1月1日~幸せになりなさい。
「もう着くって」
「分かりました」
「大丈夫ですよ」
メールを確認した私は待機して貰っている知り合いにその旨を伝えた。
元日にも関わらず呼び出したのに彼女達は笑みを浮かべ、主人の作った料理を食べている。
本当に主人の作った料理は凄い、不機嫌な気持ちも忽ち霧散してしまうのだから。
「さあローストビーフですよ」
「「ありがとうございます!」」
喜色満面とはこの事だろう。
期待に瞳が輝いている、でもそれは今晩の夕飯に食べる予定だったよね?
「さすがは早苗さんのご主人!最高ですね!」
ローストビーフのグレイビーソースを口につけたまま笑う彼女は高校時代からの親友、山添藍。
腕の良い整形外科医だ。
「本当、早苗は本当に良い旦那を捕まえたわね」
妖艶な笑みを浮かべながら料理をあてに酒を飲むコイツは竜ヶ崎佳子。
見た目は20代たが、本当は私と同じ40代。
社会人の娘まで居る、所謂美魔女って奴だ。
同じく高校時代からの親友で美容院を経営している。
2人とも既婚者で夫婦仲は良好。
だからといって油断しちゃダメ、崩れる時は崩れる物。
それが人間の弱さ、汚さなのだから。
「大丈夫だよ、まだ材料はあるからね」
「...何の事かしら?」
主人は私の耳元でそっと囁く、顔に出ていたのかな?
主人には敵わない、いつでも私の心中を見破ってしまう。
でも警戒してるのは料理じゃない、人の弱さをなんだけど。
「...お待たせしました」
玄関のインターホンが鳴り、部屋に聞こえたのは浜田真弓さんの声。
予定より30分遅れだけど、訳は知っている。
「さあ上がって」
「...遅れまして申し訳ありません。
両親の都合が急に着かなくなりまして...」
迎えに玄関へ行くと消え入るような声で頭を下げる浜田さん、大丈夫よ。
「分かってる、さっき連絡があったから」
「え?」
「電話があったの、親戚が急に来たって下手な言い訳ね」
「....すみません」
益々小さな声、こんなに娘を追い込むなんて!
「いいから、早く上がりなさい。
寒かったでしょ?さあ早く」
こんな所で話ても埒が開かない。
浜田さんを家に上げた。
「...失礼します」
まだ怯えた様子の浜田さん、部屋に居る人達に再度頭を下げる。
遅刻したのは彼女の矜持に反するのだろう。
「大丈夫よ、お陰で美味しい食事にありつけたし」
「そうよ、貴女も早くいらっしゃい。美味しいわよ」
気にしないように浜田さんへ声を掛けるのは良いけど、少し寛ぎ過ぎじゃない?
「寒かったでしょう、これでも食べて暖まりなさい」
「そんな...頂けません」
主人は温めた雑煮を浜田さんの前に置いた。
「食べなさい、主人の料理は心も溶かすから」
主人の料理に私も助けられたんだから。
「いただきます」
サングラスを外し、マスクを取った浜田さん。
すっかり変わってしまった彼女の顔、今更ながらバカ親達に対して怒りが沸く。
「美味しい?」
「は、はい...とても」
涙を流しながら雑煮を食べる浜田さん。
きっと何も食べずに来たんだろう。
山本家は何を考えているの?
利香ちゃんに話をして、説明を聞いたらそれで終わりなのか?
私達と山本家の絶縁を視野に入れるとしよう。
「ごちそうさまでした」
静かに箸を置く浜田さんの頬に赤みが戻っていた、少しは落ち着いたかな?
「浜田さん、早速だけど始めるわよ」
待機していた藍が浜田さんに近づく。
まだ少し緊張気味の浜田さん。
大丈夫よ、もう診察は3回目なんだから。
「ヒアルロン酸の分解にアレルギーは認められ無かった、これで分解の治療を進められます」
「本当ですか?」
「ええ、良かったわね」
カルテを浜田さんに見せながら説明する藍、喜ぶ彼女の様子にホッとする、これで次に進めるね。
「しかし本当、酷い施術ね。
ボコボコだし、左右も揃ってない、後注入した所にミミズ腫れまで」
怒りを滲ませる藍、外科医として許せないのだろう。
「でも大丈夫よ、ヒアルロン酸は分解出来る材料だったから。
絶対分解して戻して上げるから」
「はい...ありがとうございます」
口を押さえ、声を震わせる浜田さん。
本当に良かった。
「はい次は私ね」
佳子が鞄を手に浜田さんの隣に座る。
鞄の中は化粧道具、あれが彼女の美しさの秘密。
「ふーん」
写真を手に浜田さんの顔を見つめる。
あれは整形前の写真、元の顔を取り戻しても流出した画像からまた浜田さんと特定されては意味が無い。
「ここはチークでしょ、で、アイラインを引いて」
大きな鏡をテーブルに置いて一生懸命メイクを施す佳子、浜田さんの顔が別人の様に変わって行く。
「どう?」
「...凄い」
30分後、浜田さんは別人の様に変わっていた。
凄いよ、整形なんか目じゃ無い。
「後はヒアルロン酸を除去してからね。
貴女、美しくなれるわよ」
「あ...ありがとうございます!」
鏡を見て泣きじゃくる浜田さん。
良かった、あんなふざけた整形を娘にさせる両親は親の資格なんか無い!
「お金は絶対にお返しします、必ず」
「必要無いわ」
「でも」
「必要無い、もちろん無料ではしないけどね」
「ええ」
藍と佳子、私も頷いた。
「お金は貴女の両親から頂きます」
「そんな...」
絶句してるね、気持ちは分かる。
今日、この場にすら来ない奴等なんだから。
「どんな手を尽くしても回収するから」
浜田さんの手をしっかり握る。
不幸にまみれた女の先輩として、彼女をこのままに出来ません。
「安心して」
「そうよ真弓ちゃん、早苗...伊藤さんは絶対だから」
藍と佳子も頷く。
私の過去を知る彼女達、性格を知るから当然だ。
「それじゃ次は施術の日程を連絡するわね」
「ありがとうございます山添先生」
「真弓ちゃん、メイクの練習をしっかり。
施術が終わったら連絡してね」
「はい竜ヶ崎さん」
藍と佳子は笑顔で自宅を後にする。
手には主人が作った料理を抱えて。
家族に食べさせるんだろう、凄い笑顔だ。
「浜田さん、今日はご苦労様だったわね」
「....ありがとうございました」
浜田さんは何度も頭を下げる。
「そんなに恐縮しないで良いのよ、こっちも利香ちゃんの事で無理言ったんだし」
「でも、それは」
「浜田さん、いいえ真弓さん。
貴女は幸せにならなくっちゃ、そんなに自己評価が低いと駄目よ」
「自己評価?」
何の事って顔だね。
「貴女の不幸はクズだけじゃない、確かに悠太には彩希が居て恋に破れたのが原因。
でもそれだけだった?」
「それは...」
「寧ろ貴女の不幸は両親の言いなりだった事、自分への自信の無さでしょ?」
彼女はうつ向いている、図星なんだろう。
「酷い目に遭っても貴女はまだ若い、やり直す機会は有るのよ。私達の様に」
「お二人の様にですか?」
よく分からないでしょうが、本当の事なのだ。
「今度詳しく教えて上げる。
悠太達が帰って来るから今は無理だけど」
「はい、悠太さんも彩希ちゃんと上手くいったみたいで良かったです」
小さな笑みを浮かべる真弓ちゃん。
どこかで2人と会ったのだろう、彼女の幸せを祈らずにはおれない私達夫婦だった。