元日の昼下がり~兄さんと初詣。
「...彩希」
兄さんが私の肩を優しく触る。
微睡みの中、幸せな時間を感じて...
「兄さん駄目だよ、まだ心の準備が...」
「何を言ってるの、バカ娘!」
「アタッ」
頭を強く叩かれる。
結構強い力、目が一発で覚めたけど...夢?
それより、
「なんでお母さんが?」
「何でじゃないでしょ、全くいつまで寝てるの?」
「寝てた?」
どういう事?
あの後、リビングで夜明けまで過ごしちゃった筈なんだけど...
「なんで私は自分の部屋に居るの?」
見慣れた自分の部屋、そしてベッドに横たわる私の身体には毛布まで。
「リビングで寝てたんだよ、風邪引くと大変だから運んだの」
「お母さん大変だったでしょ?」
「バカ!」
「アイタ!」
また頭を!
「私がどうやって彩希を運べるの!
170近い大女を華奢な私が」
「確かに...」
厳密には168だよ、あと大女は無いだろ?
最後にお母さんは決して華奢じゃない。
私と変わらない身長で、むしろ体格はお母さんの方が...
「彩希ちゃん、何を考えているのかな?」
「いいえ、なんでもありません」
なんて勘が良いの?殺気を撒き散らすのは止めて。
「寝ぼけながら帰ったのかな?」
「違うわ」
「じゃあ、お父さんが?」
「アンタみたいな重いの担ぐと、お父さん腰を痛めるよ」
「失礼な!」
重いだと?母さんより軽いわ!
「...彩希」
「申し訳ありません、お母様」
本当に勘が良い、慌てて身体を起こして、正座をした。
「悠太よ」
「は?」
「悠太が運んだの、お姫様抱っこでね」
「なんですって!」
そんなご褒美を兄さんが?
「覚えてないのね」
「うん」
なんたる不覚!
「彩希ったら、腕を悠太の首に回してね」
「え?」
そんなはしたない...
「涎まで垂らしてた」
「ぐぇ!」
余りの衝撃、兄さんの前でなんという醜態を...
「何ショック受けてるの、妹でしょ?」
『妹』確かにそうだけど。
「もう違う」
「ん?」
「もう妹だけじゃないんだ」
「やっと言ったんだね」
母さんは私の目を見つめ、呟いた。
「うん」
「悠太は?」
「受け入れてくれたよ」
「そう」
母さんはベッド脇に座ると、私の頭を軽く撫でてくれた。
兄さんと違う、愛情が私の心を満たした。
「おめでとう彩希」
「ありがとう」
涙が止まらない、私が兄さんを好きな事を母さんは知っていた。
兄さんが利香と恋人になった時も祝福する私を見た後、一晩中、泣く私に付き合ってくれた。
「早く仕度しなさい」
「仕度?」
「おせちを食べるのよ、お雑煮もお父さんが作って待ってるわよ」
「え、今何時?」
「11時」
「ゲ!」
貴重な時間が!
「なんでもっと早く起こしてくれないの!」
「起こしたわよ、生返事返したのは彩希でしょ?」
「だって」
低血圧なんだから仕方ないでしょ。
「その辺にしなさい」
「お父さん」
「あなた...」
呆れた顔のお父さん、威厳あるけどハートのエプロンしてたら台無しだよ。
「悠太が下で笑ってるぞ」
「なんですって!」
いけない、これ以上の醜態は!
慌ててベッドから飛び降りる。
「先に行ってるぞ」
「早くしなさい」
お父さんとお母さんは仲良く部屋を出ていく。
急いで着替え髪をセット、身だしなみは大切。
兄さんに最高の姿を見て貰わなくては。
「おはよう兄さん」
「おはようって、昼前だけどな」
バッチリメイクして兄さんに挨拶、兄さんどうかな?
「どうした悠太、顔が赤いぞ」
「...別に」
お父さんの言葉に素っ気ない兄さんだけど、ひょっとしたら照れてるの?
「彩希も真っ赤」
「もう!」
お母さん私をからかってどうするの!
あ、本当だ。
「さあ始めるか」
「はい」
お父さんの仕切りでようやく始まる。
さすが美味しい、兄さんも嬉しそうにお父さんのお節を食べてる。
私は兄さんの食べっぷりが見れて大満足。
「悠太、お餅は?」
「2個ね」
「彩希は?」
「私は1個...」
お雑煮のお餅、本当はもっと欲しいけど。
嗜みも大事、うん兄さんの彼女になるんだから。
「あら彩希ちゃん、去年は3個じゃなかった?」
「お母さん、なんでばらすの?
去年は兄さんが居なくてやけ食いだったの!」
恥ずかしかったけど、兄さんが笑ってくれている。
本当に今年の正月は最高だ!
「この後どうする」
「どうするって?」
お節が終わり、片付けてると兄さんが聞いた。
「初詣に行かないか?」
「行きます!」
行くに決まってるよ。
兄さんと初詣、最初のデートになるじゃないか。
「父さんと母さんは?」
「私達はいいよ」
「ええ、2人で行ってらっしゃい」
「そうなの?」
意外だ、例年は家族一緒なのに。
「少し用事を」
「お父さんと水入らずで過ごしたいから」
「...分かった」
どうしたんだろ?お父さんの言葉をお母さんが遮った様な、気のせいか。
早速準備を済ませ、コートを羽織って準備完了。
ああ、ロングコートの兄さん格好いい...
「兄さん」
「何?」
「腕を組んでも良いかな?」
照れてなんかいられない。
だって私は兄さんの彼女に、奥さんになるんだから。
「...良いよ」
「やった!」
私は兄さんの腕を取り歩き始める。
全く寒さなんか感じない、幸せな気持ちで神社へと歩くのだった。
『....おめでとう』
途中で人とすれ違い様に声がした。
「え?」
「どうした」
「今誰かが」
「気のせいだろ」
「うん」
確かに聞こえた気がしたけど、兄さんとの時間がもったいないので、忘れる事にした。