドキョロキョロしてると先ほどまでいなかったはずの家族連れが公園にチラホラ集まっていた。
あんこ「と、とりあえず巻き寿司を吐き出ささないことには!あと意識を戻させるには脳に刺激を与えるとか?えーとえーと、ちょっとあなた気を失ってないで起きなさいよ!」
パニック状態のあんこさんはビンタするもそれでは埒が明かないと判断しブライアンの手に握られてほどよくベチャベチャになりかけのレンガチョコレートを取り上げるとそのまま彼の頭めがけて振り下ろした。あんこさんの顔にまで飛び散るチョコレートのしぶき。それは家族連れの前で惨劇を見せつける狂喜に満ちたチョコまみれの女の姿。泣き叫ぶ子供たち。そしてそのまま髪を振り乱しながら猛ダッシュでその場を去る女。その後、駆けつけたおまわりさんらにその一部始終を見ていた老夫婦が「モテる男はつらいねぇ」と冗談をほのめかしながら、あれは人命救助のつもりだったのではないかと証言したことと、何より意識を取り戻したブライアンが周りのインパクトほどのたいした外傷も無く、記憶も曖昧であったため、ただの痴話喧嘩だろうということで片付けられたとのことでした。なお、ブライアンの記憶の中で「女性を見たらまず逃げたほうがいい」という教訓だけはしっかり残り続けることになったのでした。めでたしめでたし(笑)