兄さんと~年の始めの ためしとて
このまま黙っていても時間が過ぎてしまうだけだ。
『今日しかない、この機会を逃しては!』
意を決し、兄さんの顔を見つめた。
「兄さん、私...兄さんの事が、」
ダメ、口が渇いて顔にも血が昇る、熱に浮かされた様で兄さんの顔を直視出来ない。
「大丈夫か彩希」
「うん」
「ごめん、今まで寂しい思いをさせて。
これからは定期的に帰るよ、後で携帯番号も教えるからな」
優しい言葉と共に暖かい手が私の頭を撫でてくれる。
兄さんにこうして貰うのが昔から大好きだった。
勇気が湧いて来たよ。
「それだけじゃダメ」
「彩希?」
顔を上げて兄さんをもう一度見つめる。
「兄さんの下宿も教えて、今度行くから」
「いいけど、来る時は事前に言ってくれよ」
困惑しているね、何か秘密でも有るのかな。
「突然行ったらマズイの?」
「そんな事は無い...ただ散らかってるし、妹とはいえ男の部屋には何かとマズイ物も」
そんな事、何を心配してるんだか。
兄さんの部屋には昔から入り浸ってたんだよ?
どこに何を隠してたかは完璧に記憶している。
部屋に今無い所を見ると、きっと処分したか下宿に持って行ったんだろう。
「大丈夫です、兄さんの秘密は守りますから」
「は?」
「だからお願い、いつでも行かせて」
兄さんの大学はここから新幹線で3時間も掛かるけどバイト代は結構貯まっている、好きな時に訪ねたい。
「分かった、いつでも待ってる」
「ありがとう!」
「お、おい」
抱き締めた兄さんの少し困った顔、でも嫌がって無いのは分かる。
だって兄さんは私の全て、
...最愛の人だから。
「どうしたんだ?」
「ううん」
また顔が熱くなってきたよ、兄さんの匂いと手から伝わる感触に頭がクラクラする。
今しかない!この勢いで伝えるんだ!
「兄さん」
「何?」
「私は兄さんが好きです。愛してます」
...言えた、やっと言えた。
口にしてしまえば呆気無い、けれど悩み抜いた日々から、ようやく言えたんだ...
「...ありがとう、俺も彩希が好きだよ」
「兄さん!」
やった、大成功!!
「でもまだ彩希は妹って感覚が抜けない。
それと、恋愛がまだ怖いのもある」
あれ、雲行きが?
「利香の...」
「アイツは関係ない、浜田先輩もな」
兄さんは即座に否定するけど、まだ気持ちの整理が着いてないの?
「俺は彩希が思う様な奴じゃない...」
「兄さん?」
苦しそうに呟く兄さん、何を言いたいの?
「利香がバカと浮気している事は友加里姉さんから聞いたろ?
『利香の目を醒ましてあげて』って」
「そうだったね」
確かに聞いた、バカのハーレムに居たら碌な事にならないって。
「でも俺は無視した、阿久津の悪い噂も聞いてたけど助けもしなかった。
酷い目に遭えばいいって...恋人だったのに、幼馴染みだったのにな」
「それは友加里姉さんが!」
「分かってる、俺の役目じゃない、利香の家族の問題って事は。
でも利香のキスを見せつけられて...何かが切れた」
「切れた?」
「思い出も、感情も、最後まで繋がってた何かがって感じかな」
「そうなんだ...」
「でも未練はタラタラだった、だから俺は彩希にふさわしく..」
「そんな事無い!」
これ以上言わせちゃいけない、思わず叫んでいた。
私だってそうだ、妹だから諦めよう何度もそう考えた。
でも駄目だった、利香に私と兄さんが義理の兄妹だって知られた時も『血縁は関係ない本当の兄妹だよ』って利香に言ったけど...チャンスだと思ったんだ。
「...期待してた」
「期待?」
「利香が悩んで、自滅するのを望んでる自分も居たのかもしれない。
酷いよね、あんなに『姉ちゃん、姉ちゃん』って懐いてたのに」
「そうか」
「うん」
兄さんは天井を見つめ溜め息を1つ吐いた。
軽蔑するよね、恋人の破滅を望んでいた妹なんか。
「...彩希だけは」
再び兄さんは呟いた、独り言の様に。
「彩希だけは奪われたく無かった。
家族だからって思ってたけど...違ったんだ」
「違った?」
「阿久津を叩きのめして彩希を助けた時、大切な人を護れた喜びで嬉しかった。
心のどこかで彩希を意識してたのかも、妹じゃなく1人の女性として」
「兄さん!」
嬉しかった、兄さんが私を1人の女性として見ていた事が何よりも。
「おい」
「「わっ!」」
父さんが呆れた顔でリビングの扉を開けた。
後ろには母さんも同じ、いや少し笑ってるかな。
「時間を考えなさい、午前2時だぞ」
「「あ!」」
結構な声で話してたから近所に丸聞こえじゃないか。
「続きは朝にしなさい、お父さんと過ごす新年の夜が台無しよ」
「「は?」」
一体何を、この夫婦は?
「そういう訳だ」
父さんはそう言い残し、リビングの扉が閉まった。
また沈黙が部屋を...
「あんな夫婦も有りかな」
「え?」
「父さんと母さんだよ、紆余曲折はあったけど今はあれだけ幸せなんだ。
あんな夫婦に俺達もなれるかな?」
「それって?」
兄さん何て?まさか?これって?
「さあ寝るか、彩希のコーヒー楽しみだな」
照れ笑いの兄さんもリビングを後にするが、私はそれどころじやない。
『今のはプロポーズ?』
(まだ付き合っても無いのに?)
(それどころかアレも、アレも、ううんキスだって...)
結局一睡もしないまま、リビングで妄想に耽ってしまった。
....兄さん、愛してる。