大晦日の出来事
新年1作目、宜しく。
「彩希、今日悠太が帰って来るそうだ」
「本当?」
「ああ、さっき電話があった、『夕方には着く』と」
「...兄さん」
大晦日、年末最後のバイトに行くため玄関先で靴を履いていたら、
買い物を終えて帰宅した父さんと母さんが教えてくれた。
母さんは父さんと再婚して15年経つのに未だにラブラブで、見ているこっちが恥ずかしくなる。
「1年半振りね」
「そうだね」
涙ぐむ私に嬉しそうな母さん。
私は母さんの連れ子で兄さんは父さんの連れ子、でも両親は別け隔てなく私と兄さんに愛情を注いでくれた。
それは兄妹一緒で...でも私は...
「今からバイト?」
「うん、年越しまでには帰るから」
おっといけない、妄想に浸ってる場合じゃない。
そうと分かれば早く行ってチャッチャッと片付けねば。
あ、閉店時間までミッチリか、喫茶店だもん。
「分かった、悠太を縛りつけとく」
「ありがとうお父さん、絶対にお出掛けさせたら駄目だからね」
「はいはい」
父さんに約束させる私の様子にお母さんも苦笑い。
でも当たり前、兄さんが帰ってきたって事は、過去に気持ちのケジメがついたって事だから。
足取りも軽く、バイト先へと急いだ。
「いらっしゃいませ」
さすがは大晦日、買い物帰りの人やお出掛けの人達で店内は大賑わい。
休む間も無く接客に追われる。
兄さんが家を出て寂しさを紛らわす為始めたバイト、1年半続けてるんだ。
「いらっしゃ...」
「...こんにちは」
テーブルから上目遣いで私を見るコイツは近所に住む山本利香。
幼馴染みで兄さんの彼女だった女。
「...ご注文は?」
「コーヒーをホットで下さい...」
「畏まりました」
自分でも驚く程低い声、利香は身体を震わせている。
「どうぞ」
出来あがったコーヒーをテーブルに置く、少し乱暴になるが仕方ない。
「あ、あの...」
「はい、追加ですか?」
立ち去ろうとする私を呼び止める。
無視するのは簡単だけど、大声で呼ばれたら堪らない。
「ゆ、悠太は?」
「は?」
何だ?
「悠太は帰って来てないの?」
「知りません、おじさんに聞いたらどうですか?」
「.....」
黙りこむ利香。
そりゃ聞けないよね、兄さんを裏切って捨てたんだし。
コイツの両親も肩身が狭くなった事だろう。
ヤリチン屑野郎のハーレムメンバーだったのは近所、いや世間で有名な話。
「ごゆっくり」
仕事の笑顔を向けながら立ち去る。
バカに構うと心が乱れてしまう、折角の1日が台無しになるのは嫌だ。
気付けば利香は居らず、テーブルにはそのまま中身が残されたコーヒーカップがあった。
「お疲れ様でした」
「彩希ちゃんお疲れ様、よいお年を」
「はい、よいお年を」
バイトを終えた私は足早に喫茶店を後にする。
年末年始用事がある訳でも無いと思い、明けも1月2日の朝一からバイトのシフトを入れていたのが悔やまれる。
元日の1日しか兄さんと過ごす時間が取れない。
「店長も喜んでたから良いか」
感謝する店長の笑顔を思い出すと諦めも着く。
個人経営の喫茶店ではバイトの確保も儘ならないのはよく分かる。
「...彩希ちゃん」
「っ糞」
呼び止める声に思わず悪態が出る。
路地からは止めて欲しい、人の多い通りでもギョッとする。
「何ですか?」
「あの悠太は...」
「はあ?」
なんてしつこい。待ち伏せしていたのか?
「悠太の部屋に電気が点いてたの...帰ってるんでしょ?」
なんとまあ...態々確認してから戻って来たのか。
それでも家に突撃しないだけの羞恥心は残ってる?
いやそんな物は無いな。
「知りません、兄さんは私にも連絡先を教えませんでしたから。
兄さんの事を貴女に教える訳無いでしょ?
兄さんに生ゴミとのキスを見せつけたアンタにはね」
「....そんな酷い」
酷い?誰が?私が?
私が酷いって言ったのか、コイツは?
「おい」
「え?」
「酷いってのは恋人を裏切ってゴミに抱かれる女の事だ。
バカな写真や動画までゴミに撮らせて....本当にバカだよ、アンタも先輩も」
「アァァァ!!」
叫び声が夜の街に響き、道行く人が遠巻きに見つめる。
「それじゃね、元幼馴染みの山本利香さん」
すっかり窶れ大学も中退した女に背を向け家路へと急いだ。
「...兄さん、今度は私が...兄さんの」
呟きが止まらなかった。